美羽は、生徒会室を目指して廊下を駆け抜けていた。
必死に息を整えながら角を曲がった瞬間――

「……え?」

視界に飛び込んできたのは、天井から吊るされた巨大な網に絡まる女子生徒たちだった。
まるで捕獲された小動物の群れのように、ぶら下がって揺れている。

その中で――見覚えある顔がひとつ。

「莉子!?ちょっと!!何してんのこんなところで!?!」

莉子は涙目で身をよじる。

「美羽~~!!助けてよぉぉ!!絡まって取れないのぉ!!」

美羽は呆然としながら網を引っ張った。

「いや、どういう状況なのこれ!?なんで空中拘束されてるの!?」

莉子は潤んだ目で訴える。

「遼くんに……チョコ渡したかったんだけど……罠に引っかかっちゃってぇ……!」

「えぇ!?莉子が!? 遼くん!? なんでよりによってそこ!?聞いてないんだけど!!」

莉子は顔を赤くしてもじもじした。

「だって……遼くんに選ばれたらもうそれって特別ってことでしょ?」

すると、同じく網に引っかかった女子達が騒ぎ出した。

「遼様があなたなんかを相手にするわけないでしょ!」

「そうよそうよ!」

美羽は額を押さえた。

「なんの茶番よこれ……」

莉子は小声でぼそり。

「うぅ……俺だけの女って言われたいんだもん……」

「莉子、徐々に秋人くんと思考似てきてるよ…」


美羽はため息をつき、呆れながらも網に手を伸ばしたが、仕掛けが巧妙で全く外れない。
そんなとき――

「雨宮さんだ!!いたぞ!!」

「美羽さん!!こっちにいたぞ!!」

後方から男子生徒の声が響き、美羽は振り向いた瞬間に顔を引きつらせた。

男子生徒たちは、それぞれプレゼントを握りしめながら迫ってくる。

「雨宮さん!!僕のチョコ受け取ってください!!」

「美羽さん!ずっと好きでした!」

「雨宮さん!!俺のを!!」

「美羽さま!!どうか僕らを虐めてください!!」

最後の一人の発言に、美羽の顔が真っ青になる。


「無理無理無理無理!!なんでそっち系までいるのーーーっ!!」

美羽は網を離れ、泣きそうな莉子に叫んだ。

「ごめん莉子!!また後で助けるから!!でも今は逃げないとなの!!」

莉子は涙目で叫ぶ。

「美羽ぇぇ!!私のこと忘れないでねぇ~~!!」

美羽は振り返ることなく走り出した。

――廊下の先、3階へ。

階段を駆け上がり、息を切らして3階の廊下へ着いた瞬間――

「この椿くんの寝顔ブロマイドは私のよ!!」

「やめて!このキメ顔椿くんは私のなの!!」

「その半裸ショットをよこしなさいよ!!」

三年女子達が椿の写真を奪い合い、まるで修羅場のような光景が広がっていた。

美羽は固まる。

「……見なければよかった……」

そのとき、1枚の写真が美羽の足元にひらりと落ちた。

拾った瞬間――
美羽の顔が真っ赤になる。

「な、な、なにこれぇぇ!!」

写真に写っていたのは――
上半身裸で、体操服に着替え途中の椿。
汗に濡れた鎖骨。
無防備な横顔。

(だ、だれよこんなの撮ったの!? てかなんでこんなの持ってんの!?)

ちなみに撮影者は遼である。(「ごめんよ、美羽みゃん♪」)

美羽は震えながら、そっと胸ポケットに写真をしまった。

(これは……私が保護しておかなければっ……!)

そして、生徒会室へ向けて再び走り出した。

だが次の渡り廊下に差し掛かった時――

「うそでしょ……」

床一面に 接着剤で固定された一年女子たち が転がっていた。

「あ!美羽先輩だ!!助けてください~~!!」

「椿先輩の彼女ですよね!?お願い外してぇ!!」

美羽は叫んだ。

「いや本当に何が起きてんのこの学校!?助けたいけど今無理なんだけど!!」

すると奥から聞こえる男子の声。

「美羽先輩!!」

「僕と付き合ってください!!」

「僕達なら椿先輩より若いので、美羽先輩を満足させられます!!!」

美羽は鳥肌を立てた。

「満足とか言わないでぇぇえ!!一年しか変わらないでしょーー!!」

そして叫ぶ。

「ごめんね後輩ちゃん達!!でも私、椿くんのところに行かなきゃなのーーー!!!」

涙目の一年女子を避け、器用に跳び越えながら、美羽は走り抜けた。

(椿くん……早く……助けにきてよぉぉ!!)

冬の光が差し込む廊下を、美羽の影が細く伸びていく。

――バレンタイン騒動は、まだ終わらない。