1ヶ月だけ、君の隣で。

 文化祭まで、あと五日。

 放課後の教室は、いつもより空気が重かった。


「……ねえ、清水さんってさ」

「柏見くんと“契約”なんでしょ?」


 ひそひそ声。
 でも、今日はやけに近い。
 奏の指先が、はさみを持つ手ごと止まった。


(……なんで、知ってるの)


 蓮と“期限つきの恋人”だなんて、
 誰にも言ってない。
 言うはずがない。


「アハハッ、マジ?」

「マジ、マジ!どうせ一か月で終わるんでしょ?」

「じゃあ今だけじゃん。特別扱いされてるの」

「えー、かわいそー!」

「絶対清水さんから言ったよね!
 柏見くん優しいからなー、断れなかったんでしょ!」


 悪意が、言葉の隙間から染み出してくる。
 胸の奥が、ひやりと冷えた。

(……あぁ、やだ、逃げたい)

 中学のときと同じ。
 直接責められるわけじゃない。

 でも、気づいたら“居づらい空気”ができている。

 奏は何も言えず、ただ俯いた。

 ——その瞬間。


「……誰が、そんな話した?」


 低い声。
 顔を上げると、蓮がそこに立っていた。
 笑顔はない。
 クラスのムードメーカーの顔じゃない。


「契約? 一か月?」


 女子たちが、びくっと肩を揺らす。


「それ、どこ情報?」

「え……冗談、だよ……?」

「噂、っていうか……ね?」

「そう、聞いただけだし」


 蓮は一歩前に出た。


「噂で人のこと言うの、楽しい?」


 空気が、凍った。
 奏の心臓が跳ねる。

「れ、蓮?」


 思わず、蓮の袖を掴んだ。
 ——守られるのが、怖い。
 庇われた結果、もっとひどくなった過去を、
 奏は知っている。


「ちょっと…」


 その声は震えていた。
 蓮は奏を見て、はっとしたように表情を変えた。


「……ごめん」


 そう言って、視線を逸らす。
 教室の空気は、ぎこちなく元に戻ったけれど、
 奏の胸はずっと苦しいままだった。


 準備が終わり、人のいなくなった教室。
 奏は、勇気を振り絞って口を開いた。


「……蓮。もう、あんまり一緒にいないほうがいい」


 蓮が、ゆっくり振り向く。


「……理由は?」

「私のせいで、蓮まで嫌な目で見られるの、嫌だから」

「それが本音?」

「……半分」


 嘘。それは、4分の1くらい。

 残りは、言えない。

 期限が、近いから。
 もっと一緒にいたいって思っちゃうから。

 そう言ったら、迷惑だから。

 蓮は少し黙ってから、静かに言った。


「俺はさ、奏を守りたい」


 その言葉に、胸がきゅっと縮む。


「でも、奏は守られるのが怖いんだよね」


 図星だった。


「……中学のとき、俺がいなかったから」


 その一言で、涙が出そうになった。


「だから、今回は離れない」


 蓮は、はっきり言う。


「期限があっても。
 噂されても。
 俺は、奏の味方でいる」


 優しすぎて、残酷だった。

(そんなふうにされたら……)

 奏は、好きだと認めてしまいそうになる。

 でも、それは——
 一か月で終わる恋。


「……ありがとう」


 それだけ言って、奏は視線を落とした。 

 文化祭まで、あと五日。

 期限まで、あと五日。

 この気持ちを、どうしたらいいのか。
 まだ、答えは出なかった。