1ヶ月だけ、君の隣で。

放課後、A組の装飾チームは教室のすみで集まっていた。


「じゃあー、今日の作業分担だけど……材料の買い出し、誰が行く?」 


 班長の女子が紙を掲げると、すかさず声が上がる。


「蓮くん行ってくれたら助かる〜!」

「柏見くんと行きたい〜!」


 黄色い声が飛ぶ中、蓮は迷いなく言った。


「じゃあ…俺、奏と行く」


 静かだった教室が、ざわっと揺れた。


「え、清水さん……?」

「は?なんで清水ばっかり…」


 視線が痛いほど集まる。
 奏は思わず後ずさりした。

(……また。私のせいで雰囲気がおかしくなる)

 言わなきゃ。
 私は大丈夫だって。
 違う子と行ってって。


「ちょ、ちょっと蓮——」

「行こう、奏」


 蓮は奏の手首を軽くつまんで、そのまま立ち上がらせた。
 女子の視線がさらに鋭くなる。
 その空気を読み取った班長が、困ったように笑って言う。


「じゃ、じゃあ二人に買い出しお願いしまーす……」

 教室のざわめきの中、奏は内心で何度もため息をついた。

(蓮の“当たり前”の行動が……私を困らせるんだよ)

 でも、振り払えないのも事実だった。


 必要な装飾品をいくつか買って、袋を提げて商店街を歩く。


「奏、疲れてる?」

「大丈夫だよ。私、体力はあるから」

「メンタルの話ね」

「……余計なお世話」


 口ではそう言うのに、蓮の隣を歩いていると、気持ちが少しだけ軽くなる。
 蓮はふいに足を止めた。


「ねえ奏。さっきの教室のこと、気にしてるでしょ?」

「……気にしてないよ」

「嘘つき」


 優しいけど逃げられない声で、奏を見つめてくる。


「女子に何か言われそうで怯えてる顔、俺すぐ分かるから」

「怯えてなんか……」

「中学のとき、そうだったんじゃないの?
 俺、違うから知らんけど」


 その一言に、息が詰まる。
 過去を直視したくなくて、視線を落とした瞬間——


「奏?」


 背筋が凍りついた。
 聞き覚えのある声。
 顔を上げると——
 そこには中学の同級生、浜辺さんが立っていた。


「久しぶりね。……奏」


 その声が、あの頃の昼休みを思い出させる。

 “奏のせいで、クラスの空気悪くなるんだよ”

 胸の奥で、過去が小さく疼く。


「……ひさしぶり」


 震える声で返した瞬間、蓮が奏の前へ一歩出た。


「誰?」

「あ……中学の同級生。でも、そんなに——」

「話したくなさそうだけど?」


 蓮の声が静かに低くなる。
 笑ってるのに、ぜんぜん笑ってない。
 浜辺さんは苦笑し、蓮を見た。


「柏見くんでしょ? 転校してきた……。
 噂聞いてるよ。人気者なんだってね」

「それより——奏に何か用?」

「別に。ただ声かけただけ」

「声かける必要ある?」


 空気がぴりっと張りつめた。
 奏は慌てて蓮の袖を引く。


「蓮、やめて……!」


 蓮はようやく視線をそらす。
 浜辺さんは苦笑して手を振った。


「……またどこかで。じゃあね、奏」


 浜辺さんが去ると、蓮はすぐに奏の手を取った。


「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」

「嘘つき」

「だいじょうぶだよ」


 言葉とは裏腹に、奏の手は少し震えていた。
 蓮はその手を包み込むように握り、ゆっくり歩き出した。


「奏。俺の前では、平気なふりしなくていいよ」


 その優しさが、胸の奥をほどいていく。


「……蓮のこと、困らせちゃうよ」

「困ってない。むしろ、もっと頼って?」


 蓮は横目で奏を見た。


「俺はさ、奏の全部を知ったうえで、そばにいたいから」


 その言葉は優しすぎて、少し涙がにじんだ。
 だけど奏は笑ってみせる。


「……ありがとう」

「うん」


 蓮は照れたように目をそらしたけれど、
 繋いだ手だけは離さなかった。