1ヶ月だけ、君の隣で。

 放課後、A組の教室は熱気でむんむんしていた。


「ねぇ! 文化祭の出し物、そろそろ決めよー!」

「パンケーキ屋とかどう?」

「映えるやつがいいって〜!」


 廊下まで響く声に、奏はそっと耳を塞ぎたくなる。
 こういう“意見を出し合う場”が、少し苦手だ。

 (また変なこと言って空気乱したら……)

 中学の記憶がうっすらよぎったとき——


「奏、こっち」


 当たり前みたいに蓮が袖を引く。
 教室の後ろ側に空いた席を指し、当然のように隣へ座る。


「ま、まず離れて!」

「なんで? 俺、奏の意見聞きたいんだけど」

「……べつに言うほどの意見なんて——」

「あるよ。絶対」


 蓮は断言するように言う。
 その声音に、奏は少しだけ胸が温かくなってしまう。
 話し合いは進んでいき、女子からこんな案が出た。


「ねえ、カップル喫茶ってどう?
 蓮くんなら絶対人気出るよ〜!」


 きゃー! と女子たちが盛り上がる。
 蓮は「まじ?」と笑っていたけれど——

「でも」

 次の瞬間、ひゅっと奏の腰を引き寄せた。


「俺、奏と同じ企画がいい」


 耳元で言われ、奏は真っ赤になる。


「な、なんで今それ言うの!?」

「え、普通のことじゃね?」


 普通じゃない。
 周りの視線が一気に刺さる。
 女子たちの何人かは、露骨に眉をひそめていた。

(……また。私のせいで、蓮が……)

 胸がぎゅっと縮む。
 そんな奏の変化に気づいたのか、蓮はふっと目を細めた。


「……奏、無理してない?」


 その声が優しすぎて、逆に苦しい。
 あんたのせいだよ、と叫びたくなる。


「無理してないよ。
 私なんて、クラスで役に立たないし」

「は?」


 蓮の声が低く落ちる。


「誰がそんなこと言ったの」

「昔の……話だから……」

「奏が自分を下げる言い方、俺ほんと嫌い」


 蓮は真っ直ぐ奏を見る。


「中学で何があったか、分かんないふりしてきたけどさ。
 ——俺には、全部話してよ。
 奏のことなら、全部知りたい」


 その言葉に、胸が痛いほど揺れた。
 昔みたいに“守られる”のが怖い。
 でも、蓮にだけは……少し頼りたくなる自分もいる。


「……文化祭の案、どうするのかなぁ!」


 先生の声が教室に響き、ふたりの空気は一旦中断された。


「よし、企画は——写真館(フォトブース)に決定!」


 ぱっと教室が湧く。


「装飾はチームに分かれてやるぞー!」


 そのとき、蓮が当然のように手を挙げた。


「奏と同じチームで」

「は!?」

「はぁぁ??」


 クラスの声が重なる。
 蓮はまったく気にしない。むしろ、薄く笑っている。

(……蓮、ぜったいわざとだ)

 奏が抗議しようとした瞬間、蓮が耳元で小さく言った。


「奏のこと、ひとりにしないから」


 その言葉に、胸がまた痛くなる。
 “守られるのが怖い”
 “でも、離れたくない”

 そんな矛盾だけが、今日も奏の心を締めつけていた。