「ねえ、清水さんってさ、蓮くんと喋ってたよね?」


 突然、前の席の女子に声をかけられて、奏は肩をびくっと震わせた。


 「え、あ……まあ、幼馴染だから……」

 「えー、いいなぁ! 幼馴染とか尊くない?
 ねえ、どんな感じなの? どれくらい仲いいの?」


 その声に、他の女子たちまでこっちを見てくる。
 視線に悪意はない。興味と羨望が混ざった、なんとなく刺さる視線。

 (幼馴染って言っただけで、こんなに見られるの?)

 正直、気まずい。

 蓮が人気者になればなるほど、奏に向く視線は複雑で、落ち着かないものになっていく。

 そんなときだった。


 「奏ー、席いい? プリント渡したい」


 蓮の声がすぐ後ろから聞こえた。
 低く声は、でもどこか昔のままで。
 視線が一斉にこちらへ集まるのが分かった。


 「……ちょっと、なに。今のタイミングで来ないでよ……」


 小声で言うと、蓮はひそっと笑った。 


 「え、なんか困ってたろ? 助け舟だったんだけど」

 「余計に目立つんだけど……!」

 奏の抗議にも、蓮はどこ吹く風。
 プリントをひょいっと手渡してくる。

 少女たちの視線。
 あの空気。
 ざわつく囁き。

 それを全部わかっていながら、蓮はまったく気にしない。 

 (ほんと……変わってないんだから)

 少し安心して、少し困って、胸の奥がまた痛くなる。
 そのとき、蓮が小さくつぶやいた。

 「……まあ、今日からは、“彼女”なんだしさ」

 「ちょ、声小さくても言わないで──!」

 奏の耳まで一瞬で熱くなる。

 周りの視線が刺さる中、蓮はひそっと笑うだけで、意味ありげに目を細めた。

 (こんなの……一か月も耐えられるの?)

 本物の関係じゃないはずなのに、
 心臓は本気みたいにうるさかった。