1ヶ月だけ、君の隣で。

 文化祭当日。

 校門の前は人で溢れていて、甘い匂いと笑い声が混ざり合っていた。

 A組のフォトブースにも、途切れなく人が訪れている。


「すごいね……」


 奏は壁際から、少し離れた場所でその様子を眺めていた。
 みんな楽しそう。
 クラスも、ちゃんとまとまっている。
 その中には、蓮も。

(……私がいなくても大丈夫)

 そんなふうに思ってしまう自分が、まだいた。
 そのとき——


「奏」


 聞き覚えのある声に、身体が強張る。
 振り向くと、昨日距離を置いたはずの蓮が立っていた。
 今日は、やけに真剣な顔をしている。


「少し、話せる?」


 逃げ場はなかった。

 ただ、こくんと頷くだけ。


 体育館裏は、文化祭の喧騒が嘘みたいに遠い。

 奏は、覚悟を決めて口を開いた。


「……今日で、終わりだね」


 一か月。
 期限付きの恋人。
 ちゃんと、終わらせなきゃいけない。

 でも——


「うん」


 蓮は、はっきりとうなずいた。
 そして、続ける。


「だから、終わらせに来た」


 心臓が、どくんと鳴った。


「……え?」

「“期限付き”の関係を」


 奏は息をのんだ。
 蓮は一歩近づき、まっすぐ目を見る。


「奏の過去、全部アイツに聞いたよ」


 言葉が、胸に落ちる。


「中学のとき、
 庇われて孤立して…
 最後は“守られる側が悪い”みたいに扱われたこと」


 奏の指先が、震えた。
 ずっと、言葉にできなかったトラウマ。


「だから奏は、
 誰かの特別になるのが怖くなったんだよね?」


 蓮は、優しく、でも逃がさない声で言う。


「守られたら、また同じことが起きるって」


 奏の目に、涙が浮かんだ。


「……うん」 


 初めて、ちゃんとうなずけた。


「だから、一か月って決めた。
 終わりがあれば、傷は深くならないと思った」


 声が、かすれる。


「でも——」


 蓮は、奏の言葉を引き取るように続けた。


「それでも、俺と一緒にいてくれたね」


 奏は、驚いて顔を上げる。


「……それ、克服の途中だよ」


 蓮は、少しだけ笑った。


「怖いままでも、好きになる。
 逃げたいって思いながらも、手を離さない」


 そして、はっきり言う。


「それって、弱さじゃない」


 胸の奥が、じんわり温かくなる。


「俺はさ」


 蓮は一瞬だけ視線を逸らし、
 でもすぐに、強い目で戻ってきた。


「奏を守りたい。
 ちゃんと大好きだし、正直、手放す気もない」


 はっきりしすぎていて、思わず息をのむ。


「でも、奏の世界を狭くしたいわけじゃない」


 一歩、近づく。


「奏が怖いなら、一緒に向き合う。
 誰かが何か言うなら、俺が全部受け止める」


 そして、決定打の一言。


「期限を決めない恋を、俺としない?」


 涙が、こぼれた。


「……私、まだ怖いよ」

「うん」

「また傷つくかもしれない」

「それでもいい」


 蓮は、迷わず言った。


「そのときも、俺は隣にいる」


 奏は、震える声で答える。


「……それ、ずるい」

「知ってる」


 くすっと笑ってから、真剣に。


「でも、俺は本気だから」


 奏は、深く息を吸った。

 怖い。

 でも——一か月前より、確実に前に進んでいる。


「……一か月、終わりにしよ」


 蓮の目が見開かれる。


「期限付き、やめる」


 奏は、涙を拭って笑った。


「その代わり……ちゃんと、恋人して」


 次の瞬間、蓮は奏を抱きしめた。
 強く、でも大切そうに。


「……ありがとう」


 耳元で、低く囁く。


「もう、離さない」

 フォトブースの前。


「清水さんと柏見くん、付き合ってるの?」


 その問いに、奏は一瞬迷って——


「うん」


 はっきり答えた。
 クラスがざわついて、
 黄色い悲鳴と、叫びが聞こえる。

 蓮が、当たり前みたいに隣に立つ。

 視線は、もう怖くなかった。
 怖さが消えたわけじゃない。
 でも、ひとりじゃない。
 それで、十分だった。


 ——一か月の期限は終わった。


 でも、恋は。
 ここから、始まる。