六月の夕方、校舎の影が少し伸び始める頃だった。

 下駄箱の前で靴を履き替えていた私は、ふと入口の方に気配を感じて顔を上げた。 

 ――そこに立っていたのは、二年前に突然いなくなった幼馴染、柏見(かしわみ)(れん)だった。


 「……ひさしぶり」


 変わったようで、変わっていない。
 背は少し伸びて、声は少し低くなった。
 でも、目が合った瞬間のあの感じは、昔のままだった。
 胸がぎゅっとなる。
 会いたかったのに、会える日なんてもう来ないと思っていたのに――

 蓮は、まるで昨日別れたみたいな顔で笑う。


 「転校してきた。……また、よろしくな」


 ただの挨拶なのに、その“また”を聞いただけで心が揺れた。

 いなくなった時、本当は言えなかった言葉たちが、全部こぼれそうになる。


 でも、その日の放課後。

 屋上に呼び出された私を待っていたのは、懐かしさじゃなくて、あまりにも唐突な一言だった。


 「なあ、一か月だけ。
 俺の“彼女役”をやってくれない?」 


 風が止まったように感じた。

 「……え?」

 「頼む。理由はそのうち話すから。とりあえず一か月だけでいい。
 放課後いっしょに帰ったり、クラスでも隣にいたり……そういう“フリ”をしてほしい」

 幼馴染が言うにはあまりにも不自然で、
 冗談にしては真剣で、
 意味が分からないのに、心臓だけが痛いくらい跳ねた。

 昔から好きだった。
 だからこそ、こんな“フリ”に頷いていいわけがない。

 ――なのに。


 「……一か月だけ、でしょ? ……わかった」


 その言葉が、勝手に口からこぼれていた。
 一緒にいられるなら、なんでもいい。
 そういう気持ちが溢れたのだろう。

 蓮はほっとしたように笑う。
 その笑顔が、胸を掴んで離さなかった。

 そして、その日から始まった。

 期限つきの恋人ごっこ。

 終わりが決まっている恋。

 一か月後、私たちはどこに立っているんだろう。


 ――それは、まだ誰も知らなかった。