この空の青を、君は知らない


ふいに、手に温かい感触が伝わる。
包み込まれるような温かさが気持ちいい。

「はる、と……」

遠くから、天音の声がした。
掠れたような声。

なぜかその声を、ずっと聞いていなかったような気がした。

——ごめん、全然会いにいけてなかったね。
遅いって怒ってるかな?

瞼に力を入れる。

薄くて開いた瞼から、眩しい蛍光灯の光が差し込む。

目を背けるように、視線を下ろす。

「遥、人……?」

そこには、天音がいた。
頬には涙の跡が残っていた。

「……よかった」

小さな声で呟き、俯いたまま、ぎゅっと強く手を握る。

温かさが強くなる。

——天音が、握ってくれてたんだ

「もう、起きないかと思ったじゃん……」

顔をあげて柔らかそうな黒髪を耳にかけた。
その仕草の奥で、小さな花火が光った気がした。

——天音

声を出そうとする。

けれど、何かが喉につかえていて、音が出なかった。

天音はそれに気づいて、僕に近づこうとする。
車椅子のロックを外すのが見えた。

——体調、悪化したんだ……
それでも、来てくれてたんだよな。

かけたい言葉も言いたい言葉もたくさんあるのに、機械が擦れるような音を立てるだけだった。

だんだんと、まぶたが重くなっていく。
視界の隅が黒に侵食されていく。

「私ね、まだ遥人に果たしてもらってない約束があるの……」

「私に、夜明けの空を見せてくれるんでしょう?」

霞んで行く視界の中で、天音の瞳が潤んでいく。

「だから……もう一度、屋上に行こう。
それで、私にとっておきの空をちょうだい……」

その声は、僕の大好きな、何度も聞いた、空のように澄み渡る声だった。

「約束、だから」

そう言って天音は小指を絡める。
だから僕は、そこにありったけの力を込める。

天音は、嬉しそうに笑った。
その頬に雫が落ちて、きらりと光る。

その光が、ゆっくりと遠ざかっていく。

そして——

意識が、途切れた。