気持ちの良い風が吹きこみ、カーテンがふわりと揺れる。
明るい光が差し込み、隙間から青い空が顔を覗かせた。
薄い上着を羽織り、窓に向かってゆっくり深呼吸する。
「よし」
テーブルに置いた鞄を手にとり、肩にかけて扉を開ける。
歩き慣れた道を、ゆっくり歩く。
初めは、病室でフレーム越しの空を描こうと思った。
けれど、天音の見たい空は、屋上にある。
そんな気がした。
階段を踏み締めるように上る。
手すりは少し冷たくて、それがどこか気持ちよかった。
もう一度、深く息を吐く。
そして、小さく吸って扉を開ける。
「……っ」
思わず、目を細める。
明るく照らされた屋上に、足を踏み入れる。
目の前には、空いっぱいに澄み切った青が広がっていた。
思わず息をのむほど鮮やかだった。
夜とは、まるで違う色。
眩しいくらいの光が、白い雲の輪郭をやわらかく浮かび上がらせている。
「綺麗だ……」
思わず、そう呟いた。
いつもの場所に腰を下ろし、スケッチブックを開ける。
筆先を紙に落とす。
淡い青をゆっくりと重ね、次第にその色が鮮明になっていく。
光の中に、雲の柔らかい影を見つけながら、少しずつ空が形になっていく。
紺青の雫が筆先から落ちて、空を滲ませる。
ほんの少しの違いで、空の表情を変えた。
そのたびに、筆を止めて、もう一度空を見上げた。
何度も、行き来する。
紙の上と、本物の空のあいだを。
時間を忘れて、色を重ねていく。
ただ、目の前の空を追いかける。
その感覚が、なぜか体に馴染んでいた。
気づけば、筆が止まっていた。
スケッチブックの上には、昼の空が広がっている。
静かに、息を吐いた。
——天音の見たかった青空。
それに応えられるのかは分からない。
それでも、この空は、確かにここにある。
そっと、一番上のページをめくる。
破り取るとき、紙の音がやけに大きく聞こえた。
それを手に持ったまま、立ち上がる。
——天音に、この空の青を見せたい。
そう思った。

