「ずっと前に、一度……」
彼は“その日”を振り返り、話をしてくれた。
私と出逢う前のこと。
入学して、まだ間もない頃。
放課後、用事があってハイジを探しに屋上へ向かったという。
鉄のドアを開けた先に広がっていたのは、誰もいない、風だけが通り抜ける空間。
薄く汚れたコンクリート。
それだけで造られた、無機質な場所。
そのまっすぐ続く床の先に──
ハイジの、後ろ姿があった。
フェンスを越え、足を踏み外せば命はないというのに……屋上の縁にアイツは静かに腰かけていた。
沈みゆく夕陽と向かい合うように、焼けつくような光を浴びて。
世界は朱に染まっていく。
「あん時は、ちょいビビったわ」
そう言って、ケイジくんは控えめに笑った。
下手に声をかけて驚かせてしまえば、転落する危険性がある。
いや──もしかしたらハイジは、命を投げ出そうとしてたんじゃないか、って。
「そんな、……そんなはずない!!だって、ハイジだよ!?あのハイジが、そんなこと……!!」
とっさに口にしたものの、上手く言葉にできない。
ケイジくんに詰め寄りながらも、それ以上何も言えなかった。
頭じゃない。
心の方が、勝手に動いていたから。
だって……。
“この俺とデートできんだ、喜べ”
偉そうで、生意気で。
“大丈夫だ。ジローちゃんは生きてんだろ。これからも、生きてくんだよ”
何よりも、激しく燃える魂で、私を助けてくれた。
自ら命を絶つなんて行為とは、程遠い人だと。
そう、思っていた。
私の戸惑いをそのまま受け止めながら、ケイジくんは続きを語ってくれた。


