「もひもひ……」

寝ぼけた声でスマートフォンを取ると、低く乾いた声が耳に届いた。

「何してんの?もう12時だけど。」

柚希は一瞬まばたきをして、枕元の時計に目をやった。

針は12時7分を指していた。

彼女は跳ね起き、スマートフォンを握りしめたまま叫んだ。

「うわっ、すみません!!今すぐ出ます!」

通話を切ると、ベッドから飛び降り、クローゼットを開けて手近な服を引っ張り出す。

鏡の前に立ち、髪を手ぐしで整え、適当にお団子に結ぶ。

そして、ドレッサーの中からリップだけを取り出し、無防備に塗る。

ガーメントバッグを抱え、アトリエを飛び出した。

電車の中、バッグの中身を何度も確認する。

肩にかけたバッグの重みを感じながら、彼女は駅の階段を駆け上がった。

撮影場所の洋館に着いたのは、12時半を少し過ぎた頃だった。

白い門の前に立っていた蒼が、こちらに気づいて顔を上げた。

「……遅刻。」

柚希は小さく頭を下げた。 蒼は表情を変えずに言った。

「衣装、見せて。」

柚希はバッグのファスナーを開け、ドレスを取り出した。

淡いグレージュのシフォンが、冬の光を受けてやわらかく揺れた。

蒼は無言のまま、ドレスを見つめた。

指先で布の感触を確かめるように、そっとなぞる。

そのまま数秒、何も言わずに立ち尽くしていた。

「……着せてみて。」

それだけ言って、彼はスタジオの中へと歩いていった。

柚希はドレスを抱え直し、彼のあとを静かに追った。