時計の針が、深夜二時を指していた。

アトリエの窓の外は、すっかり静まり返っている。

車の音も、人の気配もない。

ただ、ミシンのリズムだけが、夜の空気を震わせていた。

柚希の目は赤く、指先には小さな絆創膏がいくつも貼られていた。

それでも、手は止まらなかった。

(あと少し。あと、もうちょっとだけ。)

袖の縫い合わせ。

裾の始末。

リボンの位置をミリ単位で調整して、仮縫いをほどいて、また縫い直す。

眠気はとうに限界を超えていた。

でも、頭の中は妙に冴えていた。

(このライン、もう少しだけ内側に…)

アイロンの蒸気がふわりと立ちのぼるたび、柚希の額に汗がにじむ。

でも、その熱さが、彼女の背中を押してくれた。

気づけば、空がうっすらと白み始めていた。

アトリエの壁が、夜の青から朝の灰色に変わっていく。

最後のステッチを終えたとき、柚希はそっとミシンから手を離した。

深く息を吐いて、椅子にもたれかかる。

目の前には、完成した一着のドレス。

淡いグレージュのシフォンが、朝の光を受けて、やさしく揺れていた。

まるで、夜を越えて咲いた一輪の花のように。

「……できた。」

その言葉が、アトリエの静けさに溶けていく。

声に出した瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

疲れは限界だったけれど、不思議と心は軽かった。

誰に見せるでもなく、ただ自分のために作った服。

でも、今日はそれを、誰かに見せる日だ。

(蒼、ちゃんと見てよね。)

そう思いながら、柚希はそっと目を閉じた。

ほんの少しだけ、仮眠をとるつもりで。

朝の光が、アトリエの中をやさしく包み込んでいた。