職員室の脇にある、ちょっとした応接セットで。
現在僕は『一対五』で、対面中だ。
生徒指導部長と副部長が、先ほどから代わる代わる。
休むことなく僕に向かって。
あれやこれや小言を並べ立てている。
従来本校は、比較的おとなしい校風で。
教師のいうことをしっかり聞ける生徒が多かった。
それが今年は問題が多く、しかもいつも君の名前が絡んでくる。
なぁ、勝手に学校をかき回すな。
迷惑している生徒のことも、考えろ。
そんな感じのことを、いわれ続ける中で気づいたのだが。
発言するのは、もっぱら生徒指導部長と副部長だけで。
各学年担当の先生は僕と同じように。
いやある意味、僕より居心地が悪そうに。
その隣に並んで座っている。
時節柄か空席の目立つ職員室に、ふたりの声はよく響く。
そして意見を求められないので、沈黙したままの僕に向かって。
どちらかの先生が、ひときわ大きな声で。
「もしこれで受験に悪影響が出たら、お前は責任が取れるのか?」
そういったとき。
……少し離れた場所で。同時にガタンと、ふたつの音がした。
藤峰先生と、高尾先生かな……。
ふたりにも迷惑をかけたと、謝らなければ。
僕は、そんなことを考えていたけれど。
どうやら立ち上がったのは、三年生の担任だったようだ。
「口を挟んで申しわけありませんが。さすがにそれはアイツらに失礼ですよ」
「そんなひ弱な生徒たちを、指導してきたつもりはありません」
ふたりの先生たちに言葉に。
生徒指導部長と、副部長が慌てだす。
「い、いえ。先生がたを否定したのではなく……」
「勝手なことをしたと、『この彼』に話しているわけでして……」
なんだか、あとでまた小言が増えそうで。
僕が少し表情を固くしたところ。
「花道のあと、わたしのクラスの生徒たちは喜んでいましたよ」
「そうですな。ホームルームで……久しぶりにいい顔してました」
なんと別の先生たちが、立ち上がって。
「いやぁ、実はわたしもクラスの連中と花道をとおってしまいまして」
「それなら、わたしもですよ。あぁ……ダメな担任ですねぇ」
そうやって結局。
三年生の担任の先生がたが全員、起立した。
一瞬、職員室が静かになる。
すると待っていましたとばかりに。
……あのふたりが、『割り込んで』きた。
「じゃ、海原君。腹でも切ろっか?」
「え?」
藤峰先生が、僕に近寄りながら。
澄ました顔で、恐ろしいことをサラリと告げてくる。
「副顧問で、海原君の担任ですので……」
高尾先生は、そこで一拍おくと。
「わたしも……喜んで手伝いますね」
そういって、こともなげにニコリと笑う。
割と本気に見えるふたりが、僕の両脇を固めると。
背筋を伸ばし、反対側のふたりに視線を向ける。
藤峰先生と高尾先生のその姿はまるで。
……僕を切るならその前に。ふたりを『切ったあと』だと、告げていた。
「ええっ……」
指導部長と。
「ちょ、ちょっと……」
副部長が慌てたところで、間髪入れず。
藤峰先生が、僕の頭をチョークまみれの右手で鷲づかみにすると。
「ほら、『一緒に』ごめんなさいするよっ!」
そういって、三人で並んで頭を下げる。
ただ、下げる途中で目の合った先生は。
右目でいつもの謎ウインクをしていて。
高尾先生は、小声で。
「これでダメなら、一緒に切腹してあげる」
そんなことを口走っている。
「女子バレー部も、首謀者の一味ですしね」
「放送部の波野は、わたしのクラスでしてな……」
「うちのクラスの連中も、焚きつけたがわに入りますんで」
そうやって、一方的に静かだった職員室がにぎやかになってきて。
だからこそ僕は。
……自分が、とても情けなかった。
「自分勝手な判断で、多くの人にご迷惑をおかけしました」
大切な三年生の先輩たちのためにと、自ら決めたことなのに。
その担任の先生たちに、迷惑をかけてしまった。
ほかの先生たちも、巻き込んでしまった。
それに、なにより。
……藤峰先生と高尾先生にまで、頭を下げさせてしまった。
「大変……申しわけありませんでした」
ひとりでいくといったのに。
たくさんの二年生と同級生。
そしてなにより、放送部のみんながいないと。
……誰かの助けがないと、僕はなにもできない。
藤峰先生と、高尾先生が。
僕の背中にそっと手を置いてくれると。
「さすがにひとりの生徒に背負わすには、重すぎませんか?」
「『丘の上』に吹く風って、もっとさわやかな感じが似合う気がするんですよね」
なんだか、いいことをいってくれている。
おかげでどうやら、心に響いたらしく。
「ま、まぁ……」
「本人がいたく反省しているようですので……」
生徒指導の先生たちが、許してくれそうな雰囲気になって。
僕は反省文くらいで済みそうだと、正直ホッとしたのだけれど……。
「わかりました。では顧問として『厳正』に」
「担任としても、『処分』はこちらで決めさせていただきます」
えっ……?
いま、なんていいました?
「い、いやおふたりとも」
「『処分』までは……さすがに」
まるで敵と味方が逆転したみたいに、生徒指導の先生たちが。
「反省文程度でも……」
「いや、口頭注意に留めても……」
どんどん僕の罪を軽くしているのに。
「いえ。ここはケジメですので」
「放送部はそこまで甘くないと、指導部にもご理解していただきませんと」
なんなんだ、このふたり……。
部員の罪をどんどん重くして。
ただただ、楽しんでいるじゃないか……。
「……それでいいよね、部長?」
藤峰先生が、講堂で司会をするときだけ履くハイヒールで。
僕の上履きをさりげなく踏みつけている。
「部長として、潔く受け入れて」
高尾先生は、笑い出す寸前みたいな表情を冷徹な声で必死に隠していて。
陥落した僕は、なかばヤケクソで。
「申しわけありませんでしたっ!」
そう大声で答えると。
もう一度職員室で、頭を下げた。

