……その日は並木道に、一輪だけ桜が咲いていた。
「三人でくるのって、入学式以来だね!」
バスを降りてから、わたしが両親に笑顔を向けると。
「あのときとは、まるで違う学校に見えるから……不思議よね」
母親がそういって。
隣で父が、無言でうなずいている。
……だって、『違う学校』になったから当たり前でしょ。
心の中で、わたしはそうつぶやくと。
きれいに整えられた並木道を。
ふたりに挟まれながら、のんびりと歩きだす。
「すまんが美也、その木の前で写真を撮らせてくれ」
いつもは口数が少ない父親が。
少し恥ずかしがりながら、わたしに声をかけてくる。
周りでも同じように、同級生たちの家族が。
毎日かよったこの並木道で。
それぞれ思い思いの笑顔を、写真に収めていて。
「随分と……穏やかな時間よね」
母が満足げに、そんなことを口にする。
去年までは在校生たちも混ざっていた、この時間帯について。
今年はあえて、卒業生とその保護者のために。
ゆっくりと語り合える空間にしていると。
式の案内には、記してあった。
「やっぱり、違う学校みたいよねぇ……」
まるで神聖な神社の参道のように、美しく整えられた並木道で。
母がまた同じセリフを口にする。
お母さん、だからそれはね。
……『違う学校』にしてくれた人たちが、いるからなんだよ。
続いて、玄関ホールに近づくと。
そこからは雰囲気が一変して。
「おはようございます!」
元気いっぱいの、女子バレー部員たちが。
女子生徒の受付を担当してくれていて。
「ええっ、お前らかよ……」
男子たちは、遠慮なくそういいながら。
ぎこちない動きの、男子バレー部員たちの出迎えを受けている。
「あら、陽子ちゃん?」
「おばさん、おじさん。美也ちゃんのご卒業、おめでとうございます」
「こちらこそ。娘が、お世話になりました」
「いえいえ、そんな〜!」
笑顔の陽子に、両親の聞きたいことはよくわかる。
女子バレー部の『正装』は、この日もジャージとバンダナで。
確か卒業式も、そのまま出席可能だと教えると。
「すまんが、美也と一緒にいいかな? 母さんも並んでくれ」
お父さんが、陽子と並んだ写真を撮り出した。
「保護者のかたも、二階の教室に先に寄れますよ」
「一階は運動部、三階は文化部の展示もありますので是非」
若葉と夏緑が教えてくれて、両親が驚いている。
「きょうは……卒業式よね?」
「はい、なので」
「きょうのために、頑張りました!」
ほら、案内に書いてあったでしょ?
だから駅からのバスの時間も、式典の随分前からあったじゃない。
ちなみに、バスの先頭とドアの横の表示板は。
いつもと違って『丘の上! 卒業おめでとう!』と表示されていて。
たくさんの親子が記念に写真を撮っていた。
「よくもまぁ、色々な『仕掛け』を思いつくよなぁ」
お父さん、だからそれもね……。
「一度くらい、海原昴君とみなさんにも。会っておこうか」
「えっ?」
「そうねぇ、放送部の展示のところにいらっしゃるの?」
お母さんまで……ちょ、ちょっと待って。
それはわたしの、予想外。
「あ、カイバラっスか?」
ちょ、ちょっと……山川君。
ここで登場しなくていいから!
海原君について、余分なこといわないでよ!
「……っていうか、放送部はみんな。床拭いてるっス」
「えっ?」
「いやぁ講堂でジャムとかこぼした先生がいたっス。それで……」
「違う違う。床だけじゃなくて椅子もだよ!」
「月子は、佳織先生のドレスの洗濯中らしいよね」
「あと、こぼされた由衣のスカートも洗っているはずです」
ちょ、ちょっと陽子に若葉に夏緑も。
放送部についての余分な情報、受付で話さないでくれないかな……。
ただ、そのおかげで。
「い、忙しいみたいだな……」
「そうね……でもなんだか楽しそうね」
両親が、放送部の全員に会わなくて済んだのは。
ちょっとだけよかったのかも……しれない。
そのあと、卒業式自体は。『比較的』厳かにおこなわれた。
サプライズだったのは、例年は校長が壇上で渡していた卒業証書を。
担任がわたしたちひとりひとりに、手渡してくれたことだ。
逆に寺上校長は、隣で賞状盆を持って立っていて。
さらにその介添え人をしていたのが……。
なんと、あの理事長だった。
「今年はですね、少し趣向を変えてみまして……」
寺上つぼみ校長と。
「いやぁ。卒業生たちを近くで見たいと、わがままをいいましてな……」
鶴岡宗次郎理事長が。
それぞれの式辞と祝辞で、『らしさ』全開で話しをして。
月子のアイロンで、美しく整えられたロングドレスを着た佳織先生と。
負けじとオシャレをしてきた響子先生が。
終始澄ました顔で、司会をきっちりとこなしていた。
ち、ちなみに。
式のあいだのわたしは……。
「お、お邪魔しま〜す」
そういって、機器室の。
色とりどりのお花で飾られた『特別席』で、参列していた。
「……きちんとご両親には、お話しされたのですよね?」
「うん月子、それは平気」
「受験などでの欠席者は、希望に応じて呼称しないと……」
「玲香、手配してくれてありがとう」
「一応、どさくさに紛れて移動してもいいようには……してあります」
海原君が、どんな手を使ったのかは興味があるけれど。
ごめんね!
結局、機器室に居座っちゃった。
式が終わって、クラスごと。
あるいは保護者を交えた、写真撮影タイムが始まると。
「この先は、ちゃんと『向こう』で参加してください!」
そういって由衣が、人波をかきわけて。
わたしをきちんと、三年一組の場所まで送り届けてくれた。
「保護者のみなさまは、引き続き卒業生保護者会をおこないます」
「卒業生は、体育館に一度ご移動をお願いします」
頃合いを見た、先生たちのアナウンスが流れたので。
「じゃぁ、またあとでね!」
わたしは再度、機器室に戻ろうと。
クラスの子たちに別行動すると告げたのだけれど。
「美也ちゃんは、このあと体育館です」
「うわっ! まだいたの?」
まるで背後霊のように、うしろから由衣があらわれた。
「ちょっと……卒業式なのに、まだ一年生に世話されてるの?」
元新聞部長の子や、ほかの子たちが。
「美也! ここは素直に従うところ!」
わたしをどんどん、引っ張ろうとする。
……でもわたしは……機器室にいきたいのに。
「アイツは、まず『体育館から』ですけど!」
「えっ……?」
由衣が、少しだけプイとしながらも。
「体育館のあと、保護者会です。機器室にはいませんけど!」
まっすぐわたしに、『気持ち』をぶつけてくる。
「やるね、一年!」
「高嶺由衣、サイコー!」
「美也、あんた先輩だよ。困らせちゃダメでしょ!」
無駄に盛り上がる周囲は、さておいて。
「あ、ありがとう……」
「いいんです、『見てやって』もらえれば」
由衣の言葉の『本当の』意味は、そのときにはわからなかったけれど。
「いいですね?」
「は、はいっ!」
由衣の迫力に押されて、思わず答えると。
あの子はその返事を、待っていましたとばかりに。
すぐにインカムを栗色の髪の毛にセットし直すと。
「高嶺、戻ります」
「おおっ!」
「放送部だ……」
周りの子たちが、思わず声をあげたほど。
格好いい……『放送部員』として。
機器室に向かって。
まっすぐに、走り出した。

