……突然立ち上がった、鶴岡夏緑と目が合って。
放送部、いやいまはバレー部に移籍した『不思議ちゃん』は。
相変わらず『不思議ちゃん』のままだと……まずは思った。
「海原昴君に、緊急動議!」
フルネームで、もう一度僕が大声で呼ばれて。
「あの……だから……緊急動議」
今度はいきなり声が小さくなって、それから。
……講堂が、静まり返った。
「か、か、かい……」
顔を真っ赤にした鶴岡さんが。また粘り出したから。
ふと思いついた僕は。
「かい……。あ! 『解任』ですね!」
そう助け舟を出したのだけれど。
「なんでなのっ!」
鶴岡さんに、そうじゃないと怒られた。
……あまりのことに、また講堂が静かになる。
「……いったい……どういうことかしら?」
えっ、いまのは……?
舞台袖から、三藤先輩が。
基本的に『人前ではしゃべらない』はずなのに。
お怒りの雰囲気で、ステージ中央に立つ僕に近づいてくる。
続いて玲香ちゃんが、パソコンの画面をやや荒めに閉じると。
「ちょっと、夏緑さぁ……」
低い声でそういって、立ち上がったところで。
「ストップ、ストップ! もう夏緑、セリフ忘れないでよ!」
女子バレー部の栗木部長が大きな声を出して。
「き、緊張しちゃいました……みなさん、ウナ君。ごめんなさい!」
鶴岡さんが、ペコペコ謝りはじめたけれど。
……な、なんなんですかこれ?
「みなさん、大変失礼しました」
高嶺が走って渡してくれた、マイクを受け取ると。
「女子バレー部長の、栗木若葉です」
先輩が……なぜか『自己紹介』をしている。
「副部長の、春香陽子です」
続いてふたり目の『自己紹介』が続いて。
一瞬の沈黙……ということは。
……僕も、名乗ったほうがいいのだろうか?
「あの……」
「海原くん、それだけはやめて」
三藤先輩が、サッと腕を伸ばして僕を遮ると。
「昴君は、黙って聞こうか」
玲香ちゃんが反対側から、口を開くなと告げてくる。
春香先輩は、そんな僕たちを見て。
一瞬放送部にいた頃のように、苦笑いみたいな表情を見せたあとで。
「運動部部長会有志から緊急動議を提案します」
やや漢字が多めのセリフを、一息でいうと。
「つきましては、先生がたの許可をお願いします」
そういって、頭を下げた。
「……とりあえず、どうぞ」
神出鬼没の藤峰先生が、うなずく校長の隣に座っていて。
インカムのマイクで返事をする。
「『生徒会の設立』を、提案します」
……え?
春香先輩、いまなんていいました?
「そのまま、生徒たちのご意見どうぞ」
今度は、寺上校長が。
自らマイクで返事をする。
いや、いまって。『送る会』の説明会ですよ?
そんなときに僕たちはいったい。
……なにを、しているのですか?
「よし、俺は賛成だ!」
「俺も!」
野球部のキャプテンと、剣道部長が同時に大声で賛同すると。
「わたしたちも賛成です!」
女子バレー部員全員がそろって立ち上がって。
隣の男子バレー部員が慌ててバラバラだが続いていく。
「カイバラっ! 俺は心の底から賛成だ〜ぁ!」
うげっ、山川だ。
わざわざ叫ぶな。
それに、なぜに僕の苗字を……こんなときまで間違えるんだ……。
「海原くん……お知り合い?」
「月子、誰だっけアレ?」
三藤先輩と玲香ちゃん、それはワザとですよね?
「賛成のみんなは、立ち上がろう!」
吹奏楽部の副部長がいうと。
「嫌なら、立たないで!」
あの、栗木先輩。
ちょっと強引すぎませんか……?
「そっか、部活ごとに並んでだんだね」
玲香ちゃんが、いうとおり。
いつもなら、クラス単位で座るところなのに。
「学年とクラスをまたいだのね……それも『全部』」
三藤先輩の指摘そのままに。
バラバラと立ち上がりつつある『帰宅部』まで。
ある意味みんなが、ひとつの部活みたいにまとまっている。
「成立要件が明らかではないけれど……」
「どう見ても賛成多数だね」
三藤先輩と玲香ちゃんの、言葉のとおり。
起立する生徒が続く中で、僕は……。
「……快く賛同してくれるものばかり集めるのは、偽善だ」
昨年の秋、生徒会の立ち上げに向けて。
卒業生たちと僕たち放送部が、共同で頑張っていた頃に。
まだ理事長だと知らずに出会った。
「声なき声を、集める覚悟を見せろ」
……鶴岡宗次郎の言葉を、思い浮かべていた。
あのときは、成立は確実視されていたものの。
まったく『別の事件』が理由で断念した。
ところが今回は、アッサリと決まりそうな上。
このことを明日の卒業式で知ったら、大喜びするであろう先輩たちの顔が。
一瞬にして僕の頭に……これでもかというくらい浮かんでくる。
ただ、それでも僕は。
……『なにかが違う』と、感じていた。
「……若葉すごい! もう確実じゃん!」
「先輩! やりましたね!」
そういって、部員たちみんなが喜んでいる。
どうしよう……わたしもめちゃくちゃうれしい。
ねぇ、わたしたち!
頑張ったよね、陽子!
「……なぁ栗木、俺たち思ったんだけどさぁ〜」
運動部の部長たちを中心に。
放送部のみんなに、やっぱり生徒会をやってもらおうと。
『送る会』説明会での海原君たちを見て。
そんな話しが、あちこちからあがってきた。
部長会の仕事を減らしたいというのも、本音の一部だ。
ただそれ以上に、実質的に生徒会みたいな存在なのに。
「アイツらをただの手伝いみたいにさせてるのって、よくないよな」
そんな声がたくさん出た。
「せっかくやるなら、三年生の卒業までにまに合わせようぜ!」
誰かの掛け声が合図となって、それぞれの顧問からはじまって。
三年生の先生たちにも話しをした。
先生たちは、年末の『花道の件』で。
たったひとりで謝罪した海原君を見ていたから。
大きな反対に合うことのないまま、ことは割と順調に進んでいた。
ところが、実は……。
「放送部には、絶対にいわないで!」
陽子に話したときが……一番の難所だった。
「若葉、どうして最初に話してくれなかったの!」
珍しく声を荒げた彼女に、ほかの部長たちも驚いた。
たまたまとおりがかった寺上校長が。
「しばらく、話しをさせてもらえるかしら?」
そういって陽子を連れていって。
「絶対に事前に『放送部には話さない』」
その条件でないと許さないと、陽子がわたしたちに告げたのは。
それから、三日もたったあとだった。
きょうは放送部が、機器室で打ち合わせをしているのを確認してから。
在校生たちには部活単位で座るように、お願いした。
「幹部は意見を押し付けない」
陽子との約束を、どの部活もしっかり守った。
それは帰宅部も同じで。
「賛成も反対も、ひとりひとりの判断で」
そういって、念を押してきた。
採決のタイミングは、あの『彼』が。
ステージで説明を終えたあと。
ちょっと失敗したけれど、夏緑がなぜか。
「第一声だけはわたしがやります! やらせてください! 譲りません!」
しつこいくらい、自分にやらせろといってきた。
……そんな努力が、まもなく実る。
「もう少し、あと少し」
「悩んでないで、どんどん立って!」
うちの部員たちが、祈るように。
「どうか、『全員』で……」
「『みんな』、お願い……!」
いや。もっと多くの人たちが、祈っていた。
だが、そのとき……。
「ありがとうございます、一旦全員着席してください」
マイクを持った陽子が、わたしの隣で。
とても落ち着いた、でも逆らえないような声で。
……みんなに座れと、うながした。

