「……もう、海原君。しかたないなぁ〜」
思わず固まってしまった僕の、再起動のボタンでも押すように。
都木先輩が、ちょこんと。
肩を人差し指で押してくれたあと。
「……おまたせ」
そういってから、笑顔になる。
「それで、次の指示は?」
「え……」
「部長、つ・ぎ・の、指示は?」
「あの……じゅ、受験は……」
「合格発表……待ってるだけなの」
「えっ……」
それでも、動けない僕を見て。
「いいから、早く指示してっ!」
都木先輩の声が、急に大きくなった。
……もう、海原君! 『受験生』の前だよ。恥ずかしいから早くして!
大学合格の、自信はある。
だって、『この日』のために……頑張ったんだから。
……みんなが受験前に見送ってくれた、あの日。
見直し用のプリント束の中に。
『高校入試』当日の案内が挟まれていた。
「なにこれ?」
佳織先生の字で記されていたのは、『受験頑張れ』とかの激励じゃなくて。
なんというか……シンプルに『予定ある?』とだけ。
わたしの試験日とかスケジュールを、すべて把握しておきながら。
あの先生ったら……まったく。
わたしのやる気アップを見据えたのと。
そして、当然合格の予定がないとこられないわよねと。
……『挑発』、してきたんだよ。
おまけに、昨日の夜なんて。
試験の手ごたえとか、そんなことは一切なしで。
『一台目のバスに乗って、颯爽と登場すると胸キュン』
スマホに、『それだけ』を送ってきたんだよ。
でもおかげで、頑張った甲斐はあった。
だから……絶対合格しているから平気なの!
もう二月なのに、まだみんなと一緒になにかしようなんて。
往生際が悪すぎなのはわかっている。
ただ……それでもわたしは、その道を選んでしまうのだ。
だから今朝は、一台目のバスに乗ってきた。
もちろん、受験生には配慮したよ。
そうして学校に着いたら、玲香や千雪の姿が見えてね。
……それから海原君が、わたしを呼んだ気がしたの。
海原君の姿を見て、本当はね。
飛び込みたいくらいうれしかった。
でも再会の日が……高校受験の日だもんねぇ……。
受験生どころか、その親だってたくさんいる。
そんな中で浮かれるわけにはいかなくて。
だからわたしは、『部長』って呼んだんだ。
だからお願い……恥ずかしいから。
「早く次の指示を、出してください!」
ようやく我に帰った、海原君は。
「えっと……引き続きバスの下車誘導と、忘れ物確認をお願いします」
「はい」
「体調不良の受験生は、玲香ちゃんか市野さんに対応してもらってください」
「はい」
「それで……ですね」
「えっ?」
「……都木先輩、どうかしましたか?」
「な、なんでもない。りょ、了解しました!」
思わず大きめの返事をしたわたしに。
海原君は驚いたみたいだけれど。
……驚いたのは、わたしのほうだよ。
……やはり藤峰先生は『あなどれない』。
今朝、外に出る前に。
「ちょっと、そこの部長!」
「はい?」
『それ』を、僕のコートのポケットに無理矢理突っ込んで。
「いいから持ってって。お守りがわりだと思えばいい!」
なんだか、らしくないお守りだと思っていたけれど。
……きっと『もうひとつ』インカムが必要だって、わかっていたのだろう。
「感動の再会は、いい加減終わりでいいかしら?」
「へっ?」
「えっ?」
このあとバスのピークで、二台、三台、もう一度三台。
体調不良は、これまで八名。
玄関前の誘導係が極めて頼りない上。
わたしは別に、『質問に答える係』ではないのだから……。
「だから『部長』、わたしを知らない人としゃべらせないで」
三藤先輩が、インカム越しに一気にまくし立ててると。
都木先輩が僕を見て、苦笑いしている。
「要するに、まだまだ忙しくなるわよ。あと……」
……もう放送部員の『追加』は見込めないから、サボるなと。
三藤先輩が、先輩なりの歓迎の言葉を添えていた。
「真面目にやります、それも全力で!」
都木先輩が、力強く答えると。
心から楽しそうな笑顔で。
「部長……みんな。お待たせっ!」
……そういって、次のバスへと向かっていった。
こうして高校入試は、特に大きなトラブルもなく無事に終了した。
ちなみに『後日談』としては、ふたつほどありまして……。
ひとつ目は、万が一に備えて預かっていた五千円の包みを返しにいったとき。
「なんのことかしら?」
寺上つぼみ校長が、その存在を忘れていたことだ。
「非常用の『幸福の五千円』として、預かったものですけれど?」
「海原君は……『幸せ』を『返してくれる』のですか?」
「えっ?」
「幸せとは……返すものではなくて、わけるものでしょう」
「は、はぁ……?」
副部長として同行中の、三藤先輩がため息をつく。
「部長では、『鈍すぎて』理解ができないようです」
「そのようねぇ……」
校長まで、ため息ついたので。
「それこそ幸せが逃げますよ!」
僕としては、頑張ったつもりなのに……。
「海原君は、『知識』はあるのにねぇ……」
「部長の『察し』が悪くて、申し訳ございません……」
またふたりが、ため息をついていた。
予備費が、『たまたま』消えたのだと。
部費の足しにしてよいのなら、はっきり言葉にしてくれたらいいのだけれど。
……なんとも女性の言葉は、難しい。
そして、ふたつ目については……。
受験後のアンケートとして。
無記名で玄関で回収したものに、僕たちのことが少し書かれていたらしく。
「あとで、ちゃんとみんなと共有しときなよ!」
そういって、藤峰先生が『僕にだけ』教えてくれた。
体調が悪かったけれど、励ましてもらえてうれしかった。
バス停にいた女子の先輩たちのチームワークに、感動しました。
かわいい先輩が迎えてくれて、この学校に入りたいと改めて思いました。
「どうよ、海原君?」
「みんな喜ぶと思います」
「よろしい、ではあとひとつだけ『特別に』教えてあげよう」
……なんだか、嫌な予感がする。
「『誰』を指すのかは、『自由』に想像したまえ」
先生は、明らかに僕を試すような目で見ると。
……『カップル』の先輩が、かわいかった。
ボソリといって、それから。
「キャァ〜」
わざとらしく、ひとり悲鳴をあげると。
僕を置いて、中央廊下を走っていった。

