……わたしは、わたし自身の評判をよく知っている。


「ねぇ……いま自分から……」
「しゃ、しゃべったよね……」

 美也(みや)ちゃんの両脇の先輩たちが、目を見開いて驚いている。


 ……三藤(みふじ)月子(つきこ)は、基本誰とも話さない。


 校内で通説のように語られてきたそれは、ある意味正しくて。
 最近は少し……訂正が入っている。


「三藤さん! 写真撮っていい?」
「えっ?」
「奇跡だもん! 受験の『お守り』がわりにしてもいい?」
「そ、それは……」

 ふと気づけば、美也ちゃんたちだけではなくて。
 なんだか……人が、増えている。
「ひぃっ」
 もちろん、声には出さなくて。
 わたしとしては、口元がひきつり気味になっただけなのに。

「いま……少しだけ……」
「笑ったよね?」
「うそっ……」
「三藤さん、かわいいっ……」
 ど、どうしてこうなっているの?


 ……美也ちゃんの友人だから、頑張って話しかけたのに。

 この状況は予想外で。
 下げてしまった顔を、どう持ちあげればよいのかわからなくて。
 思わず固まりかけた、そのとき。

「はいはい、みんな会場入りしてね〜」
 美也ちゃんがわたしの前で。
 手をたたきながら、明るい声をあげると。
「そ、そうだね!」
「いいもの見た、それで十分!」
 両隣のふたりが、一緒になって助けてくれた。


「美也のために……災難だったねぇ〜」
 新聞部の元部長が、明るく笑うと。
 少しいわくありげな顔をしながら、わたしを見て。

「なんだ美也。部活あるならそういってよ!」
 もうひとりの先輩は、そういうと。
「じゃぁ三藤さん、うちの美也をよろしくお願いします」
 そういって、わたしたちから離れていく。

「あ、あの……」
 そこまでいって、お辞儀をするのが精一杯のわたしの隣で。
「ありがと!」
 美也ちゃんがかわりに、声を届けてくれると。

「はいは〜い」
「名コンビはまたあとでね〜」
 そういいながら、のんびりと揺れる手のひらがふたつ。
 ホールの中へと、消えていった。





 ……相変わらず、惚れ惚れするようなお辞儀をするよねぇ。

 わたしが、月子の気の済むタイミングまで待っていると。
「ありがとう、美也ちゃん」
 放送部員とは『いくらでも話せる』月子が、しっかりわたしと視線を合わせて。
 凛とした声を、かけてくる。


「自分から声をかけるなんて……遠慮してくれていたの?」
 わたしの問いに、月子は小さくうなずくと。
「ご友人と過ごす時間でもあるので……」
 きょうを逃すと、卒業式まで会えない同級生がいるのではないかと。

「総決起集会はそれなりに盛り上がると思いますし……」
 受験生として、会場で混ざって楽しめる機会なのに。
 放送部員として……誘ってよいものなのかと。
「一応ご意見を聞いてからにしようと、思いました」
 そんなことを口にはするものの。

 ……なんだか、答えなど知っているとでもいいたげだ。


「もちろん! 誘ってくれてありがとう!」
 そう答えるのは簡単だけれど。
 なんだかそれでは、すべて見透かされているようだ。

 だからわたしは。
「ねぇ、月子ならどうする?」
 即答するかわりに、あえて聞いてみる。

「別に、同級生に未練はありません。特に友人もいませんし」
 うわっ……予想以上に、すごい回答。
 迷いのない答えに、わたしは。
「でもほら……玲香(れいか)姫妃(きき)は?」
 そう聞いてみたものの。

「『放送部員』、ですよね?」
 どうやら月子にとってあのふたりは。
 同級生や友人、そういうものをとっくに超えているらしい。


「じゃぁ元部員は? 友人やめたの?」
春香(はるか)陽子(ようこ)は……親友です」
 月子は、即座に彼女なりの『定義』で答えると。
「陽子は、美也ちゃんの幼馴染ですけど? 付き合いをやめたのですか?」
 おまけに……『逆襲』までされてしまう。

「……『試された』ので、お返しです」
 月子は、澄ました顔でそういうと。
「わたしも、会場より機器室に向かいます」
 サラリと、わたしと同じ選択で迷わない。

 ……それが当たり前だという、顔をしていた。



 月子と一緒に、講堂の機器室への階段を上がっていく。

 機器室の扉を開くと、驚かない玲香と。
 驚いた顔の、海原(うなはら)君がいて。

「玲香、どちらがメインやるの?」
「わたしやろっかな。月子はサブでもいい?」
 冷静なふたりは、勝手に仕切りを決めると。

「……海原くん、美也ちゃん」
「どうぞごゆっくり」
 きょうはうしろで見ていろと、宣言する。


「いいんです……よね?」
 珍しく海原君が、『いいんですか?』とは聞かずに。
 この場にいる選択をしたわたしを、受け入れている。



 ……当たり前だよ、ひとりにしないで。



「美也ちゃん……失礼します」
 内緒話しは、なしだとばかりに。
 月子がわたしにインカムをつけてくる。

「美也ちゃん、マイクテスト」
 玲香の声が流れてきて。
「みんなといられる機会なのに、部長が誘ってくれなかったからね〜」
 精一杯の『譲歩』で、わたしがそういうと。

「ちょっと、誰な・の・誘ったの?」
 姫妃がすかさず横槍を入れてきて。
「海原くん……遠慮したのが仇になっているわよ」
 月子が、強烈な嫌味をいってくる。

「美也ちゃんって……素直じゃないですよねぇ」
 スイッチを指で確認しながら、玲香がつぶやくと。
「わたし、さっきから走り回ってるんですけど!」
 由衣(ゆい)がひときわ大きな声を挟みこむ。



 ……控えめにいって、この部活は最高だ。



 わたしは、もうすぐ卒業するけれど。
 その前に受験して、きっちり合格して。
 あと少しだけ、みんなと過ごす時間を作りたい。

 それにね、わたしたちは絶対に。



 ……卒業したって、終われない。



「おふたりとも、ひとことずつだけつなぎます」
「回線チェック、よし」
 玲香の指示と、月子の合図で。
「美也、よかったね」
「機器室から、楽しんで」
 佳織(かおり)先生と響子(きょうこ)先生の声が、わたしの耳に届いてくる。

「あと……五秒」
「司会、お願いします」
 玲香と月子の声に合わせて、わたしたちが心の中で三つ数えると。
 理想的な音量で、先生たちの声が講堂内に響き渡る。

 きょうの放送部の仕事も、スタートは完璧で、
 このときのわたしは。
 間違いなく幸せな笑顔で、海原君を見た。


 だからこそ、このときはまだ。

 わたしのせいで海原君を。
 このあと、悲しい笑顔で見送ることになるなんて。


 ……これっぽっちも、考えていなかった。