……海原君が、佳織先生の『奴隷』になって約一週間後。
寺上つぼみ校長が、放送室に飛び込んできた。
「取材よ、取材!」
「えっ! わ・た・しですか!」
「姫妃じゃないでしょ」
隣の玲香が、秒で否定したけれど。
「え? どうしてか・な・〜?」
わたしは負けじと、笑顔で返す。
実際のところ、なにも心当たりはないけれど。
きっとわたしの女優への、サクセス・ストーリーのはじまりだ。
そんなことを……勝手に想像していたら。
「海原君、大手柄よ!」
えっ……?
海原君なの?
どうやら、先日の推薦入試の日に。
どこかの中学生が受験校を間違えたものの。
海原君が『機転を効かせて』試験にまにあわせて。
無事に、合格することができたらしい。
そんな話しが、いつのまにか『美談』となって。
地元の新聞社とテレビ局から、『丘の上』に取材依頼が届いたそうだ。
「あぁ! 『わたし』の五千円が、『海原君』のお手柄なんだぁ〜」
佳織先生は最初、完全に不貞腐れていたけれど。
ところが、寺上先生が。
「はい、五千円」
「えっ、つぼみちゃんくれるの?」
「学校の宣伝になりましたから、予備費から出すことにしました」
そういった瞬間、『現金な』佳織先生は。
「海原君! さすがわたしが顧問なだけあるよね!」
突然手放しで彼をほめだした。
「それだけでなくて、保護者のかたと。先方の学校からもね……」
両校の校内行事等が落ち着いた際に、改めてお礼をしたいと。
そんな提案まできたのだという。
「ということで本日の夕方、まず二社が来校するのですけれど」
ただ、せっかくの機会を。
「あの……遠慮させていただいても、よろしいでしょうか?」
……断ってしまうのが、や・っ・ぱ・り海原君だ。
とはいえ、どうやらつぼみ先生も。
ある程度断られることを予想していたみたいで。
「そうね……無理にとはいいませんので。かわりに佳織が受けますか?」
「えっ、わたし?」
「当事者でしょ、一応」
もうひとりにも、話しを振ってみたものの。
「わたしもパス。お金返ってきたから、それでいいでしょ」
こちらもあっさりと。
「よし海原君、奴隷期間をあと一週間に縮めてあげる!」
「えっ……まだ続くんですか……」
「当たり前でしょ。利息分はきちんと奉仕してよねー」
海原君以外には、執着しないらしい。
……でも取材なのに、もったいなくないのかな?
「宣伝になるかと思ったのに、しかたがないわね」
寺上先生は、そういうと。
ただ『もうひとつのほう』はまた、いずれ相談しますねと伝えて帰っていく。
「ね・ぇ、海原君。これで本当によかったの?」
「えっ? 波野先輩、ダメでしたか?」
「別に……『らしく』ていいけ・ど」
ただ、わたしは・ね。
いつかわたしが『取材』を受けたとき。
海原君はどう思うかが……気になった・だ・け。
……なんだか、珍しい子が印刷室に入っていった。
「姫妃がやるなんて、なんだか貴重な光景よねぇ〜」
わたしとしては、ひとこと声をかけるだけだったつもりが。
「あ・の……」
どうやら、悩みごとでもあったようで。
「響子先生なら、どう思いま・す・か?」
まっすぐな瞳が、わたしに喰らいついてくる。
「女優になってからの、取材ねぇ……」
「無理だろとか、そういう顔ですか?」
「違う違う、夢は応援するものだからね」
姫妃が目指してみたらいいことだから。
無理だとかは、まったく思わない。
「そういえば大学では、モデルの子とか。女優になった先輩とかいたねぇ」
「えっ、先生の知り合いですか?」
「同じ学部とかだけど、その程度かな〜」
「じゃぁ先生と同じくらい、かわいかったですか?」
「いや、もっとでしょ」
「まぁ、そうですよねぇ……」
こらこら、最後のはちょっと失礼だよ。
でもまぁ、わたしはモデルでも女優でもないから構わないか。
「都会だと、高校生でもモデルの子とかいるからなぁ〜」
「だったら新幹線で、かよっちゃう?」
「部活があるから、無理ですよ」
姫妃がサラリと、最優先が部活だと決めているのが少し面白い。
「女優にはあとでなれても、部活はいましかないじゃないですか?」
女優になる過程については、よくわからないけれど。
いまは、みんなといたい。
もっといえば、たぶん『あの彼』と過ごしていたい。
それが姫妃の、いまの選択なのだろう。
「取材の可否も、それぞれの選択でしょ。だから未来の姫妃が取材されたら」
……みんな、うれしいんじゃないかな?
「……じゃ姫妃、ちょっと放送室のぞいてくるね」
「は〜い。先生、お付き合いあ・り・が・と!」
先生に感謝の一回転をしてから、印刷機のスイッチを押すと。
わたしは大きく深呼吸をする。
将来について、参考になることがいっぱいあるおしゃべりだった。
響子先生は、やさしくて。
わたしについて、真剣に考えて話してくれた。
ただ、だからこそ。
……少しわたしは、傷ついた。
わたしが女優になるのは、応援する。
将来もし、わたしのインタビューとかの記事が出たら。
きっと響子先生は大喜びして、その雑誌を何冊も買ってくれるだろう。
でも、とっても真面目に考えてくれたからこそ。
『海原君とわたし』の未来については。
……なにも口にしてくれなかった。
意地悪とかじゃなくて、先生はずっと。
ほかの誰かさんと、海原君のことを応援している。
だからたぶん、無意識のうちに。
響子先生の描く海原君の未来の舞台では。
わたしの出番が……ないのだろう。
でも、わたしは負けない。
……だってまだ台本さえ、未完なんだから。
印刷を終えて、放送室に早足で戻ると。
「未来なんて、どうなるかわ・か・ら・な・い・のっ!」
わたしはそういって、勢いよく放送室の扉を開く。
「な、波野先輩? なんですかいきなり?」
「ね・ぇ・海原君!」
驚く彼に向かって。
彼だけを見て、一直線に歩いていくと。
「もう少しちゃんと、書類の整理とか教・え・て!」
彼にだけ、わたしの声を届ける。
「えっ……? それはほかの……」
案の定、そう答える彼を無視して。
「いいから、お・し・え・て・っ!」
もう一度彼にだけ声を届ける。
「まずはこ・れ・か・ら!」
それから、海原君の目の前にある書類の束を指さすと。
意地でも、いますぐ教えて欲しいと。
「お願いっ!」
わたしとしては『ひさしぶり』に。
……彼に駄々を、こねてみた。

