青く晴れ渡った空に、くるりくるりと輪を描きながら澄み切った笑い声が、天高くへと溶けて、行った。
ロキエルは、その声で目を覚ました。出窓から枕許に射し込む陽光が淡く、優しい。東の空が白み始めて、まだ間もない時刻なのだと教えてくれた。寝ぼけ眼まなこを擦こすりながら寝台から半身を起こした。はだけた胸元が悩ましく、色香が匂い立つような美女である。大きく伸びをしながら立ち上がった。
いろいろなところが、いろいろと露あらわになって、いろいろと危険やばい!
「ううっ、さむっ」
季節は既に初夏の気配を漂わせているとはいえ、未だに明け方は冷え込む。いろいろと露わになっているのだから尚更である。涼気に肩を震わせながら、温もりが残る毛布に頭から潜り込んだ。
お尻は置き去りである。
どうやら二度寝をするつもりだ。雇われている身ではあるが、時間を気にすることのない職務なのだから羨ましい限り……と、思いきや「がんばれ、わたし!」毛布を跳ね除け飛び起きた。
着崩れた寝間着を直そうともせず、ほつれた黒髪を無造作に撫でつけながら、細身の肢体を靭しなやかに弾ませて出窓へと足を運ぶ。
大きく窓を開けると、微風が届けてきたのは爽やかな新緑の香りだった。
両手を上げて背筋せすじを伸ばし、あくび混じりに、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふああぁ~。あ~スッキリした!」
ロキエルは気づいていなかった。
胸にした、その香りが、彼女自身が知り知り得ない、心の奥底の襞ひだに潜んでいるような、くすんだ澱みまで拭い去ってくれる、ことに。
重ねて大きく息を吐いて吸い込んだ。すると、焼き立てのパンの香りが、新緑の香りを押しのけて出窓を突き破らんとばかりに飛び込んで来たから堪まらない。
『きゅるりん♪』ロキエルのお腹が悲鳴を上げる。
「お、お腹すいた」
前屈みになって、お腹を押さえて呟いた。
ロキエルの家の前は広場になっており、古びた四阿あずまやが建てられていた。そこには大きな石窯と、二十人ほどが、ゆったりと席に着くことができる一枚板のテーブルが設えてある。七人程の少女たちが、その石窯の周りを取り囲み、パン作りの真っ最中であった。既にテーブルの上には全粒粉の田舎風(パンカサレッショ)が、ほのかに湯気を揺蕩たゆたわせながら置かれていた。
窓から顔を覗かせたロキエルに気付いた一人の少女が、「ねぼすけロキ!」と、含み笑い混じりの声を上げた。続けて、「や~い、や~い、ねぼすけ!」と、囃し立てる声が、屈託の無い笑い声に混じって響き渡った。
ロキエルは、その声に背を押されるように、そそくさと身支度を整えると家を出た。四阿の手前には、ちょっとした段差があり注意が必要なのだが、パンばかりに目がいって、足元がおろそかになり「いった~い!」……言わんこっちゃない。
「もぅ~! ロキったら。ちゃんと前を見て歩く!」……叱られました。
爪先の痛みを堪え、一人一人と挨拶を交わし合いながら、仕事の邪魔にならないようにテーブルの端の席に、ちょこんと座った。
テーブルの上には不揃いな器が、所狭しと並んでいた。器こそ粗末だが、中身はピッカピカだ。下拵えの済んだ色鮮やかな食材や、数多くの調味料が、『さあ、どれがお好みですか?』と、手招きをしていた。
パンを焼き、朝食の準備をするのは少女たちの仕事なのだ。大人と少年たちは、夜も明けきらぬ内から農作業に勤しんでおり、各々の作業が一段落したら、朝食を摂るようにしている。好きな物を、どれだけ食べても、足りなくなるような量ではない、余りは家畜の飼料となる。
「ロキ姉ちゃん!卵は何個!?」「あ、はい。三個でお願いします」「りょーかい!」「腸詰サルシッチャと塩漬の豚バラ肉パンチェッタ、どっちにする?」「え、え~と……」「両方欲しいのね!」「はい!」「ロキ!温野菜のサラダヴェルドゥーレ・カルデは好き嫌いしないで、たっぷり食べなきゃダメよ」「はい!『た~っぷり』ですね。かしこまりました、お任せ下さい!」
余るほどあると言っても、図々しくないかしら?………甘やかし過ぎの気がします!
「はい、ロキねぇちゃん」「あ、ありがとうございます」ロキエルの前に、取り皿代わりにする大きな葉と、カトラリーセットが用意された。
ロキエルは、そっと、目の前に用意されたカトラリーの一本を手にして、柄の部分を愛おしそうに指で撫でさすり(……ふふっ)僅かに頬を綻ばせ、消え入りそうな笑顔を浮かべた。
廃材を削り出して作った、何の変哲も無い手製のカトラリーである。
だが、ロキエルは知っていた。この粗末なカトラリーの持つ、意味を。柄に彫られた拙つたない文字の持つ、意味を。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆彡
(……ん?)ロキエルは小さく首を傾げた。ふと、辺りに漂う空気が一変したのだ。
すると、ひときわ小さくて可愛らしい女の子が、おぼつかない足取りで木製の深皿を、捧げ持つように運んで来た。
年長の少女が異様な緊張感を身に纏まとい、今にも小さな女の子に飛びかからんとばかりに、前のめりになって身構えた。他の女の子達も、息を殺して小さい子を見つめる。ロキエルも、(何をしようとしているのかしら?)訝しがりながらも、何事が起きても対応できるようにと注意深く見守った。
小さい女の子はロキエルの傍らに立つと、ペッタンコの胸を反らして、見事にポッコリと膨らんだイカ飯のようなオナカから、オヘソを覗かせた魅惑のポーズで、木皿を差し出して来た。なんだか、とっても偉そうだ。
(あ、マリちゃんだ。なんて傲岸不遜で、生意気で、小憎たらしくて………とっても可愛い♪)
ロキエルは恭しく両手で木皿を押し頂いた。木皿を通して伝わる温もりが、沁み入るように心地よい。途端、少女たちの緊張感は何事もなかったかのように雲散霧消して、踵を返してパン作りに勤しみ始めた。
(あ~なるほど。転んでスープをこぼして、火傷を負ってしまう危険リスクも顧みず、お姉さん達は心を鬼にして、まだ幼い末妹の自主性を育もうとしているのね!)ロキエルは合点がいったように小さくうなずいた。
『大変よくできました』と、頭を撫でて褒めてあげようと、伸ばしたロキエルの手が、虚空を掴んだ。
(う~ん、褒めるのは違うわね。傲岸不遜なのは、むしろ、わたしかも)
幼児教育の難しさだ。ロキエルは、マリとは長幼の上下関係を認識しており、上位者の立場から『褒める』という行為に及ぼうとした。しかし、少女たちは幼児であるマリを、社会的に対等な関係と認め、たとえ不安でも、寄り添わずに、ただ見守るだけで成長を促そうとしていたのだ。
褒める事で自己肯定感を向上させ、自主性を育むのも良いが、スープを運ぶような簡単な作業で『良し!』と思って満足するようになってしまったり、褒められる事が目的となり、ただ指示された事を、こなすだけになってしまったりしたら、少女達の想いを踏みにじる事になってしまうに違いない。
(……ならば、伝えるべきは、称賛ではなく、感謝と慰労ね)
「マリ。どうも有難うございます。ご苦労さまでした」
ロキエルは、居住まいを正して、しっかりとマリに向き直って視線を合わせ、軽い会釈とともに感謝の意を丁寧に伝えた。
マリは、大人に対して使うような丁寧な言葉が嬉しいのか、照れくささに身をよじらせながら、キラッキラの笑顔で、
「どいたますて!!どういたしまして!!」
元気いっぱいに返してきた。
(ウフッ♪ なんだか、とっても得した気分!)ロキエルもありったけの笑顔で返した。
年長の女の子が、まっ白な歯を見せつけるようにして、飛び跳ねながら駆け寄って来た。すると、しっかりとマリの肩を抱き寄せて、頬ずりしながら、
「ロキ、山雉と干茸のスープ(ブロード・ファジアーノ)よ、美味しいぞ~」
と、声を掛けてきた………マリちゃん、ちょっぴり苦しそうです。
ロキエルは、薄っすらと瞳を閉じて……聞いちゃいねえ。
なんとなれば、辺りに漂うパンの香りに対抗するかのように、複層的な香りが螺旋を描いて立ち昇って来て、ロキエルの鼻腔を直撃し、夢見心地にさせていた。然もありなん、何種類もの希少で高価な香草ハーブを、贅沢に使用しているのだ………少女たちが、その辺りで適当に摘んで来た香草だけどね。
(もう限界!) ロキエルは、手にしたカトラリーを、壊してしまうのではないかと思う位、強く握り締めた。
「ロキ! ちゃんと、お祈りしてからよ」……また叱られました。
ロキエルは、慌てて、胸の前で手を組み「精霊のご加護が、あ、あららら、んことを」女の子たちに聞こえないように小声で呟いた。食前の祈りは精霊に捧げる疎おろそかに出来ない重要な仕来しきたりなのだが、正式な祝詞のりとは長すぎるので、よく覚えていない。
テキトー過ぎる!……罰ばちでもあたっちゃえ。
早速とばかりに、器にスプーンを差し入れると、それだけでホロホロと山雉の肉が骨から剥がれ落ちた。その肉片を、小さく刻まれた干茸と一緒に口に含んだ。
(うまっ!)
山雉の肉、いわゆる野生肉ジビエだが、巷で語られるような癖や臭みなど欠片も無い。山雉の濃厚な風味、脂の持つ仄かな甘味、それらを下支えして纏め上げる干茸、複雑で奥行きのある味わいが、口腔中に広がったと思ったら、雑味のない爽やかな香草の芳しい香りが、逆流して鼻腔を駆け抜けて行った。
子供達がパン作りの片手間に作る料理なのだから、小難しい技巧を凝らしているわけではない。
骨ごとぶつ切りにした山雉の肉を天板に載せて、オリーブオイルを掛け回し、石窯でしっかりと焼色をつけたら(多少焦げても気にしません)天板ごと取り出して、水を注ぎ入れ、天板についた焦げを刮こそげ落としながら鉄鍋に入れ、干茸と、香草を亜麻糸で括って束ねた物(ブーケガルニ)を加えて、竈かまどにかけて、沸き立って来たら表面に浮いた灰汁アクと油を丁寧に取り除いて、後はほったらかしである。
長年に渡って研鑽を積んだ料理人を卑下するつもりは毛頭ないが、美食家を自認するロキエルが、贅を凝らした宮廷晩餐会や、帝都の一流料理店でも味わった事の無い逸品だった。
(このスープ不思議だわ。 飲むほどに、お腹が空いていく気がする。消化器官を活性化させる、何らかの薬膳効果のあるスープなの? 山雉の肉、それとも骨髄、干茸、香草、それ以外の香味野菜などの食材は使われていないのは分かるけど……それとも水質が違うのかしら?)
あれこれ考えているようだが、どうもロキエルは物事の本質に気付いていないようである………ぶっちゃけると。
貴女は、大喰らいのガッツキです。
ロキエルは、その声で目を覚ました。出窓から枕許に射し込む陽光が淡く、優しい。東の空が白み始めて、まだ間もない時刻なのだと教えてくれた。寝ぼけ眼まなこを擦こすりながら寝台から半身を起こした。はだけた胸元が悩ましく、色香が匂い立つような美女である。大きく伸びをしながら立ち上がった。
いろいろなところが、いろいろと露あらわになって、いろいろと危険やばい!
「ううっ、さむっ」
季節は既に初夏の気配を漂わせているとはいえ、未だに明け方は冷え込む。いろいろと露わになっているのだから尚更である。涼気に肩を震わせながら、温もりが残る毛布に頭から潜り込んだ。
お尻は置き去りである。
どうやら二度寝をするつもりだ。雇われている身ではあるが、時間を気にすることのない職務なのだから羨ましい限り……と、思いきや「がんばれ、わたし!」毛布を跳ね除け飛び起きた。
着崩れた寝間着を直そうともせず、ほつれた黒髪を無造作に撫でつけながら、細身の肢体を靭しなやかに弾ませて出窓へと足を運ぶ。
大きく窓を開けると、微風が届けてきたのは爽やかな新緑の香りだった。
両手を上げて背筋せすじを伸ばし、あくび混じりに、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ふああぁ~。あ~スッキリした!」
ロキエルは気づいていなかった。
胸にした、その香りが、彼女自身が知り知り得ない、心の奥底の襞ひだに潜んでいるような、くすんだ澱みまで拭い去ってくれる、ことに。
重ねて大きく息を吐いて吸い込んだ。すると、焼き立てのパンの香りが、新緑の香りを押しのけて出窓を突き破らんとばかりに飛び込んで来たから堪まらない。
『きゅるりん♪』ロキエルのお腹が悲鳴を上げる。
「お、お腹すいた」
前屈みになって、お腹を押さえて呟いた。
ロキエルの家の前は広場になっており、古びた四阿あずまやが建てられていた。そこには大きな石窯と、二十人ほどが、ゆったりと席に着くことができる一枚板のテーブルが設えてある。七人程の少女たちが、その石窯の周りを取り囲み、パン作りの真っ最中であった。既にテーブルの上には全粒粉の田舎風(パンカサレッショ)が、ほのかに湯気を揺蕩たゆたわせながら置かれていた。
窓から顔を覗かせたロキエルに気付いた一人の少女が、「ねぼすけロキ!」と、含み笑い混じりの声を上げた。続けて、「や~い、や~い、ねぼすけ!」と、囃し立てる声が、屈託の無い笑い声に混じって響き渡った。
ロキエルは、その声に背を押されるように、そそくさと身支度を整えると家を出た。四阿の手前には、ちょっとした段差があり注意が必要なのだが、パンばかりに目がいって、足元がおろそかになり「いった~い!」……言わんこっちゃない。
「もぅ~! ロキったら。ちゃんと前を見て歩く!」……叱られました。
爪先の痛みを堪え、一人一人と挨拶を交わし合いながら、仕事の邪魔にならないようにテーブルの端の席に、ちょこんと座った。
テーブルの上には不揃いな器が、所狭しと並んでいた。器こそ粗末だが、中身はピッカピカだ。下拵えの済んだ色鮮やかな食材や、数多くの調味料が、『さあ、どれがお好みですか?』と、手招きをしていた。
パンを焼き、朝食の準備をするのは少女たちの仕事なのだ。大人と少年たちは、夜も明けきらぬ内から農作業に勤しんでおり、各々の作業が一段落したら、朝食を摂るようにしている。好きな物を、どれだけ食べても、足りなくなるような量ではない、余りは家畜の飼料となる。
「ロキ姉ちゃん!卵は何個!?」「あ、はい。三個でお願いします」「りょーかい!」「腸詰サルシッチャと塩漬の豚バラ肉パンチェッタ、どっちにする?」「え、え~と……」「両方欲しいのね!」「はい!」「ロキ!温野菜のサラダヴェルドゥーレ・カルデは好き嫌いしないで、たっぷり食べなきゃダメよ」「はい!『た~っぷり』ですね。かしこまりました、お任せ下さい!」
余るほどあると言っても、図々しくないかしら?………甘やかし過ぎの気がします!
「はい、ロキねぇちゃん」「あ、ありがとうございます」ロキエルの前に、取り皿代わりにする大きな葉と、カトラリーセットが用意された。
ロキエルは、そっと、目の前に用意されたカトラリーの一本を手にして、柄の部分を愛おしそうに指で撫でさすり(……ふふっ)僅かに頬を綻ばせ、消え入りそうな笑顔を浮かべた。
廃材を削り出して作った、何の変哲も無い手製のカトラリーである。
だが、ロキエルは知っていた。この粗末なカトラリーの持つ、意味を。柄に彫られた拙つたない文字の持つ、意味を。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆彡
(……ん?)ロキエルは小さく首を傾げた。ふと、辺りに漂う空気が一変したのだ。
すると、ひときわ小さくて可愛らしい女の子が、おぼつかない足取りで木製の深皿を、捧げ持つように運んで来た。
年長の少女が異様な緊張感を身に纏まとい、今にも小さな女の子に飛びかからんとばかりに、前のめりになって身構えた。他の女の子達も、息を殺して小さい子を見つめる。ロキエルも、(何をしようとしているのかしら?)訝しがりながらも、何事が起きても対応できるようにと注意深く見守った。
小さい女の子はロキエルの傍らに立つと、ペッタンコの胸を反らして、見事にポッコリと膨らんだイカ飯のようなオナカから、オヘソを覗かせた魅惑のポーズで、木皿を差し出して来た。なんだか、とっても偉そうだ。
(あ、マリちゃんだ。なんて傲岸不遜で、生意気で、小憎たらしくて………とっても可愛い♪)
ロキエルは恭しく両手で木皿を押し頂いた。木皿を通して伝わる温もりが、沁み入るように心地よい。途端、少女たちの緊張感は何事もなかったかのように雲散霧消して、踵を返してパン作りに勤しみ始めた。
(あ~なるほど。転んでスープをこぼして、火傷を負ってしまう危険リスクも顧みず、お姉さん達は心を鬼にして、まだ幼い末妹の自主性を育もうとしているのね!)ロキエルは合点がいったように小さくうなずいた。
『大変よくできました』と、頭を撫でて褒めてあげようと、伸ばしたロキエルの手が、虚空を掴んだ。
(う~ん、褒めるのは違うわね。傲岸不遜なのは、むしろ、わたしかも)
幼児教育の難しさだ。ロキエルは、マリとは長幼の上下関係を認識しており、上位者の立場から『褒める』という行為に及ぼうとした。しかし、少女たちは幼児であるマリを、社会的に対等な関係と認め、たとえ不安でも、寄り添わずに、ただ見守るだけで成長を促そうとしていたのだ。
褒める事で自己肯定感を向上させ、自主性を育むのも良いが、スープを運ぶような簡単な作業で『良し!』と思って満足するようになってしまったり、褒められる事が目的となり、ただ指示された事を、こなすだけになってしまったりしたら、少女達の想いを踏みにじる事になってしまうに違いない。
(……ならば、伝えるべきは、称賛ではなく、感謝と慰労ね)
「マリ。どうも有難うございます。ご苦労さまでした」
ロキエルは、居住まいを正して、しっかりとマリに向き直って視線を合わせ、軽い会釈とともに感謝の意を丁寧に伝えた。
マリは、大人に対して使うような丁寧な言葉が嬉しいのか、照れくささに身をよじらせながら、キラッキラの笑顔で、
「どいたますて!!どういたしまして!!」
元気いっぱいに返してきた。
(ウフッ♪ なんだか、とっても得した気分!)ロキエルもありったけの笑顔で返した。
年長の女の子が、まっ白な歯を見せつけるようにして、飛び跳ねながら駆け寄って来た。すると、しっかりとマリの肩を抱き寄せて、頬ずりしながら、
「ロキ、山雉と干茸のスープ(ブロード・ファジアーノ)よ、美味しいぞ~」
と、声を掛けてきた………マリちゃん、ちょっぴり苦しそうです。
ロキエルは、薄っすらと瞳を閉じて……聞いちゃいねえ。
なんとなれば、辺りに漂うパンの香りに対抗するかのように、複層的な香りが螺旋を描いて立ち昇って来て、ロキエルの鼻腔を直撃し、夢見心地にさせていた。然もありなん、何種類もの希少で高価な香草ハーブを、贅沢に使用しているのだ………少女たちが、その辺りで適当に摘んで来た香草だけどね。
(もう限界!) ロキエルは、手にしたカトラリーを、壊してしまうのではないかと思う位、強く握り締めた。
「ロキ! ちゃんと、お祈りしてからよ」……また叱られました。
ロキエルは、慌てて、胸の前で手を組み「精霊のご加護が、あ、あららら、んことを」女の子たちに聞こえないように小声で呟いた。食前の祈りは精霊に捧げる疎おろそかに出来ない重要な仕来しきたりなのだが、正式な祝詞のりとは長すぎるので、よく覚えていない。
テキトー過ぎる!……罰ばちでもあたっちゃえ。
早速とばかりに、器にスプーンを差し入れると、それだけでホロホロと山雉の肉が骨から剥がれ落ちた。その肉片を、小さく刻まれた干茸と一緒に口に含んだ。
(うまっ!)
山雉の肉、いわゆる野生肉ジビエだが、巷で語られるような癖や臭みなど欠片も無い。山雉の濃厚な風味、脂の持つ仄かな甘味、それらを下支えして纏め上げる干茸、複雑で奥行きのある味わいが、口腔中に広がったと思ったら、雑味のない爽やかな香草の芳しい香りが、逆流して鼻腔を駆け抜けて行った。
子供達がパン作りの片手間に作る料理なのだから、小難しい技巧を凝らしているわけではない。
骨ごとぶつ切りにした山雉の肉を天板に載せて、オリーブオイルを掛け回し、石窯でしっかりと焼色をつけたら(多少焦げても気にしません)天板ごと取り出して、水を注ぎ入れ、天板についた焦げを刮こそげ落としながら鉄鍋に入れ、干茸と、香草を亜麻糸で括って束ねた物(ブーケガルニ)を加えて、竈かまどにかけて、沸き立って来たら表面に浮いた灰汁アクと油を丁寧に取り除いて、後はほったらかしである。
長年に渡って研鑽を積んだ料理人を卑下するつもりは毛頭ないが、美食家を自認するロキエルが、贅を凝らした宮廷晩餐会や、帝都の一流料理店でも味わった事の無い逸品だった。
(このスープ不思議だわ。 飲むほどに、お腹が空いていく気がする。消化器官を活性化させる、何らかの薬膳効果のあるスープなの? 山雉の肉、それとも骨髄、干茸、香草、それ以外の香味野菜などの食材は使われていないのは分かるけど……それとも水質が違うのかしら?)
あれこれ考えているようだが、どうもロキエルは物事の本質に気付いていないようである………ぶっちゃけると。
貴女は、大喰らいのガッツキです。
