待ちに待ったエルサのデビュタントボールの日。
私の思いが詰まったドレスを纏ったエルサはこの世のものとは思えないほどの美しさだった。
迎えに訪れたヘルマン侯爵家のエントランスホールに現れたエルサと互いに見つめ合い、二人のこれからの行く末に想いを馳せ、幸せを噛み締めた。
ヘルマン侯爵家の皆が見守る中、王家に伝わるネックレスをエルサの首にかけた。
それは奇しくも私の瞳の色と同じ大粒のエメラルドで、代々王太子妃が身に着ける王家の秘宝だ。
誰の目にも疑いなく、王太子妃はエルサであると知らしめるものだった。

エルサをエスコートして会場に入ると、ホールは静まり返り、全ての視線が私たちへ集中した。
王太子妃はエルサである。そう宣言するために堂々とエルサを伴い玉座の前で礼を執った。

「それがそなたらの答えであるか」

父王はそう告げたのみだった。
玉座に連なる家族は皆表情が無く、誰一人私たちに声を掛けるものがいなかった。

一抹の不安を抱えながらホールに下がり、デビュタントの令息・令嬢たちの挨拶が終わるのを待つ。
挨拶が終わり、国王の開会宣言と共に舞踏会が始まる。
ファーストダンスは私とエルサだと思っていたが、中央に誘導される事もなく一斉にダンスがはじまった。
一曲だけで離れなければならないいつもとは違い、今日は心ゆくまでエルサとのダンスを楽しめる。

ダンスを終えて上気したエルサの頬はバラ色で、愛しさを隠すことなく私を見つめる瞳は宝石のように輝いている。愛される喜びに溢れて輝くエルサは本当に美しく、バルコニーでお互いの思いを確かめ合いながら過ごす時間はあっという間だった。

舞踏会が終わりホールの人影もまばらになった頃、父王の侍従が私たちを迎えに来た。

「ご家族がお待ちです」

やっとエルサを正式な婚約者に出来る。
喜び勇んで二人で手を取り合い、案内された先は王宮の礼拝堂だった。
扉を開けると、国王・王妃を始め王家の人間が全員そろっており、ブレナン公爵とレナートも居るようだ。その中央にはウエディングドレスを纏ったオフィーリアが立っていた。

まさか、私とオフィーリアの結婚を強行しようというのか!

カッとなり声を上げようとしたところで国王の近衛兵に拘束され、口を布で塞がれた。
隣でエルサも同じ様に拘束されている。
エルサを助けようと必死でもがいていると、レナートとオフィーリアが祭壇の前に立ち、
神父が結婚の祝福を口にし始めた。

なんだ、やっぱり私の思った通りになったじゃないか。
レナートとオフィーリアは結婚してブレナン小公爵夫妻になるのだ。
ほっとして祭壇の方に目を向けるとビアンカだけがじっとこちらを見据えていた。
身がすくむほどの冷たい視線だった。
そういえばビアンカと最後に話したのはいつだっただろうか。

「お兄様はオフィーリア様を真実愛してはいらっしゃらないでしょう?」

そう問いかけられたあの日が最後だった。
ビアンカの視線に居た堪れず、他に目を向けて気が付いた。
オフィーリア以外の全員が喪服を纏っている。式を取り仕切る司祭さえも。
一気に血の気が引き、隣のエルサを見やると同じように蒼白な顔で私を見つめていた。

その間に二人の誓いの言葉も終わり、レナートにそっとベールを持ち上げられ、彼を見つめるオフィーリアの幸せに満ちた顔は、神々しいほどに美しかった。
そっと触れる口づけを交わし、お互いの指に指輪を送り合って二人は晴れて夫婦となった。

結婚式は終わったのに、誰も動かない。

オフィーリアの前に椅子が用意され、そこに腰かけたオフィーリアを王妃と側妃、ビアンカが取り囲んで跪き、正面に立った国王から小さな杯が手渡された。
国王と入れ替わりにレナートがオフィーリアの正面に跪いて手を取った。

見たくない!!
顔を背けようとすると祭壇に向けて顔を押さえつけられ、目をこじ開けられた。
必死にもがいているとこちらを見つめている父王と目が合った。
まっすぐに見つめる目はこう物語っていた。

これがお前の行動がもたらした結果だ。

オフィーリアはレナートに手を取られ、美しい微笑みを向けると、迷うことなく杯を煽った。
すぐにコポリと血を吐き、苦しみ始めたオフィーリアをレナートが力いっぱい抱きしめる。
苦しみに空を掴もうとするオフィーリアの手を、王妃とビアンカが握りしめ額に当てる。
やがてオフィーリアの体から一切の力が抜け、全てが終わった。

静寂の中、宝物のようにオフィーリアを抱き上げて礼拝堂を出て行くレナートに皆が付き従う。
そばで拘束されている私たちには誰も目を向けない。

最後に退場した側妃の噛み殺した嗚咽だけが礼拝堂に小さく響いた。