窓から朝日が差し込み、寝ている元王女グネビアの顔を照らした。グネビアは目を開けて寝ている部屋を見渡した。

 平民の子供としての新しい時間がスタートした。見かけは8歳だったが、交換転移前の記憶はしっかり残っていた。



(もう王女ではなくなったんだ。それにしてもこの部屋狭い。)

 王女だった時には、1人で寝るのがもったいないほど広い寝室に、天幕を張った広いベッドの中で寝ていた。でも今居るのは、1人で寝るのに必要最小限のベッドと他には少しのスペースしかない部屋だった。

(でも、なんて暖かいのかしら。)

 その部屋は丸太を組み合わせて作られた家の一室で、石造りの宮殿の壁と比べて暖かさが感じられた。実際に、部屋の中まで暖かい空気が漂ってきて良いにおいがした。

(誰かが朝食を作っている。そうだ、手伝わなければいけない。)

 グネビアは急いで部屋を出て、良いにおいがする台所の方向に歩いて行った。



「グネビア、おはよう。」

「母様!!!」

 グネビアは大変驚いた。王女であった時に、自分を生んで直ぐに亡くなったと聞かされていた女王エリザベスが、自分が10年前に戻り平民になったこの瞬間には生きていた。ランスロが亡くなった後、毎日、肖像画の母親に悲しさを訴えていたことを想い出した。

 実物の母親はとても美しく優しそうだった。

「グネビア、なんで朝から泣いているの、変な子ね。さあ、スープができたから食べましょう。」

 グネビアと母親の2人がテーブルについた。質素だが母親と一緒に食べる初めての食事だった。不思議に思ってグネビアは確認した。

「母様、父様はどこ。」

 母親の顔が曇った。

「グネビアがまだ赤ん坊だった時に、どこかに行ってしまったわ。変ね、前に話したことだけど。」

「ごめんなさい、母様。今日、お手伝いできることはありますか。」

「森に行って暖房用の薪をとってきてくれないかしら。あなたが持てるだけの量でいいから。」

「はい、わかりました。ところで、ここはどこかしら。」

「今日は変なことばかり聞くのね。公爵様の領地の田舎町よ。そうそう、町中で大騒ぎで、噂になっていることがあるわ。」

「どんなこと。」

「昨日宮殿で、公爵様に連れられて、御子息のランスロ様が王様と王女様に初めて謁見されたそうよ。」

「えっ、ランスロが。」

「マギー王女様が『平民は、穀物を作らせたり、戦争で殺し合いをさせる道具』とおっしったのを聞いて、『あなたは私の王女ではなく、私はあなたの臣下でもない。』と宣言して、宮殿から一人で退出してしまったそうよ。後に残された公爵様は大変だったでしょうね。」

「ははは、さすがランスロ。」

「グネビア、痛快なお話だけど、一つだけ注意して。『ランスロ様』とちゃんと様をつけて言ってね。」

「わかりました。お母様。でも呼び慣れているので、これからもランスロと言ってしまいそう。」

「また、変なことを言った。でもいいわ。人前では注意するのよ。」



 朝食を済ましてから、グネビアは暖房用の薪を拾いに森に入った。王都イスタンの城下しか知らないグネビアに、森の中の自然はすばらしい光景を見せてくれた。

 そのためか、母親から森の出口の目印となるモミの木が見える所までしか行っていけないと言われていたが、知らないうちにモミの木が全く見えない所まで入り込んでしまった。

 やがて、獣のような鳴き声があちこちから聞こえてきた。

「どうしよう。」

 さらに、鳴き声に加えて、次第にがさがさという茂みの中を多くの何かが動いているような音がした。

「私は食べられてしまうのかしら。せっかく10年前まで戻ったのに、8歳で死んでしまうとは。」

 やがて、大きな音とともに森の茂みから人間が飛び出てきた。



 男の子だった。瞬間的にグネビアと目が合い、2人とも驚いた表情になった。

「ランスロ!!!」

「よく私の名前を御存じで、心配されることはありません。シルバーウルフの群れが襲ってきますが、必ずお守りします。私にあなたを背負わせてください。」

「えっ、はい、わかりました。」

 ランスロはグネビアを背負ったまま、その場で剣を構えた。

 その後すぐに、四方八方からシルバーウルフが飛びかかってきた。ランスロはそれを巧みな剣術と体さばきで切り伏せていった。ただ時々、背中のグネビアを守るため、小さな隙ができてシルバーウルフの牙に傷つけられた。

「私のために傷つけられて。」

「平気です。レディ。」

 やがて、シルバーウルフの群れは襲撃を諦めて去って行った。



「ありがとうございました。」

「さきほど、あなたの青色の美しい瞳を見て驚いてしまいました。不思議なことに、以前にも見つめたことがあった気がしました。それと私の名前をおっしゃっていましたが、前にどこかでお会いしたことが?」

「私は公爵家の領地で御加護をうけている平民の娘でございます。公爵様の御子息の名前を知らないはずがありません。それから、昨日、宮殿でのことを知らない領民はいないでしょう。あっと、ほんとうに申し訳ありませんでした。さっきランスロと呼んでしまいました。」

「ははは、全く気になさらないでください。そう呼ばれるのが普通のような気がします。さあ、森を出ましょう。家まで送らせてください。」

「私は今日薪を拾いに森に入ったのですが、ランスロ様はどうして森に入られたのですか。」

「剣の修行です。このごろ、最強の敵との戦いの夢を毎日見ます。いつの日か未来で待ち受けていえる予知夢でしょう。」

(そうよ、ランスロ)
 彼女は密かに思った。

「ランスロ様でしたら世界最強の騎士になられて、世界を救われることでしょう。ただ、国や臣民のことだけではなく、御自身のことも大切になさってください。心の底からのお願いでございます。…私の家で傷の手当てをされてからお城にお帰りください。」

「ありがとうございます。」

 グネビアとともにランスロが家に入っていくと母親はとても驚いたが、手慣れた手つきで傷の手当てを済ました。