引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

 私……リュストレー様に、さよならも言えないまま、消えてしまうの?
 こんなことなら、もっと素直になっていればよかった……。
 ちゃんと大好きって言えばよかった。
 あんなにも純粋で一途な心を持ったあの人に……。
 ごめんなさい……リュストレー様。

 美玲の体をゆっくりと光が包み込む。
 それは、映画などで見るような一瞬の眩い光ではなく、足元からゆっくりと這い上るような得体の知れない光る文字だ。
 痛くもなく、熱くもないが、体が痺れて動けない。
 どうしてだか、アヴェーラ王妃は姿が見えなくなっていた。
 どこからか争う声が聞こえた気がするけれど、確かめようもない。 

 なによ、王妃様の無責任。
 見届けようとは思わないの?
 どうせなら、一瞬で移送させてよ。
 リュストレー様といい、まったく雑な異能を持つ一族だわ。

 心の中で悪態をついても何もならない。
 もう十分くらいは、この場所に縛りつけられていると思う。
 結構尺が長い。
 でも、この光に体全部を包み込まれた時、美玲は呼ばれてはまりこんでしまった美しい異世界から消えてしまうのだろう。
 四肢の先端から体が冷えていく。もう指も動かず、声も出せない。

 冷たい……寒い……。
 あの膝の上は、あったかかったなぁ……。
 臆病なのに強くて、わがままなのに優しい人……。

「リュス……レー……さ……」
「美玲!」
「……え?」
 美玲は閉じようとする目を無理やりこじ開けた。
「行くな! 私の美玲!」
 そこには、必死な形相でこちらへ走り寄る、大好きな人の姿。

 ……あれ?
 でも、なんか……変?

「美玲! 手を!」
 大声で叫ぶリュストレーの髪は、首の辺りまでしかない。
 銀獅子の王族の習いで、長く伸ばしていた美しい銀髪。
 それが──ない。

 髪、切ったんですね、リュストレー様。
 もったいないけど、やっぱりめちゃくちゃ格好いいです。

「リュ……」
 美玲は口をぱくぱくさせて名を呼ぼうとする。しかし、もう声がだせない。
「美玲!」
 美玲が動けないと見たリュストレーは恐れげもなく、先祖の墓の上を踏み、立ちすくむ体を抱きしめた。
「行くな! 愛してる!」
 しかし──。
 抱きしめようとするリュストレーの腕から掻き消えるように、美玲の姿は消えてしまった。

「美玲……?」
 リュストレーは、空を掻き抱いた己の腕を見つめた。
 そこにはもう何もない。
 愛しい、可愛い、生意気な勤労娘の姿は、最初からいなかったように消えていた。