引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

「父上、これはいったい、どういう次第でございますか?」
「おお、我が息子リュストレーよ、健勝そうで何よりだ。しかし、およそ二年ぶりに会う父に対する第一声がそれなのかい?」
 銀獅子国王ライオネル三世は、不機嫌さを隠そうともしない息子の剣幕に辟易しながら言った。
 リュストレーと違って、王はやや恰幅が良い。
 しかし王家特有の長い銀髪は、未だ輝きは()せず、太い三つ編みにして、ゆったりと首に巻き付けられている。
 その横に立つ、現王太子でリュストレーの弟、アリオンも同じような髪型である。これは敵から首を守るという、銀獅子王家の伝統なのだ。
 この輝きが鈍いものほど、その血は薄いということになる。そして三人の中で一番の輝きを放っているのが、リュストレーのややパサついている髪なのである。
 彼だけが、この間まで手入れを全く怠っていた髪を、結わずに適当に背中に流していた。
 ただし、服装だけは今までの平服(普段着)とは違い、黒を基調とした優雅な王族の正装だ。
 一時期に比べて痩せたとはいえ、長身と広い肩幅のおかげで、どんな煌びやかな服装よりも似合っている。
「お前のことを(おもんぱか)って、公の場ではなく、私個人の客間に案内するように、ユノに申し付けたのに」
「うっすら予想はついていましたが、断るとさらに面倒になるから、奴の企みに甘んじてのったのです。父上、ご無沙汰しております。息災で何よりです」
「先にそれを言いなさいよ」
 ライオネルは、げっそりと大きな安楽椅子に寄りかかった。
「ミレはどこです。どこに隠したのですか?」
「ミレ? ああ、報告にあった異界から来た庶民の娘のことか。あれはユノに預けてある。心配せずともよい」
「むしろ心配しかありませんな! 可哀想にさぞ不安がっているでしょう。今すぐ会いに行ってやりたいので、居場所を教えてください」
「まぁまぁ、兄上。私のことも見てください」
 今まで黙って兄と父とのやりとりを聞いていた、王太子アリオンが初めて口を出した。
 第二夫人の子であるアリオンは、リュストレーとは髪色以外は似ていない。しかし、変わり者でも才気煥発型の兄と違い、努力家で篤実(とくじつ)な性格の現王太子と、巷では評判だ。
「最初から見えていたぞ、アリオン。そなたはいつも立派である」
「ありがとうございます。優秀な兄上にそう言われると、悪い気はしませんね」
「世辞ではない。そなたは私のような危険な異能もなく、感情的でも偏屈でもない、常識人だ。父上の跡を立派に継いで良い国王となるだろう。だから私はミレを妻にする」
 リュストレーは最近少し盛り返してきた胸を張った。
「ちょ、ちょ、ちょっと! ちょっと待ってくださいってば、兄上! 父上も私も話についていけません!」
「そうだぞ! リュストレー。お前は異能を持ちながら、二十五歳の壁を越えて健在である稀有な存在なのだ。このまま王宮に戻って、私たちの補佐をしておくれ」
「いやでございます」
 リュストレーの返答はにべもない。
 王と王太子はがっくりと肩を落とした。
「なぜでございますか? どうしてそのような才能の無駄遣いをなさるのです。兄上」
「簡単な話だ、アリオン。もはや王族でもなくなった私は、自己責任で妻を娶るだけの話だ。ミレは私が異界から自分の勝手で呼び出してしまった娘だ」
「なら適当に金と屋敷を与えて、保護したりでしょうに。或いは旧貴族の養女にしてもいい」
「それも論外だ。彼女は私と違って、精神が強く、働き者の良い娘だ。すでに求婚も済ませてある」
「キュウコン! 求婚までしちゃったんですか?」
「ああ」
「で、彼女はなんて? 兄上の求婚を断る女なんて、いないでしょうけど!」
「返事はまだもらってない。彼女との約束で、返事は元の世界に帰る方法を見つけてからという条件を示されている」
「なんですって!?」
 思わずアリオンは声を上げる。
「異界から来たとはいえ、その娘は庶民なのでしょう? 兄上のような方から求婚されて断るなんてあり得ない! カロリン姫が聞いたらさぞ嘆かれることでしょう!」
 カロリン姫とはリュストレーが王太子を下りる際に婚約を破棄した、友好国の姫のことである。あの後、銀獅子国は隣国の怒りを宥めるのに大変だったのだ。
 結局、王が多額の賠償金を支払うことで、かろうじて友好が保たれている。リュストレーは父や弟のそんな苦労を知らないし、興味もなかった。
「カロリン姫は私などに嫁がなくて幸いであった。そなたもめでたく婚約したと聞くぞ。祝いが遅れたが改めて祝福しよう。だから、私は美玲と結婚する。今すぐ彼女に会う必要がある」
 リュストレーはそこで言葉を切った。
「彼女は私に生きる意味を与えてくれた。私を(いさ)め、つまらぬ人生に希望を与えてくれたのだ。いつ死んでもいいと言いつつ、惨めな生にしがみついて居た私だが、最近は生きる意欲すら湧く」
「おお! 何よりである!」
 ライオネルは、どうしてもこの息子を諦めきれないのだ。
「ええ、父上。私は死にません。死にたくない理由ができてしまった」
「それが異界から来た娘だと申すか?」
「いかにも。美玲はどこです?」
「その娘は本人の希望で、王宮の図書館に案内されているようです」
 アリオンが答える。
「図書館だと?」
「はい。なんでも、元の世界に帰る方法について調べたいということで、ユノが案内をしたらしく、そこがかなり気に入って入り浸っているとか」
「嘘だな。王宮の図書館といっても、身分証明と紹介状さえあれば誰でも入れるところだ。あんなところに、我が王家の異能の歴史の秘密が置いてあるわけがない。嘘をついたのはユノか、お前か? アリオン」
「……っ!」
 リュストレーの迫力に、思わず王太子アリオンは一歩下がる。
 その様子を片目で見遣りながら国王ライオネルは、嫡子に向かった。
「お前のいうとおりだ。その娘は一時的に我らが預かっておる。無論危害は一切加えておらぬし、加えるつもりもない」
「父上! まさか尋問などする気では!?」
「それもせぬ。お前も言っておったであろう。ユノにも確認させた。あの娘は誠に庶民ゆえ、便利な世界には住んでおっても、労働者としてだからな。技術を作り上げる能力も、伝達する知識もない。我々にはなんの役にも立たぬ、ただの娘だ」
「だったらなぜ!」
「リュストレーよ、私はお前の廃太子を許し、隣国の姫への無礼な婚約破棄も許した。お前の母は困った女で、いまだに静養中だが、こちらも特に変わらぬ様子だ。私はお前の異能とそれらが(もたら)した不祥事にもずっと目をつむっていたのだぞ」
「……」
「だから、しばらくでいい、私にあの娘を預けよ。よいか、これは国王としての命である」
 そう言ってライオネルは立ち上がった。