翌朝、美玲が朝食を取るために階下に下りた時、リュストレーはユノと談笑していた。二人の前には、すでに皿が準備されている。
昨夜は色々あって(主にリュストレーと)、考えすぎて眠れなかった美玲は少し寝坊をしてしまったのだ。
「おはようございます。遅くなってすいません」
美玲は謝りながら席についたが、リュストレーが自分以外の他人と食事を共にしているのを見るのは初めてだったので、少し驚いてしまう。
しかもリュストレーは、機嫌よく笑っているのだ。
自分のせいで大怪我をさせてしまった元部下と。
その事が美玲の心をざらりと撫でた。それは、驚きと不審と僅かな嫉妬であると、美玲は気がつかない。
「ミレか、おはよう。構わない。まだ料理は来ていない」
「おはようございます、ミレ殿。聞くところによりますと、あなたは公爵閣下の偏食と食生活を変えてしまわれたとか。それは素晴らしい事です!」
「大したことはしてないんですけども」
すぐに温かい食事が運ばれてきた。部屋も程よく暖まっている。
メニューは贅沢ではないものの、焼き立てのパンに果物のジャム。芋の裏ごしスープに、個人の好みで取り分けられる、野菜や卵、冷製肉というものだった。
美玲は普段通りにもりもり食べ、ユノも旺盛な食欲を見せている。
一方リュストレーはといえば、ユノの言葉には如才なく応じてはいるものの、料理には大して手が出ず、先ほどと違い、やや物憂い感じだった。
昨日のこと気にしてるのかな?
私が好きだって言ったのに、帰ることにこだわってるから。
でも、私にだって慣れ親しんだ生活や、責任ってものがあるんだもの。
「……え? あ!」
考え込んでしまっていた美玲は、ユノが話しかけていたことに気がつかなかった。
「失礼しました! ぼうっとしていてすみません。ユノ様、なんだったのでしょうか?」
「近いうちに一度、リュストレー様とご一緒に王都にいらっしゃいませんか? とお伺いしたのですよ」
「え!?」
美玲がリュストレーの方を見ると、彼も驚いたように美玲を見つめている。
「え? でも、リュストレー様のご実家(実家って言っていいのか?)って、そのつまり、お城っていうか、この国の王宮なんですよね?」
「そうです。とても立派で綺麗ですよ。実は私の仕事場も、住まいとして借りている宿舎も王宮の中にあるのです。つまりそこはお城であっても、一つの街のようなものなのです。いかがですか?」
「私にはなんとも……リュストレー様はどうお考えですか?」
「あまり気は進まない……」
リュストレーは皿を見つめながら言った。
「帰る、ではなく、もはや行く、ですか。リュストレー様の中では」
ユノは鋭い洞察を見せた。
「……行けば、父上や母上、弟に会わねばならないだろう」
「まぁそれはそうです。きっとお喜びになりますよ」
「まぁ、あの人たちはそうでも、人の目というものがある。年間も勝手をしていた、廃嫡子が今更のこのこと出向いても、笑いものにされるだけだろう」
「笑いものが嫌なのですか?」
美玲がドン引きするくらい不躾なことを、ユノは言い返す。
これは、彼がリュストレーを庇って重傷を負ったことからくる強気なのだろうか?
この人、明朗そうに見えたけど、意外に怖い人だな……。
しかし、リュストレーの返事もまた、意外なものだった。
「そういえば、もうどうでもよいのだった、私は逃げないと決めたのだ。だが目立つのは嫌だ」
「はい。では私の同僚のようななりをして、とりあえず官舎に泊まればいいのです。もちろん王家の直系たることを示す、髪や瞳は隠していただきますが、現在のこの国の出版状況や、小説の材料になりそうな、様々な業務をご覧になりたくはございませんか?」
「それは……見てみたい」
しばらく考えた末、リュストレーは小さく頷いた。
「いい考えです! もっともっと外に出ましょうよ!」
先ほどチラリと思ったことは置いておいて、美玲も同意の声を上げる。
実を言うと、そろそろこの屋敷から外に出て、この銀獅子という国の文化や文明を見てみたくなっていたのだ。
「私も行きたいです! いいでしょうか?」
美玲は遠慮しつつも、わくわくしながら尋ねた。
「もちろんだ。ミレには一緒に来てもらいたい」
「はい、ぜひご一緒に」
ユノも、にこにこと同意する。
「でも、大丈夫ですか? 私もこの国の人とは、顔立ちや髪がちがいますけど」
「ええ、でも王宮には外国の人間もいます。顔立ちの違う民族もいるのですよ。銀色が王族にしかないってことだけで。だから、ミレさまは何も心配いりません。それでも王宮内ですので、自由に出歩くことは避けていただきますが、道中この国の文化をどうぞご覧ください」
「ありがとうございます! 嬉しいです。できるのなら庶民用の図書館などにも行ってみたいです」
言葉や文字が理解できるようになっていることは、ありがたいご都合設定だ。
もしかしたら、自分でも帰還手段のヒントなど探せるかもしれない。
リュストレーはそんな美玲を黙って見つめていたが、やがて静かに言った。
「いいだろう。ミレには王宮内の蔵書をみられるように、取り計らうようににしよう」
「わぁ! 嬉しい。でも、リュストレー様、目立ちたくないのでしょ? そんなことができるのですか?」
「まぁ、裏の道くらいはある」
長いまつ毛を伏せてリュストレーは受け合った。
「ミレ、ともに行こう。我が生家へ」
二人が王都に向かって出発したのは、それから二日後のことだった。
昨夜は色々あって(主にリュストレーと)、考えすぎて眠れなかった美玲は少し寝坊をしてしまったのだ。
「おはようございます。遅くなってすいません」
美玲は謝りながら席についたが、リュストレーが自分以外の他人と食事を共にしているのを見るのは初めてだったので、少し驚いてしまう。
しかもリュストレーは、機嫌よく笑っているのだ。
自分のせいで大怪我をさせてしまった元部下と。
その事が美玲の心をざらりと撫でた。それは、驚きと不審と僅かな嫉妬であると、美玲は気がつかない。
「ミレか、おはよう。構わない。まだ料理は来ていない」
「おはようございます、ミレ殿。聞くところによりますと、あなたは公爵閣下の偏食と食生活を変えてしまわれたとか。それは素晴らしい事です!」
「大したことはしてないんですけども」
すぐに温かい食事が運ばれてきた。部屋も程よく暖まっている。
メニューは贅沢ではないものの、焼き立てのパンに果物のジャム。芋の裏ごしスープに、個人の好みで取り分けられる、野菜や卵、冷製肉というものだった。
美玲は普段通りにもりもり食べ、ユノも旺盛な食欲を見せている。
一方リュストレーはといえば、ユノの言葉には如才なく応じてはいるものの、料理には大して手が出ず、先ほどと違い、やや物憂い感じだった。
昨日のこと気にしてるのかな?
私が好きだって言ったのに、帰ることにこだわってるから。
でも、私にだって慣れ親しんだ生活や、責任ってものがあるんだもの。
「……え? あ!」
考え込んでしまっていた美玲は、ユノが話しかけていたことに気がつかなかった。
「失礼しました! ぼうっとしていてすみません。ユノ様、なんだったのでしょうか?」
「近いうちに一度、リュストレー様とご一緒に王都にいらっしゃいませんか? とお伺いしたのですよ」
「え!?」
美玲がリュストレーの方を見ると、彼も驚いたように美玲を見つめている。
「え? でも、リュストレー様のご実家(実家って言っていいのか?)って、そのつまり、お城っていうか、この国の王宮なんですよね?」
「そうです。とても立派で綺麗ですよ。実は私の仕事場も、住まいとして借りている宿舎も王宮の中にあるのです。つまりそこはお城であっても、一つの街のようなものなのです。いかがですか?」
「私にはなんとも……リュストレー様はどうお考えですか?」
「あまり気は進まない……」
リュストレーは皿を見つめながら言った。
「帰る、ではなく、もはや行く、ですか。リュストレー様の中では」
ユノは鋭い洞察を見せた。
「……行けば、父上や母上、弟に会わねばならないだろう」
「まぁそれはそうです。きっとお喜びになりますよ」
「まぁ、あの人たちはそうでも、人の目というものがある。年間も勝手をしていた、廃嫡子が今更のこのこと出向いても、笑いものにされるだけだろう」
「笑いものが嫌なのですか?」
美玲がドン引きするくらい不躾なことを、ユノは言い返す。
これは、彼がリュストレーを庇って重傷を負ったことからくる強気なのだろうか?
この人、明朗そうに見えたけど、意外に怖い人だな……。
しかし、リュストレーの返事もまた、意外なものだった。
「そういえば、もうどうでもよいのだった、私は逃げないと決めたのだ。だが目立つのは嫌だ」
「はい。では私の同僚のようななりをして、とりあえず官舎に泊まればいいのです。もちろん王家の直系たることを示す、髪や瞳は隠していただきますが、現在のこの国の出版状況や、小説の材料になりそうな、様々な業務をご覧になりたくはございませんか?」
「それは……見てみたい」
しばらく考えた末、リュストレーは小さく頷いた。
「いい考えです! もっともっと外に出ましょうよ!」
先ほどチラリと思ったことは置いておいて、美玲も同意の声を上げる。
実を言うと、そろそろこの屋敷から外に出て、この銀獅子という国の文化や文明を見てみたくなっていたのだ。
「私も行きたいです! いいでしょうか?」
美玲は遠慮しつつも、わくわくしながら尋ねた。
「もちろんだ。ミレには一緒に来てもらいたい」
「はい、ぜひご一緒に」
ユノも、にこにこと同意する。
「でも、大丈夫ですか? 私もこの国の人とは、顔立ちや髪がちがいますけど」
「ええ、でも王宮には外国の人間もいます。顔立ちの違う民族もいるのですよ。銀色が王族にしかないってことだけで。だから、ミレさまは何も心配いりません。それでも王宮内ですので、自由に出歩くことは避けていただきますが、道中この国の文化をどうぞご覧ください」
「ありがとうございます! 嬉しいです。できるのなら庶民用の図書館などにも行ってみたいです」
言葉や文字が理解できるようになっていることは、ありがたいご都合設定だ。
もしかしたら、自分でも帰還手段のヒントなど探せるかもしれない。
リュストレーはそんな美玲を黙って見つめていたが、やがて静かに言った。
「いいだろう。ミレには王宮内の蔵書をみられるように、取り計らうようににしよう」
「わぁ! 嬉しい。でも、リュストレー様、目立ちたくないのでしょ? そんなことができるのですか?」
「まぁ、裏の道くらいはある」
長いまつ毛を伏せてリュストレーは受け合った。
「ミレ、ともに行こう。我が生家へ」
二人が王都に向かって出発したのは、それから二日後のことだった。


