引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

「なんであんなこと言ったんです?」
 また雪が降りはじめ、王都まで帰ることができないため、用意された客間にユノが引き上げた後、美玲はリュストレーに尋ねた。
「私、別に、この国のお金要らないです。私の望みはとりあえず……」
「ニホンに帰ること、だろう?」
「そうです。もうお話も書き終わったし、めでたく書籍化もできそうなんですから、そろそろ本腰を入れて、私の帰還方法を探してくれないと!」
「わかっている!」
 リュストレーは珍しく声を上げた。
 立派だけれど、雑多に物が散乱していた彼の執務室は今、割と綺麗に片付けられている。リュストレーの指示を受けながら美玲が、掃除をして整理整頓したのだ。
 家具も増えている。
 今二人が座っているのは、暖炉の前におかれた長椅子だった。
 飲み物はトーメが入れてくれた濃いお茶だ。
「なんで、そんなに不機嫌なんですか?」
「不機嫌にもなる。私はそなたに求婚したのだぞ。帰還方法は探すが、もし戻れなくなったらと思うと」
「それはそうですが、一度来られたんだから、なんとなく大丈夫だと思うんですけど。条件さえ合えば」
 美玲にだって確証があるわけではない。リュストレーの異能の発動は、非常に無作為なのだ。
 日本での生活に未練があるかと言われたら、実はそうでもない。十九年間の人生の中に華やぎはほとんどなかった。
 しかし、無責任にこの世界に来てしまった罪悪感は、どうしても残ってしまう。そもそも貧乏性なのだ。
「ミレ、私はお前の言に従って、生活を変えた。夜は眠るようにしているし、適切な食事も取っている。最近ではあばらも少しは目立たなくなっている。見るか?」
 そういいながらリュストレーは、シャツを(まく)り上げようとするので、美玲は慌ててその手を押さえる。
「ちょっ! 脱がないでください! でも、生活が整うのはいいことです。昔はきっと健全なお体だったんだから、もっと食べて、鍛えてくださいよ。きっと格好良くなりますよ。元がいいんですから。」
「格好良くなったら、もっと私を見てくれるか?」
「え?」
 リュストレーの骨ばった大きな手が、美玲の肩をがっちりと掴んだ。
「今までの関わりから想像するに、ミレは見た目が良くて、生活力のある男が好きなのだろう?」
「それはまぁ……たいていの日本の女の子がそんな男性が好きだと思う一般論で……」
「だからミレもそうなのだろう? そういう男に私はなる!」
「そんな……どこかの海賊みたいなこと言われても!」
 美玲はもごもごと口籠る。
 本当は彼女にだってわかっている。
 これはリュストレーなりの不器用な愛情表現なのだ。
 プロポーズは少々唐突で面食らってしまったが、彼は王太子で帝王教育は受けているだろうが、逆に言えば、身内以外の身近な人間との豊かな感情のやり取りは、(はなは)だ経験不足なのである。

 要するに純粋培養の王子様なんだ。

「逃げてばかりいた私では嫌か?」
「前にも言ったけど、それは不可抗力で無理のない話です。あなたに責任は、まぁあまりないでしょう」
「だが、敵に斬られそうになった私が転移したおかげで、重傷を負った将官がいるのだ」
「……え?」
「ユノだ」
「ユノさん!?」
 ユノの頬には大きな切り傷があった。
 出版を司る、文科系の人だという思いがあったので意外だったが、確かに姿勢が良く、軍人らしいきびきびとした動きだった。
 だが、リュストレーのかつての知り合いだというので、そんなことは気に留めなかったのだ。
「彼は戦いの最中、目の前から私が突然消えてしまったことに動揺し、咄嗟に目の前の敵に向き合えなかった。一瞬の遅れでユノは重傷を負った」
「あの頬の傷はそういう訳だったのですか……」
「頬だけではない。服で見えないだけで、体にはもっと大きな傷もある。一年くらいは王宮の病院から出られなかったほどだ」
「でも、それも不可抗力ですよね。リュストレー様のお気持ちはわかりますけど、戦争に出る軍に所属するなら、負傷はもとより死の危険もあったはずですし、リュストレー様を恨んでいる様子もありませんでした。傷も綺麗に縫合されていたし、おそらくこの国で一番の治療を受けられたのでしょう?」
「そうかもしれない。だが、原因が私にあることには変わりがないし、おかげでユノは軍からも引退せざるを得なかった。優秀な将官だったのに」
「ユノさんは軍に戻りたいと思っているのですか?」
「聞いたことはない。ただユノの家はもともと文官で、軍を志したのは彼だけのようだ。私に記述を勧めてくれたのも彼だし」
「なら、気に病むことはないんじゃ。お顔だって、傷はあるけど、綺麗に治っていますし、なんなら日本じゃ、傷跡なんかネタになるくらい、かっこいいですし!

 まぁその……傷跡がある、物語の登場人物って結構多いってことだけど。

「格好いい? ユノは格好いいのか?」
「えっと……」

 あれ?

 気がつくと美玲はリュストレーの腕の中にいた。
 すっかり話に夢中になって気がつかなかったが、大きな長椅子に座って話し込んでいるうちに、二人の距離は少しずつ狭まってきていたのだ。
 リュストレーによって。

「ミレ、帰還方法は探る。でも、私の元から去らないでくれ。帰したくない!」
 何が起きたかとっさには理解できなかった。
 痩せているとはいえ、リュストレーの胸は広く、それなりに力もある。
 インクの染みがうっすら残る長い指が、美玲の顎をとらえた。
「……」
 口づけされていると美玲が理解したのは、(まき)の燃え崩れる音を聞いた時だった。