東京の空って、もっと灰色だと思ってた。
 でも今日の空は、びっくりするくらい青かった。

 春の光が校舎の窓ガラスで跳ね返って、キラキラしてる。
 なのに私は、校門の前でぴたりと足が止まっていた。

「……やば。緊張しすぎじゃん、私」

 スカートのすそで手のひらをぬぐいながら小声で言う。
 心臓のドキドキが、制服越しにも漏れそうなくらい大きい。

 門をくぐると、ワイワイした話し声、チャリのベル、吹奏楽部みたいな音――
 いろんな“日常の音”が一気に押し寄せてきた。

(みんな、もうこの学校に馴染んでるんだ)

 一呼吸して、靴のかかとでこつんと地面を鳴らす。

 

「――じゃあ、今日からこのクラスに入る、鈴木麻里奈さんです」

 担任の声が響いた瞬間、教室の空気がすこしだけ変わった。

 私は「よろしくお願いします」と笑顔で頭を下げる。
 目に飛び込んでくる“知らない顔”の列。

 ちらっと見る子。興味なさそうな子。にやにやしてる男子。
 そして――ひとり。

 窓際のいちばん後ろ。
 まるで別世界の空気をまとったみたいに、静かに座っている男子がいた。

(……あの人、空気が違う)

 目は合ってない。
 でも、なぜか胸がざわっとした。

 

 案内された席は前の方の真ん中。
 後ろでぼそぼそ言ってる男子の声や女子のひそひそ話が気になるけど、知らないふりで教科書を開いた。

 ……でも、さっきの男子のことが頭から抜けなかった。

 

 休み時間になっても彼はずっと窓の外を見ていた。
 教科書は開いているのに、ちっとも読んでいない。

 私もなんとなく同じ方向を見てみる。
 変わった景色なんてない。
 ただ、風に揺れる木の葉と、透けるような光だけ。

 ――ふわっと、春風が彼の髪を揺らした。

 たったそれだけのことなのに、胸がぎゅっとなる。

(なにこれ……知らない人なのに)

 

 このときの私はまだ知らなかった。
 この日見た、あの背中が。

 私の“青春”のページをめくる、最初の一文字になるなんて。