一昨日、洗濯機が回っている途中で動かなくなってしまった。色々なボタンを押してみたりコンセントを抜いてみたりしたけれど微動だにせず。

何かと忙しい十二月なのに。いつ買いに行こうかな……。何故このタイミングなの?と、壊れた直後に洗濯機を叩いてしまった。お世話になったのに。

――ごめんね、洗濯機。

 コインランドリーに行くために、洗濯物を持つと、アパートから出た。

今タイミング良く雪は降っていないし、あんまり寒くなくて良かったな――。

街灯に照らされ輝いている地面の雪を眺めながら夜道を進む。時間が経ってくると、洗濯物が入っている大きな手提げバッグが少し重く感じてきた。

最初は衣類やタオルなど、小さなものだけを洗おうと思って小さなバッグに詰めていた。だけど、コインランドリーの洗濯機は大きいから、それだけ洗濯するのはもったいないなと考え、薄いけど手に持って歩くには少し大きいと感じる布団も増えた。

 十分ぐらい歩くとコインランドリーに着いた。暗い外から明るい店に入ると一瞬だけ眩しく感じ、同時に洗濯洗剤の香りと心地よい暖かさがふわっと私を包んでくれた。このほっと落ち着く感じの空気は結構、好き。

 店内には規則的に並べられた洗濯機や乾燥機などの他に、一人がけの白い椅子とテーブルが隅に四つ置いてある。左の方にひとり男の人が座っていた。

あの人、見覚えあるな。休日の日にたまにすれ違う、犬の散歩してる人かな? 

 人違い? いや、多分その人で合ってる。すらっとして雰囲気が好みの俳優に似ているなって、すれ違う時に思ったから。

 彼とチラッと目が合ったけれど、普段はすれ違うだけで挨拶もしない仲なので、すぐに目をそらす。私は洗濯機の方に視線を向けた。

 壁の時計を確認すると十九時半。洗濯機に持ってきたものを全部入れようとしたけれど、布団は乾燥も含めたら時間がかかっちゃいそうだなと、ふと気づく。

 もっと早い時間に来れる時に布団は洗おう。結局布団はやめて、それ以外のものだけにした。

 洗濯と乾燥合わせて、洗濯物を移動も合わせたら約六十分。洗濯はスタートした。

 男の人と距離を置いて、右側の椅子に座る。 
 なんとなく窓から外を眺めている時だった。

「雪、また降って来ましたね」
「そうですね、帰る時には止むといいな……」

 男の人の顔を見ると、微笑まれた。私は愛想笑いを返す。

 ピンクのスマホを手に取り、白いワイヤレスイヤホンを耳につけると、時間潰しに観ようと思っていた見逃し配信のドラマを前回観ていた途中の場面から再生する。途中で音が途切れた。

 あれ? 音が聞こえない……。

 画面の音量ボタンとか適当に押していたらスマホ本体から音が出てきた。音を小さくして流しっぱなしにしながら原因を突き止める。結局イヤホンは充電切れっぽい。人もいるから音を出したら迷惑かもしれないし、ドラマを観るのは諦めよう。

 ちょっとぼんやりしようと目を閉じようとした時だった。

「自分もそのドラマ、観てます」と、男の人が話しかけてきた。 

 流してた音を聞いて話しかけてきたのかな。

「そうなんですね」
「はい、今週は驚きの回でしたよね。だってラスト黒幕が……あっ、まだそこまで進んでないか……」
「えっ? 驚きの展開になるんですか? 気になりすぎる!」

 ちなみに私が今観ていたドラマは中華風ブロマンスファンタジーだった。群像劇、ミステリー、熱き男たちの関係……楽しめる要素がいくつもあり、ドラマのロケ地やキャスト、衣装も豪華で美しく、最近ハマっている物語。ちょうど今ドラマでは後半、伏線回収のターンで、続きが気になるタイミングだった。

「今一番気になるところですよね」
「なりすぎます! 冥煌(めいこう )が黒幕かな?って思ってるのですが、だって明らかに悪そうな雰囲気だし……」

 彼は私と目を合わすと、片方の口角だけを上げてニヤッとした。

「えっ? 違うんですか?」
「さぁ、どうでしょう。そういえば、イヤホン、充電切れた感じですか?」
「そうなんです。充電してこれば良かった」
「今、ここにいるのはふたりだけだし、音出して続き観ても大丈夫ですよ」
「いいですか? じゃあ、少しだけお言葉に甘えて、失礼します!」

 もしも彼が話しやすい人ではなかったりドラマにここまで興味のある人ではなかったら、絶対にドラマの続きは観ないだろう。

 私は続きの場面から音を出して流した。ちなみにさっきは飲食店に人が集まり、主人公が犯人を暴くところに繋がりそうな部分で途切れた。

 私は彼の発言の影響か、より画面に釘付けになる。
 推理のシーンが始まって進んでいく。

『よって、あの日に客を呪術で操り、店主を殺害したのは翼衡(よくこう )だ!』

 他の人々と一緒に主人公の推理を聞いていた翼衡は逃走しようと試みたが、翼衡が店の扉を開けた瞬間に主人公に捕らえられそうになる。翼衡は主人公に剣で攻撃を仕掛けようとした。

『鋒嶺(ほうれい )!』と、主人公のバディが叫び動き出した所で画面が停止しエンディングが流れ始めた。

 私は軽くため息をつくと、低い声で呟いた。

「まさかの彼ですか……」
「予想外すぎますよね」
「だって、すごく優しくて良い人じゃないですか? 鋒嶺のことあんなに助けていたのに……」
「ですよね!」
「だってあんなに可愛いお顔なのに。そもそも――」
「ははっ!」

 私が真剣に語っていると彼は突然笑いだした。

「あっ、すみません。なんだか熱くなっちゃって。黒幕に驚きすぎて……」
「大丈夫ですよ。他にドラマの話できる人が居ないので、楽しいです」
「私もです」

 なんだろう、この空間、居心地が良い――。

 洗濯が終わったから乾燥機の中に洗濯物を入れた。時計を見ると、二十時を少し過ぎた時間。あと三十分しかないのか。いや、彼の洗濯物は今乾燥機に入っていて、そろそろ終わりそうだから、もっとふたりでいられる時間は少ないのかな。何かもっと話をしたいけれど、ドラマの話ばかりじゃ微妙かな? 何か話題ないかな……。

「朝、たまに会いますよね?」

 話のネタを探していると彼が話しかけてくれた。

「やっぱりそうですよね! 見たことある方だなって思っていたけれど人違いだったらどうしようと思って、こちらからは聞けませんでした。朝、可愛い茶色の小さな犬と散歩していらっしゃいますよね?」
「はい、してます。うちの子の名前はチャッピーというのですが、すれ違う時、チャッピーに微笑んでくれていますよね?」
「あっ、はい。可愛くてつい」

 こっそり飼い主にバレないように笑いかけていたのに、バレてたんだ。怪しい人とか思われなかったかな?なんて考える。

 目が合い続けていた彼と、微笑みあった。

「散歩、この辺りでしてますよね? 近くに住んでるんですか?」
「はい、そうです。このコインランドリーの裏に住んでます」
「裏ですか! ここに近いんですね」

 私の質問に答えてくれた彼。

 会話が途切れると、なんとなく窓から外を見た。降っている雪で景色が真っ白!

「うわ、吹雪いてる。走って帰らないと」
「徒歩で来たんですか?」
「はい、そうなんです……帰るまでに止めば良いけど」

 彼の洗濯物が入った乾燥機が止まった。彼は中から真っ白でフカフカな布団を出して、ランドリーバッグに入れた。そして帰るのかなと思っていたら、再び座った。

 あれ、帰らないのかな? もしかして待っててくれているのかななんて、微妙に期待もしてしまう。

 時計を見ると二十時二十分。
 私の方は後、十分ぐらいか。

 ぼんやりしていると仕上がりの音がなった。私は洗濯物をバッグに詰めた。同時に彼も立ち上がる。帰らないといけないのか……もっと彼と話をしたかったな。

「私も布団洗えば良かったかな……」
「洗い立てって、フカフカで良いですよね」

 フカフカって理由もたしかにあるけれど。だって、もしも待っていてくれていたのなら、もっと長い時間一緒にいられたから――。次は彼がいそうな時間にまた来て、布団を洗いたい。だけど、いつ来るのかは分からないな。

 一緒にいたいなんて言える関係ではないしな。私は荷物をまとめると彼に軽く会釈をして、外に出ようとした。

「……あの」
「えっ?」

 声をかけられたから私は振り向く。

「そういえば、ドラマの原作読みました?」
「いえ、小説は持っていなくて。気にはなってるんですけど」
「読みます? 自分、全巻持ってるんで貸しますよ?」
「えっ?」

 そんな親しくない間柄なのに、貸しちゃってもいいのかな。

「原作にしか書かれていない心の描写とかシーンとかあって、内容や視点もドラマと原作、少し違うところもあるんですよね。例えば――」

 今度は彼が沢山語ってくれた。

「ドラマだと、色々省かれてるんですね。気になってきました」
「今、持ってきます?」

 彼は家の方向だと思われる場所を指さした。

「でも、いいんですか? それに、借りても返すタイミングが……」
「じゃあ、連絡先交換しませんか?」
「は、はい……」

 まさかの連絡先交換。お互いにスマホを出すと連絡先を交換した。私は下を向き画面を見ながら笑みが溢れてきた。

 だって、これからもまた、こんな会話ができるのかもしれなくて。

 彼は――?

 スマホを見ている彼をチラッと見た。
 彼も、微笑んでくれていた。

「井上詩織……詩織さんって呼んでも良いですか」
「はい、大丈夫です」

 交換した連絡先の、私の名前を確認して彼は尋ねてきた。

 私も彼の名前を確認した。『中川涼真』さんって名前なんだ!

「私も涼真さんって呼んで良いですか?」
「ぜひ呼んでください!」

 涼真さんは黒いコートを着て、ポケットにスマホを入れた。そして「ここで待っててください」と言うとコインランドリーから出ていった。

 あっ、テーブルの上に洗濯物を忘れてる。ついでに持っていけば良いのになと思いながら涼真さんの布団に触れた。これが涼真さんが眠る時に使っている布団か――。洗い立てはフカフカしていて気持ち良いな。やっぱり私の布団も洗えば良かった。

 窓から外を見て、涼真さんを待つ。外は相変わらず雪が結構降っている。帰るの大変そうだな。

 少し経つと、窓に車のライトが反射して一瞬眩しくなった。別の客かな?と思ったけれど店内に入ってきたのは、頭や肩に雪が薄ら積もっている姿の涼真さんだった。

「雪すごいから、車で送ります」
「えっ、いや、でも……」
「雪が本当にすごいですし。それに、送りたいし……」

 真剣な眼差しでぐいっと顔を寄せられ、私の心臓がドキリと大きな音を立てた。

「……じゃあ、お願いします。ありがとうございます!」
「どういたしまして。それでは、行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「……今日は、詩織さんがここに来てくれて、良かったです」

 意味深すぎると思わせてくる涼真さんの発言にどう返せば良いのか分からなくて、とりあえず口角を上げながら自分の荷物を持った。

 彼は微笑みながら「持ちますよ」と言い、私が持っていた洗濯物も持ってくれた。持ってくれた瞬間に手と手がふれて、お互いにビクッと肩を震わせた。心臓の音が早くなる。

 平常心を装いながら、外に出る。降っている冷たい雪が勢いよく顔に当たる。寒かったけれど、なんだか気持ちはコインランドリーで過ごした時のまま、あたたかかった。

 私は彼の車に乗り込むとコインランドリーを眺める。

「次、詩織さんが布団をここで洗う時も、連絡ください。時間合わせて自分も何かを洗いに来ますので」
「あっ、はい。分かりました」

 またここで一緒に過ごせるのか、嬉しい――。
 このタイミングで、ここに来て良かった。

 もしもこの時間に来ていなかったら?
 もしもドラマをどちらか見ていなかったら?
 もしも雪がこんなに降っていなかったら?

 今まではただすれ違うだけの関係だった私たち。だけど今日、親しくなれた。こうやって、不思議な感じで。元はと言えば、壊れてしまった洗濯機が私たちの縁を深めてくれたのかもしれないな。

――色々ありがとね、洗濯機。

 今日はきっと、一番あたたかい冬の夜かな。


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