第1章
輪廻転生とか、生まれ変わりとか、信じられない。信じたくもない。
人間やるのは一度きりでいい。
肉体を脱ぎ捨てた後は、魂の安寧の場所、光の国へ行く。
それが、由衣の唯一の望み……。
PM11時、閑散とした人気のないホーム。時折、びゅうっと風が吹き抜けていく。パラパラと小雪が舞い、本格的な冬の始まりを思わせる。
今日という日が、運命の流れを激変させる記念日すべき日になるとは、由衣は知る由もなかった。
由衣は走りながら焦っていた。
帰宅するのが大幅に遅れてしまい、終電に間に合うかどうかの瀬戸際だ。
明日から始まるセールの準備のため、由衣が所属するレディースファッションフロアーの社員全員が残業することになったのだ。何とか終電に間に合うと思っていたのだが、危うい状況だ。
階段を駆け下りた由衣は、電車へと一目散に駆け出す。
発車のベルが鳴り響く。
(あぁ、これに間に合わないと、帰る足がなくなる!)
全速力で駆け抜け、電車に乗り込む。
同時に、ドアが閉まる。
ホッとして、由衣は溜め息をつく。
(やれやれ、何とか間に合ったわ。あぁ、疲れた……)
周りを見渡す。都会と違って、田舎の終電はガラガラだ。
所々に、ポツリポツリと乗客が座っているが、だいたい居眠りしているか、スマホを見ているかのどちらかだ。
由衣は適当な場所に腰を下ろす。仕事の疲労感と睡魔のせいで、自然と目蓋が重くなる。
今にも目蓋が閉じられようとしたその時、目の前で信じられない光景が繰り広げられた。
前の座席が、ぼ~っと白く淡い、もやもやとした光に包まれた。
(ん!?)
それは発光体となり、次第に人影のようなものが見え始めた。
(なっ、なんなんだ? 幻覚が見えるなんて、相当疲労が溜まってるのかしら?)
由衣は目を凝らす。前方の人影は人間の様相を呈してくる。
もう、眠気は吹っ飛んでしまった。
幽霊なのか何なのか、目の前の事象を、どう解釈すべきなのか。
由衣は目をぱちくりさせる。
人影は完全に人間の姿になった。
黒のオールインワン? を纏った男性が、由衣と同様に驚いたような目でこちらを見ている。
(えっ!? 弘樹?)
由衣はドキリとする。ぱっちりとした二重まぶた。意志の強さを感じさせる瞳。ほっそりとした鼻梁。
5年前に事故で亡くなった恋人の弘樹にそっくりだ。
(弘樹が生き返った? イヤ、そんなことあるわけない。じゃあ、弘樹に双子の兄か弟がいたのか? でも、そんなの聞いたことがない)
オールインワンのようなものは、体にぴったりと張り付くような生地でできている。
(弘樹はこんな格好、したことないわ。こういうの、どこで売ってるんだろう?)
「あの、ここはどこですか?」
男性が尋ねる。
「はっ?」
(この人、記憶喪失なの? それとも、生き返った弘樹が現状を把握できなくて発した質問なのか。イヤ、仮に弘樹なら、私のこと覚えてるんじゃない?)
「ここは日本、ですよね?」
再度、男性が尋ねる。
「はい……」
「良かった。外国じゃなくて」
男性はホッとしたような顔をする。
どう返答するべきか言葉を探していると、男性は更に質問を重ねる。
「この部屋は、何なんですか? どこかに移動してるようですが……」
「部屋?」
(この人、軽度の知的障害なのかしら?)
「部屋ではなくて、電車、ですね」
由衣は動揺を隠し、平静を保つ。
「デンシャ? あっ、変な質問ばかりして、すみません。実は僕、未来から来たんです」
男性は席を立ち、由衣の隣に座る。
「ミ、ミライ?」
「はい。西暦2245年から来ました」
男性は真面目な顔で言う。
(未来から? 未来から来たって、SF小説じゃあるまいし。信じていいの? それにしても、ホント弘樹にそっくりだわ)
「そう、なんだ。すぐには信じられないけど、そんなに遠い未来なら、タイムマシーンがあるのかもしれないですね」
半信半疑だが、由衣は笑顔を作り一応納得したふりをする。
「うん、僕らの時代にはタイムマシーンはあるんだけど、ものすごく値段が高いんだよ。だから盗んだんだ」
男性は茶目っ気たっぷりな顔をする。
タイムマシーンは乗り物?の形をしているとしたら、そう簡単に盗めるのだろうか?
男性は由衣の疑問を推し量ったらしく、
「タイムマシーンと言っても、大きな乗り物じゃなくて、これなんだよ」
腰の辺りのポケットのような場所から、小さい端末?のようなものを取り出す。スマホより少し小さい。
「そうなんだ……」
本当にタイムマシーンなのかどうか、由衣には分かるはずもない。
「でも、どうして未来から過去にやって来たの?」
「実は、僕らの時代は酷いんだ。北朝鮮との政治的緊張が高まったせいで、男性は17歳になったら兵役につかないといけないんだ。しかも、10年間も! 何とか5年耐えたけど、もう耐えられなくて逃げてきたんだ」
男性は苦々しい顔をする。
「10年も? 私達の時代では考えられないわね」
「しかも、兵役が終わると、親が決めた女性と結婚しなくちゃいけない。僕が結婚したいのは、もう死んでしまったマリしかいないのに」
男性は唇を噛む。
由衣は同情に満ちた目を男性に向ける。
「そういえばキミ、死んだマリに似てる。最初にキミを見た時、ドキっとしたんだ。つぶらな瞳と真っ直ぐな濃い茶色の髪は、マリそのものだ」
「えっ、実は私も、同じこと考えてた。あなたを見た瞬間、亡くなった恋人にそっくりだから、びっくりしたの」
「そう、すごい偶然だね。あっ、そういえば自己紹介してなかったね。僕の名前は杉本レオ。キミは?」
「私は中嶋由衣」
由衣は、にっこりと笑う。
「ここの時代は僕にとって未知の世界だから、いろいろ教えてくれるかな?」
レオは人懐こい笑みを広げる。
その笑顔がますます弘樹を彷彿とさせて、由衣はドキリとする。
「いいわよ」
「この時代を選んで良かった。由衣に出逢えたし。ところでこのデンシャって、どこに向かってるの?」
「私の住む街よ。そこが終点なの」
「ふぅ~ん、自分の行きたい場所へと運んでくれるんだ。僕らの時代は空飛ぶ車で移動してる。だから、デンシャというものはないんだ」
「さすが、未来は進んでるのね。あっ、まもなく終点よ」
電車は次第に速度を落とし、緩やかに停車する。由衣とレオは連れ立って電車から降りる。
改札で、由衣はレオの乗車賃を払う。
「そっか、デンシャはお金が必要なんだね。ごめん、今払うよ。この時代のお金、何とか確保してきたんだ」
レオはポケットから取り出そうとする。
「いいわよ。大した金額じゃないから」
由衣はにこりとする。
駅を出ると、レオが思い出したように言う。
「そうだ、逃げてきたのはいいけど、今晩泊まる場所を確保しないといけないな」
由衣は素早く考える。今日会ったばかりの男性を、アパートに泊めていいものかどうか。
普通なら躊躇うが、弘樹にそっくりなレオに早くも好意を抱いている由衣は、思い切って泊まってもらおうか、と考え始める。
(別々の寝室なら、いいんじゃないかしら?)
2人は商店街の歩道を歩き出す。
「ん!」
レオが声を発し、立ち止まる。
由衣もつられて足を止める。
「どうしたの?」
「つけられてる」
緊張した面持ちでレオが言う。
「えっ、誰に?」
「振り返らないで」
レオが歩き出す。由衣もそれにならう。
数歩進むとレオは由衣の手を握り、いきなり走り出す。
「えっ!?」
由衣は足がもつれそうになりながも、レオに合わせる。
次第に息が上がり、呼吸が乱れる。
確かに、後方から何者かの足音が聞こえる。
(いったい誰?)
鼓動が激しく脈打つ。
コンビニの前に差しかかると、レオは誰かが停めてあるバイクに股がる。
「乗って!」
何が何だか分からないが、言われるまま由衣はレオの後ろに股がる。レオの体に、しっかりと両腕を回した。
レオはエンジンをかけると、急発進する。
「バイク泥棒! 返せ〜!」
誰かが後から叫ぶ。
予想外の急展開に、胸がドキドキする。
「誰に後をつけられてたの?」
由衣は大きな声で聞く。
「あとで話す!」
レオはスピードを上げる。振り落とされないよう、由衣はレオにしがみつく。
バイクの後ろに乗るのは初めてだから、恐怖心が先に立つ。
日付けが変わる時刻に近づきつつあるせいか、交通量は少ない。
カーブを曲がる瞬間、遠心力で体が飛ばされそうになった。思わず声を上げそうになる。更に強くレオにしがみつく。
スピードを緩めず、レオはどこまでも突っ切って行く。
交差点で無理やり右折する。危なく直進車とぶつかりそうになった。けたたましいクラクションの音に、由衣はヒヤッとする。
(いったい、レオはどこまで逃げ続けるんだろう?)
今はただ、このままレオに身を任せるしかない。
エンジン音と耳もとに響く風を切る音。レオの暖かい背中。2人だけの世界に包まれているようで、由衣は妙に興奮する。
レオは目の前に見えてきた、公園の駐車場に入って行く。
バイクを停めると、静寂が戻ってきた。辺りには停めてある車もなく、誰もいない。
「まだ油断できないけど、少し休もう」
そう言うと、レオは溜め息をつく。
2人はバイクから降りると、近くのベンチに腰を下ろす。
「後をつけてきた人って、誰なの?」
由衣はかねてからの疑問を口にする。
「恐らく、上官だと思う。僕が逃げたこと、気づいたんだろう」
「えっ、未来から追ってきたってこと? 勘違いということはないの?」
「それはないと思う。以前、兵役から逃げた友人が、執念深く追跡されて捕まったんだ」
「怖いわね……」
「うん、絶対捕まるわけにはいかない。連れ戻されると、重い刑罰を受けるんだ。有期懲役20年以下か、場合によっては無期懲役の可能性もある」
「えっ、それは重すぎるわね。レオの時代って酷いのね。昔の日本みたい」
由衣は同情の眼差しを向ける。
「そう、文明が発達したって、生きづらいよ。この時代に逃げてきて良かった。おかげで由衣に出逢えたし」
レオは笑みを滲ませる。
その人懐こい瞳に、由衣はドキリとする。
レオに出逢う前までは、亡き恋人弘樹への思慕が未だに残っていて、誰かに言い寄られても心動かされることなどなかった。
でも、弘樹に似てるレオの笑顔は、由衣の心を激しく掻き立てる。眠っていた情熱が覚醒していく。
「今日は素晴らしい日だわ。魅力的なレオに巡り会えて。電車で、目の前にいきなりあなたが現われたのには、ホント驚いたけど」
由衣は熱を帯びた目でレオを見る。
レオも由衣と同様に熱い目で見返す。
2人の視線が絡み合う。
胸の高鳴りが頂点に達し、由衣は思わず視線を外す。恋の沼に真っ逆さまに堕ちていくのは、もう時間の問題だ。
「僕も、今日は記念すべき素晴らしい日になったよ。ねぇ、ところで、さっきから気になってるんだけど、何だろう、この匂い」
レオが、鼻をひくひくさせる。
「えっ? 匂い?」
由衣は特に匂いなど感じていなかった。
「なんて言ったらいいのか、下から沸き上がってくる、素朴な匂いとでもいうような」
言いながら、レオは下を向く。
つられて、由衣も下を向く。
下には、所々雑草が生えた土があるだけだ。ということは、土の匂いのことか?
「土のことかしら?」
「つち? つちって、何?」
レオが聞く。
由衣は、レオがなぜ土が分からないのか不思議に思った。
(まさか、レオの時代に土はないってこと?)
だが、細かい追究は後回しにして、とりあえず説明する。
「下にあるこの黒いものは、地球には普通にあるのよ。地球が誕生した頃はなかったみたいだけど」
「そうなんだ。初めて見たから分からなかった。僕がいた時代は、地面は全てアスファルトやコンクリートに覆われていたんだ。生まれた時から地下シェルターで暮らしていて、兵役に就いてた頃は軍事施設で暮らしてた。そっか、つち、の匂いなんだね」
レオは納得したように、うんうんと頷き、地面に手を伸ばし土をすくい取る。指先で感触を確かめる。ぽろぽろと土が零れ落ちる。
「つちって、柔らかいんだね」
「うん、そうね。レオの周りには、土はなかったのね。地下シェルターで暮らすのって、ちょっと味気なかったんじゃない?」
「そうだね、窓がないせいか、ちょっと圧迫感があるし、窮屈だったね。地下は人工的な光で溢れてたけど、日光を浴びるのとは違って、健康的とはいえないね」
レオの言葉から、由衣は地下での暮らしを想像してみる。
「地下で暮らすようになったのは、もしかして隣の北朝鮮が原因だったの?」
「そう、そうなんだ。あの国はホント厄介だね。僕がいた時代は、政治的緊張がすごかったよ。北朝鮮だけでなく、ロシアや中国もやばかった。世界中、常にどこかで戦争が勃発してたよ。核兵器を保有する国もどんどん増えてたし、日本もとうとう核兵器を保有するようになったんだよ」
「えっ! 日本が核兵器を? 怖いわね!」
その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。
レオがハッとしたように、その方向に目を向ける。
サイレンの音は、次第にこちらに近づいてくる。交差点の方角からパトカーの赤色灯が見えた。
由衣もハッとする。
「大変だわ、きっとバイクの所有者が通報したんだわ!」
「ここから離れよう! バイクで逃げるのはかえって危険だから走ろう」
レオは由衣の手を取ると走り出す。
振り返ると、パトカーが公園の入り口で停まった。
(警察の世話になんか、なりたくないわ!)
由衣はレオに合わせて必死に走る。
公園を出ると住宅街を駆け抜け、路地裏に入って行く。
スポーツが苦手な由衣は、既に息が切れそうだ。でも、立ち止まるわけにはいかない。レオの手の温もりが、由衣を奮い立たせる。
後方から駆けてくる足音が聞こえる。
それが警官なのかどうか確かめる余裕はない。
レオが走るスピードに合わせようとして、由衣は途中何度かつまずきそうになった。が、何とか体勢を立て直す。
「大丈夫か?」
走りながらレオが声をかける。
「ちょっと、苦しい……」
由衣は何とか声を発する。
その時、後方から警官らしき声があおり立てる。
「そこの2人、止まりなさい!」
レオが由衣の手を強く引き、更に路地を曲がる。心臓がバクバクして、今にも破裂しそうだ。
前方に、ファッションホテルの看板が見えてくる。
すかさず由衣が言う。
「あそこに入りましょう!」
2人は急いでファッションホテルの門をくぐる。中に入りロビーを駆け抜け、タッチパネルの前で適当に部屋を決めると、エレベーターに乗り込む。
扉が閉じると由衣は3階のボタンを押す。
レオが安堵の溜め息を漏らす。
「ふ〜、危なかった」
「うん、でも、部屋に入るまで安心できないわね」
由衣は少し不安な顔で言う。
エレベーターが止まると、2人は素早く降りて駆け出す。指定した部屋のドアを開け、さっと入る。
ドアが閉まると、レオと由衣はホッとしたように顔を見合わせる。
「もう、大丈夫かな?」
由衣の言葉に、レオが頷く。
「うん、たぶんね」
2人はひとまずソファーに移動し、腰を下ろす。
「僕のせいで、迷惑かけてごめんね」
レオがすまなそうに、由衣の顔を覗き込む。
「謝らなくても大丈夫よ。まあ、ちょっと息が切れて苦しくなったけど、なかなか貴重な経験だったわ」
由衣は微笑みを返す。
「ありがとう。由衣って、優しいんだね」
レオの眼差しに、由衣は再びドキリとする。思わず視線を外す。
ふと、レオの手首に注意を引かれる。今まで気づかなかったが、シルバーらしきバングルがはめられている。巾が1センチくらいの、シンプルなデザインだ。
(それ、見覚えがあるわ……)
由衣の視線に気づいたレオは、自分の手首に目を向ける。
「そのバングル、亡くなった恋人にプレゼントしたものと似てるわ」
「そうなんだ。これはマリからプレゼントされたんだ。とても気に入ってる」
レオは、まじまじとバングルを見つめる。
「ちょっと、見せてもらってもいい?」
由衣が聞くと、レオはいいよ、と言いながらバングルを外すと由衣に渡す。
由衣はためつすがめつ、バングルに見入る。裏側も見てみる。すると、ある一点に目が止まった。
イニシャルだ。to h from y、と彫られている。
(レオとレオの恋人の頭文字ではない。hは弘樹、yは私の頭文字だ。なぜ?)
以前、弘樹にバングルをプレゼントする時、イニシャルを彫ってもらったことは間違いない。
(レオが持ってるバングルは、私が弘樹にプレゼントしたものと同一? イヤ、そんなことあるわけない)
では、どう考えたらいいのか……。
「由衣、どうしたの?」
怪訝そうにレオが聞く。
「イニシャルが彫られてるの。私と亡くなった恋人の頭文字になってる」
「えっ?」
由衣はバングルをレオに渡す。レオはバングルの裏側を見る。
「ホントだ。マリにプレゼントされた時は、イニシャルは彫ってなかったよ。いつからこうなってたんだろう。不思議だ。今まで気づかなかった」
由衣とレオは不思議そうに顔を見合わせる。
「不思議すぎて、思考が停止してしまう」
レオがポツリと言う。
2人は黙ったまま、しばし神妙な顔をする。
「そういえば」とレオが口を開く。
「最近、気になることがあるんだ。1ヶ月くらい前から度々不思議な夢を見るようになったんだ。僕が、スキーの事故で死んでしまう夢。雪国育ちじゃないから、スキーは一度もやったことないのに」
由衣の顔色が変わる。
「えっ、スキーの事故? 私の恋人、弘樹はそれが原因で亡くなったの。スノーモービルが突っ込んできて、交わす余裕もなくて」
「そうだったんだ。由衣の恋人、スキーの事故で。可哀想に……。うん、確か夢の中でもスノーモービルみたいなものが突っ込んできてた」
「不思議ね、レオがそんな夢を見るなんて。夢の中のストーリーだとしても、弘樹が経験したことと一致してるなんて、偶然すぎる」
由衣は、思案顔で頷く。
再び、レオはハッとする。
「そうだ、また思い出した。マリも時々不思議な夢を見ると言ってた。まだ幼いマリが見知らぬ男に誘拐され、監禁されて、助けが来るのを待ってるけど誰も来なくて、男に首を絞められそうになるところで目覚めるんだって」
「えっ、それ、私が経験したこととそっくりだわ。私、3歳の時に誘拐されたの。首を絞められる寸前に助けられたわ。とっても怖かった」
昔、幼い由衣は見知らぬ男に人形をあげると言われて、男について行ったのを思い出す。
3歳の頃の記憶は殆どないのだが、誘拐の件だけは色濃く記憶に残っている。
「ホントに?」
レオは目を丸くして驚く。
「マリさんが見た夢、偶然だとしても、私の体験と似てるわね」
「イヤ、偶然ではないと思う。マリは定期的にその夢を見ると言ってた。だから、何回も見てるんだよ」
「そうなの? 不思議ね……」
なぜ、レオの恋人が自分の体験と同じような夢を見るのか考えても分からないが、何かの因縁のようなものを由衣は感じていた。
「マリが由衣と同じ記憶を持っているとしたら、マリは由衣の生まれ変わり? の可能性もあるよね。だからマリは由衣にそっくり、イヤ、由衣がマリにそっくりなんだ」
レオが納得したような口調で言う。
「じゃあ私が来世に生まれ変わるのは、マリさんってこと? 私、生まれ変わりとか、そういうの信じてなかったけど、レオの話しを聞いて考えが変わりそう……」
「僕達が出逢ったのは偶然ではないのかもしれない」
レオはまっすぐ由衣を見つめる。
「私も、そんな気がしてきた。レオは弘樹の生まれ変わり、なのかしら」
「その可能性、あると思う」
レオは深く頷く。
まっすぐに向けてくるレオの眼差しに、由衣は射すくめられる。
レオが、だんだん弘樹に見えてくる。
一度死んだ弘樹が次元を越えて、今ここにいる。そう、思えてくるのだった。
輪廻転生とか、生まれ変わりとか、信じられない。信じたくもない。
人間やるのは一度きりでいい。
肉体を脱ぎ捨てた後は、魂の安寧の場所、光の国へ行く。
それが、由衣の唯一の望み……。
PM11時、閑散とした人気のないホーム。時折、びゅうっと風が吹き抜けていく。パラパラと小雪が舞い、本格的な冬の始まりを思わせる。
今日という日が、運命の流れを激変させる記念日すべき日になるとは、由衣は知る由もなかった。
由衣は走りながら焦っていた。
帰宅するのが大幅に遅れてしまい、終電に間に合うかどうかの瀬戸際だ。
明日から始まるセールの準備のため、由衣が所属するレディースファッションフロアーの社員全員が残業することになったのだ。何とか終電に間に合うと思っていたのだが、危うい状況だ。
階段を駆け下りた由衣は、電車へと一目散に駆け出す。
発車のベルが鳴り響く。
(あぁ、これに間に合わないと、帰る足がなくなる!)
全速力で駆け抜け、電車に乗り込む。
同時に、ドアが閉まる。
ホッとして、由衣は溜め息をつく。
(やれやれ、何とか間に合ったわ。あぁ、疲れた……)
周りを見渡す。都会と違って、田舎の終電はガラガラだ。
所々に、ポツリポツリと乗客が座っているが、だいたい居眠りしているか、スマホを見ているかのどちらかだ。
由衣は適当な場所に腰を下ろす。仕事の疲労感と睡魔のせいで、自然と目蓋が重くなる。
今にも目蓋が閉じられようとしたその時、目の前で信じられない光景が繰り広げられた。
前の座席が、ぼ~っと白く淡い、もやもやとした光に包まれた。
(ん!?)
それは発光体となり、次第に人影のようなものが見え始めた。
(なっ、なんなんだ? 幻覚が見えるなんて、相当疲労が溜まってるのかしら?)
由衣は目を凝らす。前方の人影は人間の様相を呈してくる。
もう、眠気は吹っ飛んでしまった。
幽霊なのか何なのか、目の前の事象を、どう解釈すべきなのか。
由衣は目をぱちくりさせる。
人影は完全に人間の姿になった。
黒のオールインワン? を纏った男性が、由衣と同様に驚いたような目でこちらを見ている。
(えっ!? 弘樹?)
由衣はドキリとする。ぱっちりとした二重まぶた。意志の強さを感じさせる瞳。ほっそりとした鼻梁。
5年前に事故で亡くなった恋人の弘樹にそっくりだ。
(弘樹が生き返った? イヤ、そんなことあるわけない。じゃあ、弘樹に双子の兄か弟がいたのか? でも、そんなの聞いたことがない)
オールインワンのようなものは、体にぴったりと張り付くような生地でできている。
(弘樹はこんな格好、したことないわ。こういうの、どこで売ってるんだろう?)
「あの、ここはどこですか?」
男性が尋ねる。
「はっ?」
(この人、記憶喪失なの? それとも、生き返った弘樹が現状を把握できなくて発した質問なのか。イヤ、仮に弘樹なら、私のこと覚えてるんじゃない?)
「ここは日本、ですよね?」
再度、男性が尋ねる。
「はい……」
「良かった。外国じゃなくて」
男性はホッとしたような顔をする。
どう返答するべきか言葉を探していると、男性は更に質問を重ねる。
「この部屋は、何なんですか? どこかに移動してるようですが……」
「部屋?」
(この人、軽度の知的障害なのかしら?)
「部屋ではなくて、電車、ですね」
由衣は動揺を隠し、平静を保つ。
「デンシャ? あっ、変な質問ばかりして、すみません。実は僕、未来から来たんです」
男性は席を立ち、由衣の隣に座る。
「ミ、ミライ?」
「はい。西暦2245年から来ました」
男性は真面目な顔で言う。
(未来から? 未来から来たって、SF小説じゃあるまいし。信じていいの? それにしても、ホント弘樹にそっくりだわ)
「そう、なんだ。すぐには信じられないけど、そんなに遠い未来なら、タイムマシーンがあるのかもしれないですね」
半信半疑だが、由衣は笑顔を作り一応納得したふりをする。
「うん、僕らの時代にはタイムマシーンはあるんだけど、ものすごく値段が高いんだよ。だから盗んだんだ」
男性は茶目っ気たっぷりな顔をする。
タイムマシーンは乗り物?の形をしているとしたら、そう簡単に盗めるのだろうか?
男性は由衣の疑問を推し量ったらしく、
「タイムマシーンと言っても、大きな乗り物じゃなくて、これなんだよ」
腰の辺りのポケットのような場所から、小さい端末?のようなものを取り出す。スマホより少し小さい。
「そうなんだ……」
本当にタイムマシーンなのかどうか、由衣には分かるはずもない。
「でも、どうして未来から過去にやって来たの?」
「実は、僕らの時代は酷いんだ。北朝鮮との政治的緊張が高まったせいで、男性は17歳になったら兵役につかないといけないんだ。しかも、10年間も! 何とか5年耐えたけど、もう耐えられなくて逃げてきたんだ」
男性は苦々しい顔をする。
「10年も? 私達の時代では考えられないわね」
「しかも、兵役が終わると、親が決めた女性と結婚しなくちゃいけない。僕が結婚したいのは、もう死んでしまったマリしかいないのに」
男性は唇を噛む。
由衣は同情に満ちた目を男性に向ける。
「そういえばキミ、死んだマリに似てる。最初にキミを見た時、ドキっとしたんだ。つぶらな瞳と真っ直ぐな濃い茶色の髪は、マリそのものだ」
「えっ、実は私も、同じこと考えてた。あなたを見た瞬間、亡くなった恋人にそっくりだから、びっくりしたの」
「そう、すごい偶然だね。あっ、そういえば自己紹介してなかったね。僕の名前は杉本レオ。キミは?」
「私は中嶋由衣」
由衣は、にっこりと笑う。
「ここの時代は僕にとって未知の世界だから、いろいろ教えてくれるかな?」
レオは人懐こい笑みを広げる。
その笑顔がますます弘樹を彷彿とさせて、由衣はドキリとする。
「いいわよ」
「この時代を選んで良かった。由衣に出逢えたし。ところでこのデンシャって、どこに向かってるの?」
「私の住む街よ。そこが終点なの」
「ふぅ~ん、自分の行きたい場所へと運んでくれるんだ。僕らの時代は空飛ぶ車で移動してる。だから、デンシャというものはないんだ」
「さすが、未来は進んでるのね。あっ、まもなく終点よ」
電車は次第に速度を落とし、緩やかに停車する。由衣とレオは連れ立って電車から降りる。
改札で、由衣はレオの乗車賃を払う。
「そっか、デンシャはお金が必要なんだね。ごめん、今払うよ。この時代のお金、何とか確保してきたんだ」
レオはポケットから取り出そうとする。
「いいわよ。大した金額じゃないから」
由衣はにこりとする。
駅を出ると、レオが思い出したように言う。
「そうだ、逃げてきたのはいいけど、今晩泊まる場所を確保しないといけないな」
由衣は素早く考える。今日会ったばかりの男性を、アパートに泊めていいものかどうか。
普通なら躊躇うが、弘樹にそっくりなレオに早くも好意を抱いている由衣は、思い切って泊まってもらおうか、と考え始める。
(別々の寝室なら、いいんじゃないかしら?)
2人は商店街の歩道を歩き出す。
「ん!」
レオが声を発し、立ち止まる。
由衣もつられて足を止める。
「どうしたの?」
「つけられてる」
緊張した面持ちでレオが言う。
「えっ、誰に?」
「振り返らないで」
レオが歩き出す。由衣もそれにならう。
数歩進むとレオは由衣の手を握り、いきなり走り出す。
「えっ!?」
由衣は足がもつれそうになりながも、レオに合わせる。
次第に息が上がり、呼吸が乱れる。
確かに、後方から何者かの足音が聞こえる。
(いったい誰?)
鼓動が激しく脈打つ。
コンビニの前に差しかかると、レオは誰かが停めてあるバイクに股がる。
「乗って!」
何が何だか分からないが、言われるまま由衣はレオの後ろに股がる。レオの体に、しっかりと両腕を回した。
レオはエンジンをかけると、急発進する。
「バイク泥棒! 返せ〜!」
誰かが後から叫ぶ。
予想外の急展開に、胸がドキドキする。
「誰に後をつけられてたの?」
由衣は大きな声で聞く。
「あとで話す!」
レオはスピードを上げる。振り落とされないよう、由衣はレオにしがみつく。
バイクの後ろに乗るのは初めてだから、恐怖心が先に立つ。
日付けが変わる時刻に近づきつつあるせいか、交通量は少ない。
カーブを曲がる瞬間、遠心力で体が飛ばされそうになった。思わず声を上げそうになる。更に強くレオにしがみつく。
スピードを緩めず、レオはどこまでも突っ切って行く。
交差点で無理やり右折する。危なく直進車とぶつかりそうになった。けたたましいクラクションの音に、由衣はヒヤッとする。
(いったい、レオはどこまで逃げ続けるんだろう?)
今はただ、このままレオに身を任せるしかない。
エンジン音と耳もとに響く風を切る音。レオの暖かい背中。2人だけの世界に包まれているようで、由衣は妙に興奮する。
レオは目の前に見えてきた、公園の駐車場に入って行く。
バイクを停めると、静寂が戻ってきた。辺りには停めてある車もなく、誰もいない。
「まだ油断できないけど、少し休もう」
そう言うと、レオは溜め息をつく。
2人はバイクから降りると、近くのベンチに腰を下ろす。
「後をつけてきた人って、誰なの?」
由衣はかねてからの疑問を口にする。
「恐らく、上官だと思う。僕が逃げたこと、気づいたんだろう」
「えっ、未来から追ってきたってこと? 勘違いということはないの?」
「それはないと思う。以前、兵役から逃げた友人が、執念深く追跡されて捕まったんだ」
「怖いわね……」
「うん、絶対捕まるわけにはいかない。連れ戻されると、重い刑罰を受けるんだ。有期懲役20年以下か、場合によっては無期懲役の可能性もある」
「えっ、それは重すぎるわね。レオの時代って酷いのね。昔の日本みたい」
由衣は同情の眼差しを向ける。
「そう、文明が発達したって、生きづらいよ。この時代に逃げてきて良かった。おかげで由衣に出逢えたし」
レオは笑みを滲ませる。
その人懐こい瞳に、由衣はドキリとする。
レオに出逢う前までは、亡き恋人弘樹への思慕が未だに残っていて、誰かに言い寄られても心動かされることなどなかった。
でも、弘樹に似てるレオの笑顔は、由衣の心を激しく掻き立てる。眠っていた情熱が覚醒していく。
「今日は素晴らしい日だわ。魅力的なレオに巡り会えて。電車で、目の前にいきなりあなたが現われたのには、ホント驚いたけど」
由衣は熱を帯びた目でレオを見る。
レオも由衣と同様に熱い目で見返す。
2人の視線が絡み合う。
胸の高鳴りが頂点に達し、由衣は思わず視線を外す。恋の沼に真っ逆さまに堕ちていくのは、もう時間の問題だ。
「僕も、今日は記念すべき素晴らしい日になったよ。ねぇ、ところで、さっきから気になってるんだけど、何だろう、この匂い」
レオが、鼻をひくひくさせる。
「えっ? 匂い?」
由衣は特に匂いなど感じていなかった。
「なんて言ったらいいのか、下から沸き上がってくる、素朴な匂いとでもいうような」
言いながら、レオは下を向く。
つられて、由衣も下を向く。
下には、所々雑草が生えた土があるだけだ。ということは、土の匂いのことか?
「土のことかしら?」
「つち? つちって、何?」
レオが聞く。
由衣は、レオがなぜ土が分からないのか不思議に思った。
(まさか、レオの時代に土はないってこと?)
だが、細かい追究は後回しにして、とりあえず説明する。
「下にあるこの黒いものは、地球には普通にあるのよ。地球が誕生した頃はなかったみたいだけど」
「そうなんだ。初めて見たから分からなかった。僕がいた時代は、地面は全てアスファルトやコンクリートに覆われていたんだ。生まれた時から地下シェルターで暮らしていて、兵役に就いてた頃は軍事施設で暮らしてた。そっか、つち、の匂いなんだね」
レオは納得したように、うんうんと頷き、地面に手を伸ばし土をすくい取る。指先で感触を確かめる。ぽろぽろと土が零れ落ちる。
「つちって、柔らかいんだね」
「うん、そうね。レオの周りには、土はなかったのね。地下シェルターで暮らすのって、ちょっと味気なかったんじゃない?」
「そうだね、窓がないせいか、ちょっと圧迫感があるし、窮屈だったね。地下は人工的な光で溢れてたけど、日光を浴びるのとは違って、健康的とはいえないね」
レオの言葉から、由衣は地下での暮らしを想像してみる。
「地下で暮らすようになったのは、もしかして隣の北朝鮮が原因だったの?」
「そう、そうなんだ。あの国はホント厄介だね。僕がいた時代は、政治的緊張がすごかったよ。北朝鮮だけでなく、ロシアや中国もやばかった。世界中、常にどこかで戦争が勃発してたよ。核兵器を保有する国もどんどん増えてたし、日本もとうとう核兵器を保有するようになったんだよ」
「えっ! 日本が核兵器を? 怖いわね!」
その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。
レオがハッとしたように、その方向に目を向ける。
サイレンの音は、次第にこちらに近づいてくる。交差点の方角からパトカーの赤色灯が見えた。
由衣もハッとする。
「大変だわ、きっとバイクの所有者が通報したんだわ!」
「ここから離れよう! バイクで逃げるのはかえって危険だから走ろう」
レオは由衣の手を取ると走り出す。
振り返ると、パトカーが公園の入り口で停まった。
(警察の世話になんか、なりたくないわ!)
由衣はレオに合わせて必死に走る。
公園を出ると住宅街を駆け抜け、路地裏に入って行く。
スポーツが苦手な由衣は、既に息が切れそうだ。でも、立ち止まるわけにはいかない。レオの手の温もりが、由衣を奮い立たせる。
後方から駆けてくる足音が聞こえる。
それが警官なのかどうか確かめる余裕はない。
レオが走るスピードに合わせようとして、由衣は途中何度かつまずきそうになった。が、何とか体勢を立て直す。
「大丈夫か?」
走りながらレオが声をかける。
「ちょっと、苦しい……」
由衣は何とか声を発する。
その時、後方から警官らしき声があおり立てる。
「そこの2人、止まりなさい!」
レオが由衣の手を強く引き、更に路地を曲がる。心臓がバクバクして、今にも破裂しそうだ。
前方に、ファッションホテルの看板が見えてくる。
すかさず由衣が言う。
「あそこに入りましょう!」
2人は急いでファッションホテルの門をくぐる。中に入りロビーを駆け抜け、タッチパネルの前で適当に部屋を決めると、エレベーターに乗り込む。
扉が閉じると由衣は3階のボタンを押す。
レオが安堵の溜め息を漏らす。
「ふ〜、危なかった」
「うん、でも、部屋に入るまで安心できないわね」
由衣は少し不安な顔で言う。
エレベーターが止まると、2人は素早く降りて駆け出す。指定した部屋のドアを開け、さっと入る。
ドアが閉まると、レオと由衣はホッとしたように顔を見合わせる。
「もう、大丈夫かな?」
由衣の言葉に、レオが頷く。
「うん、たぶんね」
2人はひとまずソファーに移動し、腰を下ろす。
「僕のせいで、迷惑かけてごめんね」
レオがすまなそうに、由衣の顔を覗き込む。
「謝らなくても大丈夫よ。まあ、ちょっと息が切れて苦しくなったけど、なかなか貴重な経験だったわ」
由衣は微笑みを返す。
「ありがとう。由衣って、優しいんだね」
レオの眼差しに、由衣は再びドキリとする。思わず視線を外す。
ふと、レオの手首に注意を引かれる。今まで気づかなかったが、シルバーらしきバングルがはめられている。巾が1センチくらいの、シンプルなデザインだ。
(それ、見覚えがあるわ……)
由衣の視線に気づいたレオは、自分の手首に目を向ける。
「そのバングル、亡くなった恋人にプレゼントしたものと似てるわ」
「そうなんだ。これはマリからプレゼントされたんだ。とても気に入ってる」
レオは、まじまじとバングルを見つめる。
「ちょっと、見せてもらってもいい?」
由衣が聞くと、レオはいいよ、と言いながらバングルを外すと由衣に渡す。
由衣はためつすがめつ、バングルに見入る。裏側も見てみる。すると、ある一点に目が止まった。
イニシャルだ。to h from y、と彫られている。
(レオとレオの恋人の頭文字ではない。hは弘樹、yは私の頭文字だ。なぜ?)
以前、弘樹にバングルをプレゼントする時、イニシャルを彫ってもらったことは間違いない。
(レオが持ってるバングルは、私が弘樹にプレゼントしたものと同一? イヤ、そんなことあるわけない)
では、どう考えたらいいのか……。
「由衣、どうしたの?」
怪訝そうにレオが聞く。
「イニシャルが彫られてるの。私と亡くなった恋人の頭文字になってる」
「えっ?」
由衣はバングルをレオに渡す。レオはバングルの裏側を見る。
「ホントだ。マリにプレゼントされた時は、イニシャルは彫ってなかったよ。いつからこうなってたんだろう。不思議だ。今まで気づかなかった」
由衣とレオは不思議そうに顔を見合わせる。
「不思議すぎて、思考が停止してしまう」
レオがポツリと言う。
2人は黙ったまま、しばし神妙な顔をする。
「そういえば」とレオが口を開く。
「最近、気になることがあるんだ。1ヶ月くらい前から度々不思議な夢を見るようになったんだ。僕が、スキーの事故で死んでしまう夢。雪国育ちじゃないから、スキーは一度もやったことないのに」
由衣の顔色が変わる。
「えっ、スキーの事故? 私の恋人、弘樹はそれが原因で亡くなったの。スノーモービルが突っ込んできて、交わす余裕もなくて」
「そうだったんだ。由衣の恋人、スキーの事故で。可哀想に……。うん、確か夢の中でもスノーモービルみたいなものが突っ込んできてた」
「不思議ね、レオがそんな夢を見るなんて。夢の中のストーリーだとしても、弘樹が経験したことと一致してるなんて、偶然すぎる」
由衣は、思案顔で頷く。
再び、レオはハッとする。
「そうだ、また思い出した。マリも時々不思議な夢を見ると言ってた。まだ幼いマリが見知らぬ男に誘拐され、監禁されて、助けが来るのを待ってるけど誰も来なくて、男に首を絞められそうになるところで目覚めるんだって」
「えっ、それ、私が経験したこととそっくりだわ。私、3歳の時に誘拐されたの。首を絞められる寸前に助けられたわ。とっても怖かった」
昔、幼い由衣は見知らぬ男に人形をあげると言われて、男について行ったのを思い出す。
3歳の頃の記憶は殆どないのだが、誘拐の件だけは色濃く記憶に残っている。
「ホントに?」
レオは目を丸くして驚く。
「マリさんが見た夢、偶然だとしても、私の体験と似てるわね」
「イヤ、偶然ではないと思う。マリは定期的にその夢を見ると言ってた。だから、何回も見てるんだよ」
「そうなの? 不思議ね……」
なぜ、レオの恋人が自分の体験と同じような夢を見るのか考えても分からないが、何かの因縁のようなものを由衣は感じていた。
「マリが由衣と同じ記憶を持っているとしたら、マリは由衣の生まれ変わり? の可能性もあるよね。だからマリは由衣にそっくり、イヤ、由衣がマリにそっくりなんだ」
レオが納得したような口調で言う。
「じゃあ私が来世に生まれ変わるのは、マリさんってこと? 私、生まれ変わりとか、そういうの信じてなかったけど、レオの話しを聞いて考えが変わりそう……」
「僕達が出逢ったのは偶然ではないのかもしれない」
レオはまっすぐ由衣を見つめる。
「私も、そんな気がしてきた。レオは弘樹の生まれ変わり、なのかしら」
「その可能性、あると思う」
レオは深く頷く。
まっすぐに向けてくるレオの眼差しに、由衣は射すくめられる。
レオが、だんだん弘樹に見えてくる。
一度死んだ弘樹が次元を越えて、今ここにいる。そう、思えてくるのだった。



