私はいつまで机に張り付いているのだろう。
本当は宿題なんてやっている暇なんてないのに……。
「ああもう! 社会の宿題って内容を覚えていないと全然進まなくて苦手だよ~!」
仕方なくランドセルから「新しい社会」と表紙に書いてある教科書を取り出して、問題の答えがありそうなページを探す。
「日本でいちばん古い和歌集……万葉集? そんなの授業でやったっけ?」
教科書にはそう記されている。おまけに太字で。
過去の私は、しっかり赤ペンでグルグルしていた。
まったく記憶にない。
実は最近気づいたことがある。
私は歴史の勉強がとんでもなく苦手だということ。
覚えなくてはいけない単語が多すぎて頭の中がゴチャゴチャになってしまうから。
「これじゃあテストも心配だよぉ」
早くも弱音を吐いてしまう。
来年は中学生になるというのに。
先生には「小学校の勉強を大事にしなさい」と釘を刺されたばかりだった。
「はあ。こんなことしてる余裕なんてないのに……」
──実は私、友達や家族には内緒で恋愛小説を書いている。
しかも、投稿サイトのコンテストにも応募しているのだ。
去年、小学五年生で応募した作品で、なんとデビューまでしてしまった。
でも、その後が続かない。
今はすっかり普通の女子小学生に逆戻り。
「うーっ……苦しい」
私はお気に入りのシャーペンを握ったまま机に突っ伏す。
桜の模様にラメ加工。
去年の夏、詩歌コンクールで最優秀賞の副賞としてもらった宝物だ。
綺麗だし、これを使って作品を書くとなんだか上手く書ける気がする。
「すんごいネタさえあれば、また……うぐぐ……」
そんな夢のようなことを思い描いているうちに、強い眠気が押し寄せてきた。
「少しだけ寝ちゃおうかな……」
──気がつくと、そこは真っ白な世界だった。
「え、なにここ」
どこまでも続く何もない白の世界。
さすがにひとりぼっちは寂しい。というか不安だ。
「おーい。誰かいませんかー」
私は遠くまで届くような大きい声で誰かいないか呼んでみる。
すると──
「私をお呼びかな」
男の人の声がまるで近くにいるように聞こえてきた。
「この声はどこから? あなたは誰?」
私はいろんな方向を見て声の主を探す。
でも、誰もいない。
「……まさか、幽霊?」
「霊ではない」
即否定されると、ぶわっと大きな風が吹いてきて、大量の桜が渦を巻く。
その幻想的な現象に私は思わず目を輝かせてしまう。
「綺麗……」
「ふむ。綺麗とな。お主なかなか趣味がよいではないか」
「わあっ!」
桜吹雪が止んだと思ったら、そこには私と同い年くらいの男の子が立っていた。
私は驚いて尻もちをついてしまう。
「おや、おどろかせてしまったか」
平安時代の貴族のような恰好をした男の子は、私に手を差し伸べてくれた。
私はその手を取る。
「ところでここはどこ? あなたは一体……」
「ここは『夢まぼろしの世界』。おぬしが眠りについた後に見ている夢の世界といったところだな。そして私は、おぬしが愛するソレだ」
男の子は私の手元を指差す。
「ソレ……? 何? ……え、あっ、もしかしてこのペンのこと!?」
「うむ」
「ええっ、私のペン、こんなイケメンだったの? あ、いやシャーペンだからイケメンじゃなくてイケペンかな……?」
つやのある黒髪は私が知る限りいちばん綺麗でまるで人形のよう。そんな髪を前髪も全部後ろにまとめて耳より下の位置で一本結いに束ねている。
まるで平安ファンタジー小説に出てくるヒーローみたいなビジュアルだ。
「さて詩月ましろ。歴史の勉強を私と一緒にしてみないか。そして、共に恋のうたを護ろうぞ」
「げっ、夢の中まで勉強?!」
私がそう言うと男の子は他人事のように笑っている。
その様子に思わずカチンときた。
「何よ、バカにしないでよねっ。それに護るって何を……」
この子は悪くないのに、つい怒りをぶつけてしまった。
でも、勉強しなくちゃいけないことくらい私だってわかっている。
それなのに、あんなふうに言われてしまったら怒りも込み上げてくるよ。
「バカになどしておらん。考え方を変えてみよ、という話だ」
「考え方?」
今までとは違うアドバイスに、私は首をかしげた。
「うむ。歴史は恋物語の宝庫だからな」
「恋物語の宝庫……?」
私の疑問を解決する前に、男の子は人差し指を真上に指して、円を描く。すると私が握っていたシャープペンが桜色に輝きだす。
「ペンが光った!」
「私の名をそれで書いておくれ」
「……名前、なんていうの?」
「私の名は時桜《しくら》だ」
「漢字は?」
「時間の『時』に春に咲く桜の『桜』だ」
私は時桜の言うとおりに光るペンで彼の名前を空中に書いてみる。
すると、大量の桜が時桜の周りをグルグルと囲って輝きを増していく。
しばらくすると、その桜がまたどこかへ消え去っていくと、そこには自信満々に腕を組み、仁王立ちする時桜がいた。
「うむ。ありがとう。力がみなぎってきたぞ」
時桜も私と同じペンを持っている。
「さて、まずは万葉集といこう! 詳しい話はそこで話そう!」
「げっ……」
その言葉を聞くと、私は後ずさりしてしまう。
「なに、そう構えるな。これも小説を書くためと思えばなんてことないさ」
「小説を書くため……?」
「うむ。歴史から多くのことを学ぶといい。おぬし、恋物語を書くのだろう?」
「まあ……そうね」
「ならばよい。それではまずは万葉集から触れるとするか。ほれっ」
時桜がペンを振りかざすと、真っ白な世界はいきなり知らない場所に変わった。
しかも、地上ではなく空に浮いていた。
「ぎゃあああっ! 落ちるぅううっ!」
高所恐怖症気味な私はバタバタとしてしまうが、時桜がすかさず手を握ってくれる。
「はははっ、大丈夫だ。私たちはただの傍観者だからな。あくまで『夢』なのでな。落ちたりせんよ」
「そっ、そうなのね……」
「ほら、あそこを見よ。恋のうたが生まれようとしているぞ」
《我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて よに忘られず》
時桜は短冊に書かれたうたを詠み、空中に勢いよく投げると、それは瞬く間に鳥に変化し、地上に向かって羽ばたいていく。
すると、鳥と一緒になって私たちも地上に近づいていく。
「わあ、すごい!」
「そうであろう」
そこには教科書で見たような、私の知らない時代の世界が広がっていた。
歴史なんて過去の出来事で、覚えることもいっぱいで難しいと思っていたのに。
こんなにも面白いものだなんて知らなかった。
恋があふれてる。
こんなにドキドキするものだったなんて。
夢まぼろしの世界に来る前の私は知らなかった。
本当は宿題なんてやっている暇なんてないのに……。
「ああもう! 社会の宿題って内容を覚えていないと全然進まなくて苦手だよ~!」
仕方なくランドセルから「新しい社会」と表紙に書いてある教科書を取り出して、問題の答えがありそうなページを探す。
「日本でいちばん古い和歌集……万葉集? そんなの授業でやったっけ?」
教科書にはそう記されている。おまけに太字で。
過去の私は、しっかり赤ペンでグルグルしていた。
まったく記憶にない。
実は最近気づいたことがある。
私は歴史の勉強がとんでもなく苦手だということ。
覚えなくてはいけない単語が多すぎて頭の中がゴチャゴチャになってしまうから。
「これじゃあテストも心配だよぉ」
早くも弱音を吐いてしまう。
来年は中学生になるというのに。
先生には「小学校の勉強を大事にしなさい」と釘を刺されたばかりだった。
「はあ。こんなことしてる余裕なんてないのに……」
──実は私、友達や家族には内緒で恋愛小説を書いている。
しかも、投稿サイトのコンテストにも応募しているのだ。
去年、小学五年生で応募した作品で、なんとデビューまでしてしまった。
でも、その後が続かない。
今はすっかり普通の女子小学生に逆戻り。
「うーっ……苦しい」
私はお気に入りのシャーペンを握ったまま机に突っ伏す。
桜の模様にラメ加工。
去年の夏、詩歌コンクールで最優秀賞の副賞としてもらった宝物だ。
綺麗だし、これを使って作品を書くとなんだか上手く書ける気がする。
「すんごいネタさえあれば、また……うぐぐ……」
そんな夢のようなことを思い描いているうちに、強い眠気が押し寄せてきた。
「少しだけ寝ちゃおうかな……」
──気がつくと、そこは真っ白な世界だった。
「え、なにここ」
どこまでも続く何もない白の世界。
さすがにひとりぼっちは寂しい。というか不安だ。
「おーい。誰かいませんかー」
私は遠くまで届くような大きい声で誰かいないか呼んでみる。
すると──
「私をお呼びかな」
男の人の声がまるで近くにいるように聞こえてきた。
「この声はどこから? あなたは誰?」
私はいろんな方向を見て声の主を探す。
でも、誰もいない。
「……まさか、幽霊?」
「霊ではない」
即否定されると、ぶわっと大きな風が吹いてきて、大量の桜が渦を巻く。
その幻想的な現象に私は思わず目を輝かせてしまう。
「綺麗……」
「ふむ。綺麗とな。お主なかなか趣味がよいではないか」
「わあっ!」
桜吹雪が止んだと思ったら、そこには私と同い年くらいの男の子が立っていた。
私は驚いて尻もちをついてしまう。
「おや、おどろかせてしまったか」
平安時代の貴族のような恰好をした男の子は、私に手を差し伸べてくれた。
私はその手を取る。
「ところでここはどこ? あなたは一体……」
「ここは『夢まぼろしの世界』。おぬしが眠りについた後に見ている夢の世界といったところだな。そして私は、おぬしが愛するソレだ」
男の子は私の手元を指差す。
「ソレ……? 何? ……え、あっ、もしかしてこのペンのこと!?」
「うむ」
「ええっ、私のペン、こんなイケメンだったの? あ、いやシャーペンだからイケメンじゃなくてイケペンかな……?」
つやのある黒髪は私が知る限りいちばん綺麗でまるで人形のよう。そんな髪を前髪も全部後ろにまとめて耳より下の位置で一本結いに束ねている。
まるで平安ファンタジー小説に出てくるヒーローみたいなビジュアルだ。
「さて詩月ましろ。歴史の勉強を私と一緒にしてみないか。そして、共に恋のうたを護ろうぞ」
「げっ、夢の中まで勉強?!」
私がそう言うと男の子は他人事のように笑っている。
その様子に思わずカチンときた。
「何よ、バカにしないでよねっ。それに護るって何を……」
この子は悪くないのに、つい怒りをぶつけてしまった。
でも、勉強しなくちゃいけないことくらい私だってわかっている。
それなのに、あんなふうに言われてしまったら怒りも込み上げてくるよ。
「バカになどしておらん。考え方を変えてみよ、という話だ」
「考え方?」
今までとは違うアドバイスに、私は首をかしげた。
「うむ。歴史は恋物語の宝庫だからな」
「恋物語の宝庫……?」
私の疑問を解決する前に、男の子は人差し指を真上に指して、円を描く。すると私が握っていたシャープペンが桜色に輝きだす。
「ペンが光った!」
「私の名をそれで書いておくれ」
「……名前、なんていうの?」
「私の名は時桜《しくら》だ」
「漢字は?」
「時間の『時』に春に咲く桜の『桜』だ」
私は時桜の言うとおりに光るペンで彼の名前を空中に書いてみる。
すると、大量の桜が時桜の周りをグルグルと囲って輝きを増していく。
しばらくすると、その桜がまたどこかへ消え去っていくと、そこには自信満々に腕を組み、仁王立ちする時桜がいた。
「うむ。ありがとう。力がみなぎってきたぞ」
時桜も私と同じペンを持っている。
「さて、まずは万葉集といこう! 詳しい話はそこで話そう!」
「げっ……」
その言葉を聞くと、私は後ずさりしてしまう。
「なに、そう構えるな。これも小説を書くためと思えばなんてことないさ」
「小説を書くため……?」
「うむ。歴史から多くのことを学ぶといい。おぬし、恋物語を書くのだろう?」
「まあ……そうね」
「ならばよい。それではまずは万葉集から触れるとするか。ほれっ」
時桜がペンを振りかざすと、真っ白な世界はいきなり知らない場所に変わった。
しかも、地上ではなく空に浮いていた。
「ぎゃあああっ! 落ちるぅううっ!」
高所恐怖症気味な私はバタバタとしてしまうが、時桜がすかさず手を握ってくれる。
「はははっ、大丈夫だ。私たちはただの傍観者だからな。あくまで『夢』なのでな。落ちたりせんよ」
「そっ、そうなのね……」
「ほら、あそこを見よ。恋のうたが生まれようとしているぞ」
《我が妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて よに忘られず》
時桜は短冊に書かれたうたを詠み、空中に勢いよく投げると、それは瞬く間に鳥に変化し、地上に向かって羽ばたいていく。
すると、鳥と一緒になって私たちも地上に近づいていく。
「わあ、すごい!」
「そうであろう」
そこには教科書で見たような、私の知らない時代の世界が広がっていた。
歴史なんて過去の出来事で、覚えることもいっぱいで難しいと思っていたのに。
こんなにも面白いものだなんて知らなかった。
恋があふれてる。
こんなにドキドキするものだったなんて。
夢まぼろしの世界に来る前の私は知らなかった。

