○バイト終わり・帰路
辺りを見回して警戒する素振りを見せる結歌。
結歌「……よし、いないね」
モノローグ:嶺くんは絶対に迎えに行くと言っていたが、丁重にお断りさせてもらった。だってまだ信用したわけじゃないし、それに……。
結歌(……夕方のことがあるから、なんか気まずいし)
モノローグ:告白されているところを見ただけでも気まずいのに、嶺くんはあろうことか告白してくれた人を放ったらかしてあたしの元に来てしまった。一応彼女だからといっても、そんなことをされた子のことを考えると複雑な気分になるので、今は二人きりになるのはなんとなく避けたいのだ。
なんて考えながら速足で歩いていると、暗がりから手が出てきて路地裏へと引き込まれる。
壁に押し付けられるように顔の横に手がつかれる。
叶愛「つ~かまえたぁ」
結歌「は、灰谷さん?」
明るい高音に驚いて見上げるとなぜかにっこりと笑みを浮かべた叶愛がいた。
叶愛「佐々良先輩~、ちょっとお話しましょうよ~」
明らかにいい話ではない雰囲気に冷や汗が流れる。
結歌「お、お話って……?」
叶愛「もちろんzeroのことですぅ。先輩はzeroのことどう思っているんですかぁ?」
結歌「ど、どうって……付き合っているから……」
叶愛「それは知っていますぅ。そうじゃなくて、ちゃんとzeroのこと好きなのかって聞いているんですぅ」
結歌「それは……」
すっと答えることができない結歌を見て、叶愛の顔から笑みが消える。
叶愛「言い切れないんですねぇ。所詮はその程度の気持ちってことですかぁ。……ならさ、別れてよ。不誠実だと思わないわけ?」
結歌「!」
蔑むような叶愛の表情に何も言い返せない。
叶愛「zeroはね、私にこそふさわしいと思うんですよぉ。だから好きでもなんでもないならさっさと別れてほしいわけ。できるでしょ?」
結歌(確かに嶺くんのこと好きかと聞かれたら即答なんてできない。そんな状態で付き合っているなんて、彼のことを好きな人からしたら最低なことだと思う。……でも)
ちらりと叶愛の様子を伺う結歌。
結歌「……灰谷さんは嶺くんのどんなところが好きなの?」
叶愛「そんなの決まってるわ。顔がよくて有名人で、彼氏にしたら自慢できるからよ!」
結歌「――……だとしたら、あなたの為に嶺くんと別れるなんてできない」
叶愛「は?」
きっと叶愛を睨む。
結歌「だって灰谷さん、嶺くんのことちゃんと見ていないもん」
モノローグ:灰谷さんが好きなのはzeroというブランドであって、嶺くん自身ではない。結歌「確かに好きかどうか即答できない彼女は自分でも最低だと思うよ。でも少なくとも、あなたよりはちゃんと向き合っていると思う」
モノローグ:正直に言えば、嫌なところばかりが悪目立ち……というか企画外過ぎてどう接したらいいか分からないけれど……。それでもあたしは嶺くんを嶺くんとして見ている。アクセサリー感覚で傍に侍らせようとしている人よりはましなはずだ。
結歌に口答えされたのが癪に障ったらしく、叶愛は眉を吊り上げた。
叶愛「うっざ。なんなわけアンタ。そんな風に言うなら優しくしてやらない」
ポケットからカッターを取り出し、結歌につきつけた。
叶愛「頷かないなら頷けるように手伝ってあげる」
結歌「……!」
振り上げられたカッターが見えて目を瞑る。けれどいつまで経っても服も肌も裂かれる気配はない。
恐る恐る目を開けると、叶愛の腕を掴み上げ静かな怒気を浮かべる嶺がいた。
結歌「……れい、くん」
嶺「結歌ちゃん、大丈夫?」
驚いて固まっている結歌よりも、叶愛の方が狼狽える。
叶愛「ち、違うのzero! 私は――!」
嶺「うるさい。黙れ」
ピシャリと言い放ち叶愛の腕をひねり上げると、手からカッターが落ちた。
叶愛「い、痛っ……!」
嶺「よくも結歌ちゃんに怖い思いをさせてくれたな」
叶愛「っひ!」
聞いたこともないドスの効いた低い声が地面を這うように響き、殺気に当てられた叶愛は涙目になる。
嶺「引き裂いて獣の餌にしてやろうか? それともこのまま首をへし折ってやろうか?」
結歌「嶺くん、ダメッ!」
嶺ならやりかねないと慌てて腕にしがみ付き止めに入る結歌。
結歌「あたしなら大丈夫だから、お願い。止まって」
嶺「……結歌ちゃんがそう言うのなら」
ほっと息をついて、恐怖で震える叶愛に目線を合わせる。
結歌「嶺くんは御覧の通り、ヤバいところがある。だからあなたの理想にはなれないと思う。残念だけど諦めて」
叶愛「……! そんな冗談抜きにヤバいやつ、こっちから願い下げよ!」
捨て台詞を吐いて逃げ去っていく叶愛を見送る。
少しすると安心したのか力が抜けてへたり込んでしまう。
嶺「結歌ちゃん!」
結歌「……こ、怖かった」
今になって刃物を突き付けられた恐怖があふれ出し、反応して黒いモヤが近寄ってくるのが見えた。
結歌(どうしよう……。不安や恐怖心が抑えられない)
気持ちを落ち着けようとしても余計に震えてしまいうまくいかない。
嶺「ごめん結歌ちゃん。少しだけ触れるね」
嶺はそう言うと結歌の手に自分の手を重ねた。
結歌「っ、なに……?」
嶺「こうすると温かいでしょ。大丈夫。オレがついている。あれは寄ってこられないから安心して」
とびきり優しくほほ笑む嶺。たったそれだけなのに恐怖心が和らいでいくのが分かり、目を閉じる。
結歌(……温かい)
モノローグ:嶺くんが触れた所から温もりが伝わり、凍り付いた心が溶かされていく。……嶺くんが来てくれて、安心している自分がいた。



