○一樹の家のキッチン
キッチンに立つ詩織を、背後から囲うように立つ一樹。
二人の前にはグラスがいくつも並んでいる。
詩織(もう、なんでこんなことに――!?)
○朝。詩織の家。
スマホを見てため息をつく詩織。
「ゼミの忘年会のお知らせ」が届いている。
しかも、『先生が今年で退任だからみんな参加しよう!』と書いてあり、断るのも憚れる内容。
詩織(行きたくないなあ……)
◯午後。一樹の家
いつもより暗い顔で詩織がリビングを掃除している。一樹はソファに座っている。
一樹が電話をしている。電話口の相手はなにやらヒステリックに怒っている様子。
『今日も在宅ですか!?決済が溜まってるんですけど』という声が聞こえてくる。
一樹「夜、出社してるだろ。印鑑が必要な書類は置いておいて」
一樹、そう言いながらも詩織のことが気になる。
一樹「じゃあよろしく」
電話口の相手はまだ何か言っているが、一樹は通話を終わらせてしまう。
一樹「……村瀬さん、村瀬さん!」
詩織、何度か呼ばれたところでようやく気づき、
詩織「っ?!す、すみません!」
一樹が心配そうな顔で覗き込んでいる。
一樹「ううん。何かあった?」
詩織「いえ」
一樹「ふうん。真面目な村瀬さんは何もなくても雇用人に呼ばれて気づかないのかな…?」
じっと見つめられ、目を逸らす詩織。
詩織「仕事中にぼーっとしてしまって、申し訳ありません」
一樹「それはいいの。でも何かあったなら心配だから、話してほしい」
詩織「大したことじゃないんです」
一樹「へえ。大したことじゃないなら言えるよね?」
一樹の顔が迫ってくる。
詩織「言いますから!あのゼミの忘年会があるから参加してって連絡が来て。さすがに断りづらいから行くんですけど、憂鬱だなあって」
一樹、ああと納得しながら
一樹「そっか。断らないで行くなんて偉いね」
詩織「教授が今年で退任なんです。それで、最後の忘年会だって楽しみにしてるみたいで」
一樹「なるほど。飲まないではいられない空気なの?」
詩織「どうでしょうか。無理やり飲まされることはないと思うんですけど、一杯くらいは付き合いで……」
はあ、とため息をつく詩織。
一樹「そんなに苦手なんだ……。ごめんね。この前、無理にすすめて」
詩織「いえ。その飲めなくないので。でも……」
詩織、父の酒癖の悪さに困った記憶を改めて思い返す。
モノローグ:普段は優しいから余計にお酒を飲んだ後の父が嫌だった……。
特に気が大きくなって他人に気前よく振る舞って。その度に私たち家族に皺寄せが来る。
大学進学の費用を人にあげてしまった、と言われたとき、さすがに頭に来て、私は家を出た。
それ以来、実家には近寄っていないけれど……。
詩織、深くため息をつく。
すると何やら考え込んだ一樹が、ぽん、と手を打つ。
一樹「それって、会場決まってるのかな?」
詩織「え、さあ……」
一樹「聞いてみて」
有無を言わさぬ強さで言われ、スマホを取り出す詩織。
すぐにピコンと返信があり
詩織「まだみたいです。一応出欠取ってから決めるって」
一樹、それを聞いて笑みを深め
一樹「じゃあ、うちの店でやったらどうかな」
詩織「え……?」
一樹「お酒のメニュー、前もって説明できるから、当日飲みやすいのを選べばいいし。こっそり薄めに作ってもらうように根回しするよ」
詩織「そんな」
一樹「それに俺の心配も減るし、ね?」
言い聞かせるようにぽん、と肩を叩く一樹。
一樹「それに今から予約取るのも大変だと思うよ」
詩織「た、確かに……」
一樹「はい、じゃあ連絡して。村瀬さんの大学から近いところだと……ここはどうかな」
一樹がスマホを見せてくる。
高すぎず安すぎず、学生にもお馴染みの居酒屋が表示されている。
詩織「でも……」
一樹「ここじゃいや?」
詩織「いえ!(リーズナブルなのにおしゃれなところだからみんな喜びそう……)」
一樹「じゃあ、幹事の子に連絡して。仮押さえしちゃうから」
一樹は言うや否や電話をかけ始める。
詩織は慌ててメッセージを打ち始める。
その背後で一樹が「もしもし?◯◯店の席押さえたいんだけど。日時は――」と指示を出している。
詩織(すごい……社長さんって感じ)
電話する一樹を見ながら、胸が高鳴る詩織。
モノローグ:三嶋さんが予約してくれたお店を伝えると、幹事の子は大喜びだった。なぜか私の株まで上がってしまった。そして――。
◯一樹の家。キッチン
一樹「よし、じゃあ村瀬さんが飲みやすいお酒を選ぼう」
詩織「は、はい……」
一樹「まず、店で扱ってる瓶ビールはこれね」
一樹がグラスに少しだけビールを注ぐ。
ごくり、と喉を鳴らしてからひとくち口に含む。
詩織「う……苦い、です」
一樹「ははは。まあね。乾杯で出たら口だけ付ければいいんじゃないかな。実は乾杯用に小さいグラスを用意してあるんだ。最初それを出してもらうように伝えておくね」
詩織「ありがとうございます……」
一樹「じゃあまずはウーロンハイ。甘いお酒だとするする飲めちゃうから、こっちの方がいいんじゃないかな」
一樹は焼酎とペットボトルの中身を素早く混ぜて、詩織の前に差し出す。
詩織、ひと口飲んで
詩織「……飲めることは飲めます。美味しいとまでは思わないですけど」
一樹「あとはハイボールとか」
詩織、また飲んで
詩織「こっちの方が濃い……ですか?」
一樹「そうだね。ウイスキーが濃いから」
詩織「でも味はハイボールの方が好き、かも」
一樹「カシスオレンジとか梅酒も飲む?」
詩織「いえ。飲みすぎちゃいそうなお酒はやめておきます」
一樹「あとはワインとか日本酒だけど……教授の好きなお酒はなんだろう?」
詩織「赤ワインが好きって話してたことがあったような……」
一樹「赤ワインか。じゃあうちだとこれがおすすめだから、教授が迷ってたら教えてあげて。わりとリーズナブルで美味しいと思うよ」
一樹、ワインセラーから取り出したボトルとグラスを手に戻ってくる。
詩織の背後に立ち、後ろから抱きしめるような体勢に。
しかし詩織には決して触れず、器用にワインを注ぐ。
一樹「はい、どうぞ」
ワインを差し出され、芳醇な香りに思わず顔を顰め、手元がすべりそうになる。
一樹「おっと。大丈夫?」
グラスを掴んでくれた一樹が、安心させるように近寄る。
しかし耳元で囁かれ、身体が震える詩織。
詩織「三嶋さん、近い、です……っ」
一樹「やめとこうか」
一樹はグラスを引きかけるが、詩織は首を横に振る
詩織「いえ。せっかくなので」
詩織の決意した表情を見て、一樹はグラスを握らせるが空いた手をカウンターについたことで、二人の距離はさらに縮まる。
詩織の手の中でグラスが揺れる。
一樹、詩織の手の上から重ねてグラスを握り、
一樹「危ない。溢れちゃうよ」
詩織(三嶋さんのせい、なのに……!)
詩織「あの……!」
詩織が言いながら振り返ると、すぐ近くに一樹の顔のアップ。
キスしそうなほどの距離。
じっと見下ろす一樹の瞳に、詩織の姿が映っている。
真剣な瞳の一樹を見て、詩織の心が震える。
詩織が恋に落ちた瞬間だった。
キッチンに立つ詩織を、背後から囲うように立つ一樹。
二人の前にはグラスがいくつも並んでいる。
詩織(もう、なんでこんなことに――!?)
○朝。詩織の家。
スマホを見てため息をつく詩織。
「ゼミの忘年会のお知らせ」が届いている。
しかも、『先生が今年で退任だからみんな参加しよう!』と書いてあり、断るのも憚れる内容。
詩織(行きたくないなあ……)
◯午後。一樹の家
いつもより暗い顔で詩織がリビングを掃除している。一樹はソファに座っている。
一樹が電話をしている。電話口の相手はなにやらヒステリックに怒っている様子。
『今日も在宅ですか!?決済が溜まってるんですけど』という声が聞こえてくる。
一樹「夜、出社してるだろ。印鑑が必要な書類は置いておいて」
一樹、そう言いながらも詩織のことが気になる。
一樹「じゃあよろしく」
電話口の相手はまだ何か言っているが、一樹は通話を終わらせてしまう。
一樹「……村瀬さん、村瀬さん!」
詩織、何度か呼ばれたところでようやく気づき、
詩織「っ?!す、すみません!」
一樹が心配そうな顔で覗き込んでいる。
一樹「ううん。何かあった?」
詩織「いえ」
一樹「ふうん。真面目な村瀬さんは何もなくても雇用人に呼ばれて気づかないのかな…?」
じっと見つめられ、目を逸らす詩織。
詩織「仕事中にぼーっとしてしまって、申し訳ありません」
一樹「それはいいの。でも何かあったなら心配だから、話してほしい」
詩織「大したことじゃないんです」
一樹「へえ。大したことじゃないなら言えるよね?」
一樹の顔が迫ってくる。
詩織「言いますから!あのゼミの忘年会があるから参加してって連絡が来て。さすがに断りづらいから行くんですけど、憂鬱だなあって」
一樹、ああと納得しながら
一樹「そっか。断らないで行くなんて偉いね」
詩織「教授が今年で退任なんです。それで、最後の忘年会だって楽しみにしてるみたいで」
一樹「なるほど。飲まないではいられない空気なの?」
詩織「どうでしょうか。無理やり飲まされることはないと思うんですけど、一杯くらいは付き合いで……」
はあ、とため息をつく詩織。
一樹「そんなに苦手なんだ……。ごめんね。この前、無理にすすめて」
詩織「いえ。その飲めなくないので。でも……」
詩織、父の酒癖の悪さに困った記憶を改めて思い返す。
モノローグ:普段は優しいから余計にお酒を飲んだ後の父が嫌だった……。
特に気が大きくなって他人に気前よく振る舞って。その度に私たち家族に皺寄せが来る。
大学進学の費用を人にあげてしまった、と言われたとき、さすがに頭に来て、私は家を出た。
それ以来、実家には近寄っていないけれど……。
詩織、深くため息をつく。
すると何やら考え込んだ一樹が、ぽん、と手を打つ。
一樹「それって、会場決まってるのかな?」
詩織「え、さあ……」
一樹「聞いてみて」
有無を言わさぬ強さで言われ、スマホを取り出す詩織。
すぐにピコンと返信があり
詩織「まだみたいです。一応出欠取ってから決めるって」
一樹、それを聞いて笑みを深め
一樹「じゃあ、うちの店でやったらどうかな」
詩織「え……?」
一樹「お酒のメニュー、前もって説明できるから、当日飲みやすいのを選べばいいし。こっそり薄めに作ってもらうように根回しするよ」
詩織「そんな」
一樹「それに俺の心配も減るし、ね?」
言い聞かせるようにぽん、と肩を叩く一樹。
一樹「それに今から予約取るのも大変だと思うよ」
詩織「た、確かに……」
一樹「はい、じゃあ連絡して。村瀬さんの大学から近いところだと……ここはどうかな」
一樹がスマホを見せてくる。
高すぎず安すぎず、学生にもお馴染みの居酒屋が表示されている。
詩織「でも……」
一樹「ここじゃいや?」
詩織「いえ!(リーズナブルなのにおしゃれなところだからみんな喜びそう……)」
一樹「じゃあ、幹事の子に連絡して。仮押さえしちゃうから」
一樹は言うや否や電話をかけ始める。
詩織は慌ててメッセージを打ち始める。
その背後で一樹が「もしもし?◯◯店の席押さえたいんだけど。日時は――」と指示を出している。
詩織(すごい……社長さんって感じ)
電話する一樹を見ながら、胸が高鳴る詩織。
モノローグ:三嶋さんが予約してくれたお店を伝えると、幹事の子は大喜びだった。なぜか私の株まで上がってしまった。そして――。
◯一樹の家。キッチン
一樹「よし、じゃあ村瀬さんが飲みやすいお酒を選ぼう」
詩織「は、はい……」
一樹「まず、店で扱ってる瓶ビールはこれね」
一樹がグラスに少しだけビールを注ぐ。
ごくり、と喉を鳴らしてからひとくち口に含む。
詩織「う……苦い、です」
一樹「ははは。まあね。乾杯で出たら口だけ付ければいいんじゃないかな。実は乾杯用に小さいグラスを用意してあるんだ。最初それを出してもらうように伝えておくね」
詩織「ありがとうございます……」
一樹「じゃあまずはウーロンハイ。甘いお酒だとするする飲めちゃうから、こっちの方がいいんじゃないかな」
一樹は焼酎とペットボトルの中身を素早く混ぜて、詩織の前に差し出す。
詩織、ひと口飲んで
詩織「……飲めることは飲めます。美味しいとまでは思わないですけど」
一樹「あとはハイボールとか」
詩織、また飲んで
詩織「こっちの方が濃い……ですか?」
一樹「そうだね。ウイスキーが濃いから」
詩織「でも味はハイボールの方が好き、かも」
一樹「カシスオレンジとか梅酒も飲む?」
詩織「いえ。飲みすぎちゃいそうなお酒はやめておきます」
一樹「あとはワインとか日本酒だけど……教授の好きなお酒はなんだろう?」
詩織「赤ワインが好きって話してたことがあったような……」
一樹「赤ワインか。じゃあうちだとこれがおすすめだから、教授が迷ってたら教えてあげて。わりとリーズナブルで美味しいと思うよ」
一樹、ワインセラーから取り出したボトルとグラスを手に戻ってくる。
詩織の背後に立ち、後ろから抱きしめるような体勢に。
しかし詩織には決して触れず、器用にワインを注ぐ。
一樹「はい、どうぞ」
ワインを差し出され、芳醇な香りに思わず顔を顰め、手元がすべりそうになる。
一樹「おっと。大丈夫?」
グラスを掴んでくれた一樹が、安心させるように近寄る。
しかし耳元で囁かれ、身体が震える詩織。
詩織「三嶋さん、近い、です……っ」
一樹「やめとこうか」
一樹はグラスを引きかけるが、詩織は首を横に振る
詩織「いえ。せっかくなので」
詩織の決意した表情を見て、一樹はグラスを握らせるが空いた手をカウンターについたことで、二人の距離はさらに縮まる。
詩織の手の中でグラスが揺れる。
一樹、詩織の手の上から重ねてグラスを握り、
一樹「危ない。溢れちゃうよ」
詩織(三嶋さんのせい、なのに……!)
詩織「あの……!」
詩織が言いながら振り返ると、すぐ近くに一樹の顔のアップ。
キスしそうなほどの距離。
じっと見下ろす一樹の瞳に、詩織の姿が映っている。
真剣な瞳の一樹を見て、詩織の心が震える。
詩織が恋に落ちた瞬間だった。



