溺愛社長は秘密の恋をあたためる

○朝。一樹の家の前。
詩織(うう……気まずい)

○回想:前回の帰り際。一樹の家。

一樹「きみのことをクビにするなんてありえない。まあもしきみが俺の恋人になってくれるなら、家政婦としてはクビになるけれど」
詩織「な、なにを……!」
一樹の顔が迫ってくるが、詩織が顔をそむける。
一樹はふっと笑って、詩織の前髪に唇で触れる。
詩織「!?」
一樹「これ以上はやめておきます。でも俺の気持ちだけは伝えておきたくて」
詩織「な、なにを……」
一樹「あなたのことが好きだと」
詩織「そ、そんな急に……」
一樹「急……か、そうかもしれない」
一樹は寂しげな笑みを浮かべる。
しかしすぐに表情を引き締める。
一樹「でも、本気だから」
詩織「っ」
一樹、じっと詩織を見つめる。

○現在:一樹の家の前。
詩織(冗談だったのかも。揶揄われたとか……。だって出会ったばかりだし、私のことだって何も知らないはず……)
突然がちゃりと玄関のドアが開いて、一樹が顔を覗かせる。
詩織「!?」
一樹「おはよう」
詩織「お、おはようございます」
一樹「そろそろかなと思ったんだ。どうぞ」
詩織「……お邪魔します(向けられる目が甘い……)」

○一樹の家のリビング
一樹「そういえばこの前話した、追加で頼みたい部屋なんだけど」
詩織「はい」
一樹「俺が個人的に頼んでもいいかな?会社を経由すると村瀬さんの取り分が少なくなるでしょう?」
詩織「え……(それは有難いけど)」
一樹「本当は今の家事も全部個人契約にしたいんだけど。それは追々、ね?」
含んだ笑みを向けられる。
詩織が黙っていると、
一樹「嫌かな。その……この前告白してしまったし」
詩織「え!?」
驚いて一樹を見上げる詩織。
一樹もその詩織の反応にきょとんと首を傾げている。
一樹「どうしたの?」
詩織「いえ、その冗談かと……」
一樹「まさか。冗談でそんなこと言うわけないでしょう」
詩織(と言われても……)
一樹「あ、でも安心して。無理やり迫るようなことはしないから。俺、一応大人だし」
詩織「……」
一樹「ちゃんと村瀬さんに俺のことを振り向いてもらえるよう、頑張るから」
詩織(だから、なんで!?)
ストレートな宣言に詩織の顔が赤くなる。

モノローグ:三嶋さんの提示してくれた条件は破格ともいうもので……。私は結局、一部の仕事に関して個人契約を結んだ。
大学進学と同時に実家を出た。もちろん親からの援助なんて当てにできないから、ボロアパート、友達と出かけることもほとんどない。切り詰めて生活はなんとかなっているけれど、卒業後に待っている奨学金の返済を考えると、お金はいくらあっても良い。

詩織、ちらりと一樹の顔を見る。
詩織(いったい何を考えているのかよくわからないけれど、お金持ちであることは間違いないわけだし……)

モノローグ:追加の仕事は、主に書籍や書類の分類だった。

詩織(すごい本……)

使われていない部屋に埋め尽くされた本を、仕訳けしながら
詩織(三嶋さんはゆっくりやってくれればいいよ、と言ってくれたけど……。確かに、簡単には終わらなそう)

一樹が詩織の作業している部屋を覗く。
一樹「村瀬さん、休憩しない?」

リビングで、また同じように座る二人。
今日は大きなクッキー缶が置かれている。開けて「わあ……」と顔が綻ぶ詩織。
その姿を一樹は嬉しそうに見ている。

一樹「お客様にもらったんだ。とても食べきれないから」
詩織「いいんですか?お店のスタッフさんとか」
一樹「もうひとついただいたから大丈夫」
詩織「美味しそう……」
一樹「いっぱい食べて」

クッキーを頬張る詩織。
詩織(この前のケーキもだけど……お菓子なんて滅多に買えないからありがたい)

一樹「ん。美味しいね」
詩織「はい。バターの香りがすごいです」
一樹「村瀬さんは、感想が的確だね」
詩織「え、そんなことないです……」
一樹「素材までちゃんと味わってるんだなって感じるよ」
詩織「そうでしょうか」
一樹「いつか、うちの店でも食べてほしいな。感想がほしいから」
詩織「とんでもないです。きっと全部美味しいですから、それしか言えないですよ」
一樹「そうだといいんだけどね。村瀬さんは、どんな食べ物が好き?洋食と和食ならどっち、とか」
詩織「どっちも好きですけど……和食ですかね」
一樹「ん、わかった」
詩織(食べにいくなんて絶対ないだろうから、まあいいか)
一樹「ああでも、村瀬さんの料理が美味しいから、わざわざ出かける気なんて、なくなっちゃうね」
微笑んだ一樹が身を乗り出す。
詩織(え!?)
一樹の手が伸びてきて、詩織の口元についたクッキーのかけらを拭う。
詩織は驚いて固まっている。
一樹「ついてたよ」
一樹はその指をそのまま自分の口元へ運ぶ。
その動きに、詩織の顔が真っ赤に染まる。
一樹「ん。甘いね」
詩織「な……!」
一樹が余裕の笑みを浮かべる。