推しと奏でる、私たちの唄 〜ドS天才歌手の隣は甘くて難しい〜


 そのとき。

 前方に、小さな洋菓子店の看板が見えた。

 「あっ……!
 たぶん、あれです。あの店」

 「……じゃあ、寄るか」

 ウインカーが点き、車がゆっくり減速する。

 なんとなく見覚えがある、やっぱりここだ。

 駐車場に車が停まると、シートベルトに手をかけた。

 「買ってくるので、待っていて下さい」

 「あぁ」

 (――もう聞いちゃだめだ)

 山の麓の小さな店。
 灯里は買いすぎたエクレアを箱ごと抱えて車へ戻る。


 「た、たくさん買っちゃいました……」

 「見たら分かる」

 夏が笑った。その笑顔に安心した。
 車が再び走り出す。

 「夏さんの分もたくさんあるので、曲作りの時に食べてくださいね。チョコ好きですよね」

 「あぁ。ありがとう」

 そこで、灯里のお腹が盛大に鳴った。

 「……腹減ったみたいだな」

 「す、すみません」

 ーー恥ずかしすぎる。

 夏は通り沿いの道にある、人気のない公園の駐車場に車を停めた。
 そして、辺りを気にすると、サングラスをかけて変装したまま車を降りてーー後部座席に乗り込んできた。

 「え?な、夏さん?!」

 「今食べれば」

 実はお店で選んでる時から既に食べたかった。

 「いただきます……」

 かぶりついた灯里の口元にクリームがつく。

 夏の手が灯里の口元に触れた。


 「……ほら」


 夏は指でそっとクリームを拭い、
 ーーーそのまま舐めた。



 「っ……!」

 「簡単に食われんなよ」

 「“食われる”って、どういう──」



 夏の顔が近づく。