推しと奏でる、私たちの唄 〜ドS天才歌手の隣は甘くて難しい〜


 しばらく沈黙が続いた後、灯里は夏に後ろから話しかける。

 「あの、どこへ……?」

 「山。」

 ……え、
 今から夏さんと2人で山行くの?!
  
 「えっと…
 今日、曲を作っておられたんですよね。
 “走り出したくなる感じ”の……。
 それで、車に?」

 「あぁ。実際に乗って感じてみようと思って」

 それで、どうして私も一緒に行くんだろう。


 「灯里は、どんな時に走り出したくなる?」

 「えっ。」

 突然振られて、言葉に詰まる。
 もしかして、一般人の感覚を知りたいのかな?一般人代表として呼ばれた?


 「別に、正解とかないけど。」

 「……そうですね……。
 私、昔から ライブの開演前とか……
 “早く行きたい!”って、
 駅から会場まで小走りしたくなります。」

 「ライブね。」

 「はい。
 開演前のSEが鳴った瞬間、
 心がバーッて前に走り出したくなる感じで……。」

 しまった、と途中で口をつぐむ。

 (オタク語りしちゃった……!)

 それが、しかも、Shorelineのライブだとは言わなかったけど。


 「すみません、こういうことじゃないですよね。車の話ですもんね……。」

 灯里が慌てると、夏がフッと笑った声が聞こえた。
 運転中、夏の表情は後部座席にいる灯里からは見えなかった。

 「俺は。」

 「え?」

 「どこに行くかより、
 “誰と走りたいか”かな。」

 「…………。」

 それで私を誘ってくれたんですか?
 …って、そんなわけないし!

 この人私のこと揶揄って遊んでるドSだ。