あっという間に結婚式は終わり、初夜。
「ほんとにするのかな……」
今近くに誰かがいたら心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うぐらい、さっきから動悸がおさまらない。稽古続きで男性経験のないエメリは閨の知識にも乏しい。母親が早くに亡くなり、教えてくれる人がいなかったことも大きい。エメリよりも興奮している双子の侍女は、結婚式の比じゃないぐらいに全身を磨いてテロテロの頼りない夜着を着せてキャッキャと出て行った。大きなベッドに一人ちょこんと正座して待っているけれど、魔王はいつ頃来るのだろうか。王国に逃げ帰るなんてことはしないから、せめてエメリ用に用意された部屋に戻りたい。そう思ったときだった。
「お待たせ」
「ひっ」
ガチャリと扉が開き、魔王が寝室に足を踏み入れた。結婚式では後ろに撫で付けられていた髪は下ろされて、湯上がりなのかしっとり濡れている。背中から触手は生えていない。ベッドに上がるとエメリの正面にあぐらをかいて座り、両手を繋いできた。愛おしそうに触れる手つきはプロポーズしてきた時と同じで、火傷しそうなぐらいに熱い。にぎにぎと感触を楽しみながら、時折指輪に触れている。「サイズ合っててよかった」とポツリと呟いたのが聞こえたけれど、「あ、うん……」としか返せなかった。俯いた髪の隙間から丸い耳が覗いていて、ほんの少し赤い。
「それ、リリとリムが着せたの?」
「あ、うん」
「ふうん……似合うね」
「あっ、えっ……ど、どうも」
双子がそれはもう楽しそうに着付けてくれたのだ、似合っていてよかったと思ったけれど、それ以上何を言えばいいのか。魔王の方も何も言わない。一応褒めておこうと、社交辞令感覚で口にしたのだろうか。何もわからない。気まずい空気に耐えられず、口火を切ったのはエメリの方からだった。
「あの……」
「なあに?」
「き、今日って、その、するの?」
「何を?」
「えっと、初夜を……」
握られた手に力が込められたかと思えば、弾かれたように魔王は顔を上げる。予想はしていたけれど、それ以上に顔が赤い。眉を下げた魔王は明らかに動揺しているようだ。
「しないの?」
「えっ」
「しちゃだめ? エメリがどうしてもしたくないならやめる、けど」
僕はできればしたいっていうか……ともにょもにょ言う姿はやはり魔王らしくない。魔王はもっと邪智暴虐で、人間の小娘の意思なんて尊重しないのだと思っていた。ここまで丁寧に扱う必要はきっとなくて、何も聞かずに手篭めにすることだってできるはずなのに。困惑して黙り込むエメリに、「エメリ?」と呼びかける。
「私は人質だから……魔王には逆らわないよ」
「人質じゃなくて家族なんだけど」
むう、と頬をふくまらせて不満げにする魔王。まだ家族になっただのなんだのと言っているらしい。魔族と人間が家族になるのがどれだけ非現実的なのか、魔王なのにわからないものなのだろうか。
「それに僕の呼び方」
「え」
「魔王じゃなくてさ、ニグラスって呼んでよ」
「な、名前で?」
「名前で呼ぶの嫌? それならクロでもいいよ」
「クロ?」
「髪の毛とか、黒いでしょ?」
そんな犬の名前のような呼び名でいいのだろうか。魔族の代表がペットよろしく「クロ」などと本名に擦りもしないあだ名で呼ばれるのは沽券に関わるのではなかろうか。緊張気味に、「に、ニグラス」と呼ぶと、「はぁい」と目を細める。名前を呼ぶ、たったそれだけのことなのに大袈裟なぐらい嬉しそうにする。心臓のあたりがどうしようもなくむず痒くなった。
「エメリの手は小さいね」
両手で握っていたのが、いつの間にか手のひらを合わせられている。魔王の手はエメリの手よりも一回りほど大きい。マメだらけでカサついた手は、双子が入念にクリームを塗ってくれたけれど、それでどうにかなるわけもない。決して女の子らしい手とは言えない手がなんとなく恥ずかしくなって引っ込めようとするけれど、その前に指を絡められる。そのまま引っ張られたかと思えば、あっさり体勢を崩してニグラスの胸に飛び込むようになってしまった。
「抱きしめてもいい?」
もうほとんど抱きしめているようなものなのに、と思ったけれど。耳元で囁くようにして尋ねられてはそんなまぜっ返すようなことは言えない。「ど、どうぞ」と返すと腰に腕が回り、気づけばあぐらをかいた足の間に囚われていた。
「いい匂い」
「か、嗅がないで」
「えー? やなの?」
「恥ずかしいから……」
「これからもっと恥ずかしいことするのに?」
「えっ!?」
仰け反って距離を取ろうとするけれど、腰に回った腕のせいで離れることができない。渦巻く金色の瞳がエメリを逃さない。手のひらが頬に添えられる。「キスしていい?」だなんて、いっそ聞かないでほしかった。首を横に振ったとして、聞いてもらえるはずないのだから。
こくりと小さく頷くと、後頭部に手が回りゆっくりと唇が触れる。柔らかい。キスなんてしたことないけれど、人間も魔族も唇は同じように柔らかいのだろうか。ほんの一瞬で唇は離れ、ニグラスがエメリを見下ろす。腰を掴む手も、撫でるように頭に添えられた手も、熱があるのではないかと疑ってしまうほどに熱い。頬はこれ以上ないぐらい真っ赤に染まっていて、魔王なのにキスぐらいで照れるんだ、と思ったけれど、エメリもきっと人のことは言えない。自分の顔の熱さに思いを馳せる前に、再び唇が触れる。
「んっ、ふむっ……」
「口開けて」
言われるがままに小さく口を開けると、ぬるりと舌が入り込む。びっくりして腰が引けたけれどやっぱり離してはもらえない。エメリが距離を取れば取るほど、空いた隙間を埋めるようにニグラスは強く抱きしめる。終いには、舌を吸われて力が抜けている間に押し倒されてしまった。ようやく口が離れたときには息も絶え絶えで、ぼーっと見上げることしかできない。
「脱がしてもいい?」
ゆるく片手を押さえつけられているだけで逃げられる気がしないのに、拒否なんてものができるはずもない。わざわざ問いかけることに意味はあるのだろうか。無言で小さく頷くと、ニグラスの手がエメリの夜着にかかる。頼りない夜着は、ニグラスからの感想を聞く前に脱がされてしまった。あっという間に裸に剥かれてしまい、心許ないのを隠すように自分を抱きしめて縮こまる。
「綺麗」
「そ、そんなわけない」
稽古続きで全身に打撲や擦り傷の痕があるし、胸だって小さい。鍛えられた甲斐あって筋肉はそこそこついているけれど、抱き心地は決してよくないだろう。だからどうということもないのだけれど、考えるとなんだか悲しくなってくる。けれど、ニグラスにとってはそんなことどうでもいいらしい。エメリの頭を撫でて目を細める。
「触っていい?」
「い、ちいち聞かなくていいよ」
「そう? どうしても嫌だったら言ってね」
それで本当にやめてくれるのか、と今日何度思ったかわからないことを思った。ニグラスの手が壊れものに触れるようにエメリの胸に触れ、やわやわと感触を確かめるように揉みしだいていく。「んっ……」と声にならないような声を漏らして耐えていると、ニグラスが屈む。
「ひぁっ!? え、あっ、な、なめっ」
乳首に吸いつかれ、思わず声が出た。気持ちいいとまでは思わないけれど、感じたことのない感触。「ん、だめだった?」と問われ、ふるふると首を横に振る。いちいち止めていたらキリがない。何も言わずに大人しくされるがままになっていた方が早く終わるだろう。なるべく声を我慢しようと、両の手のひらでパチンと口を覆う。
「んぁっ……あぅ、や、やあっ」
けれど、それで声が抑えられるはずもなかった。片方の胸は引っ掻くようにして乳首をいじめられ、もう片方は舌で吸って舐め転がされ。執拗とも言える愛撫に声が漏れ、無意識に膝の頭を擦り合わせていた。目敏くもそれに気づいたらしいニグラスは、にっこり笑ってエメリの胸元に吸い付いて跡を残す。
「物足りない?」
「ち、ちがっ」
「心配しなくても、こっちも可愛がったげるから」
そう言うと膝の間に体を割り入れ、指でこしょこしょと秘部をくすぐる。陰核をひっかかれ、ビリビリとした感覚に声が止まらない。
「あっ、あぁっ……」
「すごい濡れてる。気持ちいい?」
くちゅ、と聞こえる音は自分から出ているのだろうか。恥ずかしさのあまり首を横に振ると、「そっかあ」と残念そうな声が降ってくる。
「じゃあ気持ちよくなってもらえるように頑張らないとね」
「あっ!? あっ、だ、だめっ」
指が一本、つぷりと埋め込まれる。お腹の内側をとんとんと刺激され、ソワソワした感覚が広がっていく。水音はじゅぷじゅぷといやらしさを増していて、逃げ出したいのに抵抗すらできない。なるべく声を我慢しよう、なんて決意はどこへやら消えてしまった。
「エメリ、痛い? 大丈夫?」
「んっ、あっ……い、たく、なぃ」
「ほんと? じゃあ気持ちいい?」
痛くないことは答えられるのに、気持ちいいかは答えられない。エメリの中に僅かに残った勇者としてのプライドがそれを許さない。魔王討伐の責務を果たせなくて、流されるままに魔王と結婚して、初夜ではなす術もなく喘がされて。結婚するなら王国に手を出さないと約束してくれたけれど、果たして魔王と交わしたその約束をどこまで信じていいのだろうか。王国が今どうなっているのかもわからないのに。唇を噛み締めて、首を横に振る。今更手遅れだろうけれど、これ以上の醜態は晒したくなかった。
「……強情だなあ」
「んっ、んんっ」
「エメリは僕を倒そうと一生懸命頑張ったけど、敵わなかったから王国を守るために人質になったんでしょ?」
まあほんとは家族なんだけどね、と呟いてニグラスはエメリの頬を摘む。むに、むに、と柔く戯れるような手つきはやっぱり魔王らしくない。「だからさ、僕のせいにしていいんだよ」だなんて殊勝な台詞は、もっと魔王らしくない。
「人質は魔王に逆らえないんだっけ? だから、気持ちよくなっても誰にも怒られないよ」
「っ、そ、そんなめちゃくちゃな……」
「めちゃくちゃだよ、魔王だからね」
そう言って笑うニグラス。つい数日前は手も足も出なくて怖くてたまらなかったのに、優しく微笑まれると安心感すら覚えてしまう。王国の仇敵で、討伐しなければならない相手なのに。ニグラスは摘んでいた指を放し、頬を撫でる。慈しむような手つきに、心臓のあたりがソワソワして落ち着かない。思わず目を逸らしている間に、散々いじられたところにくちゅりと何かが添えられる。「ひえっ」と情けない声を漏らすエメリの頭を、ニグラスはふわりと撫でた。
「力抜いてね」
「あっ、んんっ……!」
熱くて大きな塊がエメリの中に押し入ってくる。体が真っ二つに裂けてしまいそうだ。力を抜こうとしても上手くできない。
――い、痛い、だめこれ、死んじゃう、むり……!
「エメリ、かわいい。かわいいね」
「あ、んぅ……」
体を屈めたニグラスに口付けられる。当たり前のように入り込んできた舌を追い出そうとする気力もない。口の中を好き勝手されているのに、気持ちよくなんてなったらいけないのに、抵抗できないのはどうしてだろうか。抵抗しようとすら思えないのは、一体どうして。夢中になってキスに応えていると、いつの間にか力が抜けていたようだ。ぱちゅ、ぱちゅ、と肉が肉を打つ音がずいぶん遠い。いつの間にか右手は指を絡めて握られていた。縋り付くように握り返すと、お腹の中に埋め込まれたものが質量を増す。苦しいけれど、痛くはない。
「好き、大好きだよエメリ」
「っ……」
唇を離したニグラスの、直球すぎるぐらい直球な言葉に思わず息を呑む。まだ会ったばかりのはずなのに、この人はどうして。
「ニグラス……」
「ん、なあに?」
名前を呼んで手を伸ばして頬に触れる、たったそれだけなのに嬉しそうに顔を綻ばせる。勇者としての責務も、王国の安否も、忘れてはならない。わかっているのに、絆されてしまいたくなるほどに声も表情も優しい。お腹の中を熱い何かが満たしていく感覚で、視界に涙が滲んだ。
「ほんとにするのかな……」
今近くに誰かがいたら心臓の音が聞こえるんじゃないかと思うぐらい、さっきから動悸がおさまらない。稽古続きで男性経験のないエメリは閨の知識にも乏しい。母親が早くに亡くなり、教えてくれる人がいなかったことも大きい。エメリよりも興奮している双子の侍女は、結婚式の比じゃないぐらいに全身を磨いてテロテロの頼りない夜着を着せてキャッキャと出て行った。大きなベッドに一人ちょこんと正座して待っているけれど、魔王はいつ頃来るのだろうか。王国に逃げ帰るなんてことはしないから、せめてエメリ用に用意された部屋に戻りたい。そう思ったときだった。
「お待たせ」
「ひっ」
ガチャリと扉が開き、魔王が寝室に足を踏み入れた。結婚式では後ろに撫で付けられていた髪は下ろされて、湯上がりなのかしっとり濡れている。背中から触手は生えていない。ベッドに上がるとエメリの正面にあぐらをかいて座り、両手を繋いできた。愛おしそうに触れる手つきはプロポーズしてきた時と同じで、火傷しそうなぐらいに熱い。にぎにぎと感触を楽しみながら、時折指輪に触れている。「サイズ合っててよかった」とポツリと呟いたのが聞こえたけれど、「あ、うん……」としか返せなかった。俯いた髪の隙間から丸い耳が覗いていて、ほんの少し赤い。
「それ、リリとリムが着せたの?」
「あ、うん」
「ふうん……似合うね」
「あっ、えっ……ど、どうも」
双子がそれはもう楽しそうに着付けてくれたのだ、似合っていてよかったと思ったけれど、それ以上何を言えばいいのか。魔王の方も何も言わない。一応褒めておこうと、社交辞令感覚で口にしたのだろうか。何もわからない。気まずい空気に耐えられず、口火を切ったのはエメリの方からだった。
「あの……」
「なあに?」
「き、今日って、その、するの?」
「何を?」
「えっと、初夜を……」
握られた手に力が込められたかと思えば、弾かれたように魔王は顔を上げる。予想はしていたけれど、それ以上に顔が赤い。眉を下げた魔王は明らかに動揺しているようだ。
「しないの?」
「えっ」
「しちゃだめ? エメリがどうしてもしたくないならやめる、けど」
僕はできればしたいっていうか……ともにょもにょ言う姿はやはり魔王らしくない。魔王はもっと邪智暴虐で、人間の小娘の意思なんて尊重しないのだと思っていた。ここまで丁寧に扱う必要はきっとなくて、何も聞かずに手篭めにすることだってできるはずなのに。困惑して黙り込むエメリに、「エメリ?」と呼びかける。
「私は人質だから……魔王には逆らわないよ」
「人質じゃなくて家族なんだけど」
むう、と頬をふくまらせて不満げにする魔王。まだ家族になっただのなんだのと言っているらしい。魔族と人間が家族になるのがどれだけ非現実的なのか、魔王なのにわからないものなのだろうか。
「それに僕の呼び方」
「え」
「魔王じゃなくてさ、ニグラスって呼んでよ」
「な、名前で?」
「名前で呼ぶの嫌? それならクロでもいいよ」
「クロ?」
「髪の毛とか、黒いでしょ?」
そんな犬の名前のような呼び名でいいのだろうか。魔族の代表がペットよろしく「クロ」などと本名に擦りもしないあだ名で呼ばれるのは沽券に関わるのではなかろうか。緊張気味に、「に、ニグラス」と呼ぶと、「はぁい」と目を細める。名前を呼ぶ、たったそれだけのことなのに大袈裟なぐらい嬉しそうにする。心臓のあたりがどうしようもなくむず痒くなった。
「エメリの手は小さいね」
両手で握っていたのが、いつの間にか手のひらを合わせられている。魔王の手はエメリの手よりも一回りほど大きい。マメだらけでカサついた手は、双子が入念にクリームを塗ってくれたけれど、それでどうにかなるわけもない。決して女の子らしい手とは言えない手がなんとなく恥ずかしくなって引っ込めようとするけれど、その前に指を絡められる。そのまま引っ張られたかと思えば、あっさり体勢を崩してニグラスの胸に飛び込むようになってしまった。
「抱きしめてもいい?」
もうほとんど抱きしめているようなものなのに、と思ったけれど。耳元で囁くようにして尋ねられてはそんなまぜっ返すようなことは言えない。「ど、どうぞ」と返すと腰に腕が回り、気づけばあぐらをかいた足の間に囚われていた。
「いい匂い」
「か、嗅がないで」
「えー? やなの?」
「恥ずかしいから……」
「これからもっと恥ずかしいことするのに?」
「えっ!?」
仰け反って距離を取ろうとするけれど、腰に回った腕のせいで離れることができない。渦巻く金色の瞳がエメリを逃さない。手のひらが頬に添えられる。「キスしていい?」だなんて、いっそ聞かないでほしかった。首を横に振ったとして、聞いてもらえるはずないのだから。
こくりと小さく頷くと、後頭部に手が回りゆっくりと唇が触れる。柔らかい。キスなんてしたことないけれど、人間も魔族も唇は同じように柔らかいのだろうか。ほんの一瞬で唇は離れ、ニグラスがエメリを見下ろす。腰を掴む手も、撫でるように頭に添えられた手も、熱があるのではないかと疑ってしまうほどに熱い。頬はこれ以上ないぐらい真っ赤に染まっていて、魔王なのにキスぐらいで照れるんだ、と思ったけれど、エメリもきっと人のことは言えない。自分の顔の熱さに思いを馳せる前に、再び唇が触れる。
「んっ、ふむっ……」
「口開けて」
言われるがままに小さく口を開けると、ぬるりと舌が入り込む。びっくりして腰が引けたけれどやっぱり離してはもらえない。エメリが距離を取れば取るほど、空いた隙間を埋めるようにニグラスは強く抱きしめる。終いには、舌を吸われて力が抜けている間に押し倒されてしまった。ようやく口が離れたときには息も絶え絶えで、ぼーっと見上げることしかできない。
「脱がしてもいい?」
ゆるく片手を押さえつけられているだけで逃げられる気がしないのに、拒否なんてものができるはずもない。わざわざ問いかけることに意味はあるのだろうか。無言で小さく頷くと、ニグラスの手がエメリの夜着にかかる。頼りない夜着は、ニグラスからの感想を聞く前に脱がされてしまった。あっという間に裸に剥かれてしまい、心許ないのを隠すように自分を抱きしめて縮こまる。
「綺麗」
「そ、そんなわけない」
稽古続きで全身に打撲や擦り傷の痕があるし、胸だって小さい。鍛えられた甲斐あって筋肉はそこそこついているけれど、抱き心地は決してよくないだろう。だからどうということもないのだけれど、考えるとなんだか悲しくなってくる。けれど、ニグラスにとってはそんなことどうでもいいらしい。エメリの頭を撫でて目を細める。
「触っていい?」
「い、ちいち聞かなくていいよ」
「そう? どうしても嫌だったら言ってね」
それで本当にやめてくれるのか、と今日何度思ったかわからないことを思った。ニグラスの手が壊れものに触れるようにエメリの胸に触れ、やわやわと感触を確かめるように揉みしだいていく。「んっ……」と声にならないような声を漏らして耐えていると、ニグラスが屈む。
「ひぁっ!? え、あっ、な、なめっ」
乳首に吸いつかれ、思わず声が出た。気持ちいいとまでは思わないけれど、感じたことのない感触。「ん、だめだった?」と問われ、ふるふると首を横に振る。いちいち止めていたらキリがない。何も言わずに大人しくされるがままになっていた方が早く終わるだろう。なるべく声を我慢しようと、両の手のひらでパチンと口を覆う。
「んぁっ……あぅ、や、やあっ」
けれど、それで声が抑えられるはずもなかった。片方の胸は引っ掻くようにして乳首をいじめられ、もう片方は舌で吸って舐め転がされ。執拗とも言える愛撫に声が漏れ、無意識に膝の頭を擦り合わせていた。目敏くもそれに気づいたらしいニグラスは、にっこり笑ってエメリの胸元に吸い付いて跡を残す。
「物足りない?」
「ち、ちがっ」
「心配しなくても、こっちも可愛がったげるから」
そう言うと膝の間に体を割り入れ、指でこしょこしょと秘部をくすぐる。陰核をひっかかれ、ビリビリとした感覚に声が止まらない。
「あっ、あぁっ……」
「すごい濡れてる。気持ちいい?」
くちゅ、と聞こえる音は自分から出ているのだろうか。恥ずかしさのあまり首を横に振ると、「そっかあ」と残念そうな声が降ってくる。
「じゃあ気持ちよくなってもらえるように頑張らないとね」
「あっ!? あっ、だ、だめっ」
指が一本、つぷりと埋め込まれる。お腹の内側をとんとんと刺激され、ソワソワした感覚が広がっていく。水音はじゅぷじゅぷといやらしさを増していて、逃げ出したいのに抵抗すらできない。なるべく声を我慢しよう、なんて決意はどこへやら消えてしまった。
「エメリ、痛い? 大丈夫?」
「んっ、あっ……い、たく、なぃ」
「ほんと? じゃあ気持ちいい?」
痛くないことは答えられるのに、気持ちいいかは答えられない。エメリの中に僅かに残った勇者としてのプライドがそれを許さない。魔王討伐の責務を果たせなくて、流されるままに魔王と結婚して、初夜ではなす術もなく喘がされて。結婚するなら王国に手を出さないと約束してくれたけれど、果たして魔王と交わしたその約束をどこまで信じていいのだろうか。王国が今どうなっているのかもわからないのに。唇を噛み締めて、首を横に振る。今更手遅れだろうけれど、これ以上の醜態は晒したくなかった。
「……強情だなあ」
「んっ、んんっ」
「エメリは僕を倒そうと一生懸命頑張ったけど、敵わなかったから王国を守るために人質になったんでしょ?」
まあほんとは家族なんだけどね、と呟いてニグラスはエメリの頬を摘む。むに、むに、と柔く戯れるような手つきはやっぱり魔王らしくない。「だからさ、僕のせいにしていいんだよ」だなんて殊勝な台詞は、もっと魔王らしくない。
「人質は魔王に逆らえないんだっけ? だから、気持ちよくなっても誰にも怒られないよ」
「っ、そ、そんなめちゃくちゃな……」
「めちゃくちゃだよ、魔王だからね」
そう言って笑うニグラス。つい数日前は手も足も出なくて怖くてたまらなかったのに、優しく微笑まれると安心感すら覚えてしまう。王国の仇敵で、討伐しなければならない相手なのに。ニグラスは摘んでいた指を放し、頬を撫でる。慈しむような手つきに、心臓のあたりがソワソワして落ち着かない。思わず目を逸らしている間に、散々いじられたところにくちゅりと何かが添えられる。「ひえっ」と情けない声を漏らすエメリの頭を、ニグラスはふわりと撫でた。
「力抜いてね」
「あっ、んんっ……!」
熱くて大きな塊がエメリの中に押し入ってくる。体が真っ二つに裂けてしまいそうだ。力を抜こうとしても上手くできない。
――い、痛い、だめこれ、死んじゃう、むり……!
「エメリ、かわいい。かわいいね」
「あ、んぅ……」
体を屈めたニグラスに口付けられる。当たり前のように入り込んできた舌を追い出そうとする気力もない。口の中を好き勝手されているのに、気持ちよくなんてなったらいけないのに、抵抗できないのはどうしてだろうか。抵抗しようとすら思えないのは、一体どうして。夢中になってキスに応えていると、いつの間にか力が抜けていたようだ。ぱちゅ、ぱちゅ、と肉が肉を打つ音がずいぶん遠い。いつの間にか右手は指を絡めて握られていた。縋り付くように握り返すと、お腹の中に埋め込まれたものが質量を増す。苦しいけれど、痛くはない。
「好き、大好きだよエメリ」
「っ……」
唇を離したニグラスの、直球すぎるぐらい直球な言葉に思わず息を呑む。まだ会ったばかりのはずなのに、この人はどうして。
「ニグラス……」
「ん、なあに?」
名前を呼んで手を伸ばして頬に触れる、たったそれだけなのに嬉しそうに顔を綻ばせる。勇者としての責務も、王国の安否も、忘れてはならない。わかっているのに、絆されてしまいたくなるほどに声も表情も優しい。お腹の中を熱い何かが満たしていく感覚で、視界に涙が滲んだ。


