Cherry Boy


「1年4組の担任の長瀬(ながせ)です。よろしくお願いします。」

中学校に入学した初日。最初の席は名簿順だった。

僕は窓際の後ろの方で、彼女は廊下側の列で、前から4番目。

名前を呼ばれる声で存在を知って、僕が前を向くと後頭部が見えるくらいの距離だった。

話したことも、目が合ったこともない。

ただ、同じクラスに“花宮桜羽(はなみやさくは)”という人がいる、というくらいの認識でしかなかった。

転機が訪れたのは5月。中学校に入学して初めての席替えで、僕は窓側から2番目の列の前から2番目の席だった。

前の方になってしまった、という落胆の色に心を染めながら机を移動させると、その落胆の色は一瞬で、混じりっ気のない、恋そのもののような淡い桜色に染まった。

今とは違う、太いフレームの丸メガネに、奥二重のあどけない瞳を彩る長いまつげ。なぞりたくなるほど美しいフェイスラインを彩る、気まぐれに()ねた肩よりやや長いダークブラウンの髪。

それが花宮桜羽だった。

「よろしく」

中学校に入学して初めての席替えで、がやがやしている教室で、『モーゼの海割り』のようなよく通る声で彼女が言い放つ。

「よろしく…」

よく通る彼女の声とは対照的に、僕はもごもごとそう返事することしかできなかった。

「席替え終わったかー?」

教室がだんだん平常運転に戻っていく。だけど僕は、水の中で息を止めているみたいに息がいつまでも苦しかった。