「勉強しよーっと」
優香さんが足元に置いていた白いカバンから、ウサギのぬいぐるみペンケースと教材類を取り出してボソッとつぶやいた。
「中学生くんも勉強しよ」
メニューを開くことなく、「三種のチーズ盛り合わせ!」と注文する。
ぎょっとして優香さんの方を見ると「今日あたし、なんかチーズモチベ高いから」と謎の返答をされた。
「そんなモチベあるんすね…へー、そーなんだ…」
過剰に相槌を増やしながら、僕もスクールバッグから教材類と黒い筆箱を取り出す。
数学のワークを広げ、三平方の定理の問題を無心で解いていく。
公式さえ覚えてしまえば難しくないので、数学はそこまで嫌いじゃない。
赤ペンで機械のように丸を付けたり添削していると、「チーズいる?」と優香さんが話しかけてきた。
優香さんが持っている華奢な銀色のフォークに、オレンジ色の1㎝角のチーズが刺さっている。
「おなかすいてないので、大丈夫です」
そう返答してワークに目を落とすと「優香、さっきから手が止まってるぞ」と春上さんがカウンターの奥から声を飛ばした。
「だって天体の範囲嫌いだもーん」
オレンジ色のチーズを口に入れ、もぐもぐと口を動かしながら弁明する。
確かに彼女の言う通り、開かれた理科のワークには赤ペンの丸よりも、青ペンで訂正した筆跡が多い。
「生物は嫌いじゃないからそれなりに点数取れるけど、それ以外は嫌い。中学生くんは?」
「逆です。生物のテストだけ毎年ひどい点数なので」
数学の公式はそれなりに暗記できるのに、生物の範囲や、漢字などは笑えるくらい暗記できない。
「あ、でもあたしメンデルの法則は好きじゃない。」
今度は白いチーズを口に放り込んだ優香さんが、露骨に顔をしかめて言い放つ。
「僕もです。丸としわの比率なんて勉強して何になるんだか」
僕がそう愚痴ると、「いよいよ入試って感じだけど、勉強はどうなの?」と、白いチーズが1つだけ残された白い四股皿にフォークを置いて真剣な表情でそう問いかけられた。
「まあ、普通です…」
ペン回しをしながらそう返答するが、ペースが崩れて指からペンが離れ、そのままカウンターにペンが跳ねて床に落ちてしまった。
すべてを見透かすようなブラックダイヤモンドのような瞳を向けられる。
むくむくと警戒心が膨らんだが、その警戒心は風船が割れるように消え去った。
「昨日友達と話してたんだけどさ。ショートケーキの上に乗ってるいちごあるじゃん?あれ、最初に食べる?最後に食べる?」



