Cherry Boy


「頭乾かしなさい!」

母親が階下からそう声をかけてきたが、「あとでー」と適当に応対して、綺麗に印刷された文字列に目を落とす。

布団にくるまりながら読んでいるのは、冬休み前に図書室で借りた『汝、星のごとく』だ。

本に顔を近づけると、濡れた髪から生まれた雫が枕カバーにぽつっと落ちた。

左手の人差し指を読んだページのところに差し込んで、肩にかけていたタオルで髪の水分を絞る。

髪の束をタオルで何度か握るたび、手のひらに冷たい水の感覚がじんわりと広がっていく。

湿ったタオルをフローリングに放り出し、もう一度本を開く。

0.75倍速の朗読を聞いているくらいのスピードで文字列を目で追っていると、その文字列が僕の視線を縫い付けた。

『いい大人と正しい大人はイコールでは結べない』

脳内に浮かんできたのは、浩さんや春上さんの優しい微笑みと、うちの担任の佐藤の仏頂面だった。

3人とも確かに『大人』だけど、タイプが違うような気がする。

浩さんや春上さんは、果てしない海のように何でも受け止めてくれそうな大人で、佐藤は分厚い壁のような大人だ。

――「何なら借りパクしちゃってもいーよ」

春上さんの一言が脳内にリフレインする。その声に思わず頬を緩めると、現実を主張するかのように佐藤の厳しい声が割り込んできた。

――「次の人が待ってます。さようなら」

いい大人と正しい大人の違いってなんだろう。