『Cherry』を出ると、濃い紺色に染まった夜空から白い雪が降っていた。
「雪だ…」
そう小さくつぶやくと、僕の口から白い息が立ち上って夜に溶かされていった。
路地裏を抜け、横断歩道の歩行者用ボタンを押す。
信号が青に変わるのを待っていると、左からやってきた自転車の女性がちらりとこちらを見た。
ふわふわの白いショートコートに、黒いズボン。首元には、ピンクがかった色味のマフラーがリボン型に巻かれ風に揺れている。
その女性が乗っているチョコレート色の自転車のカゴには、黒いトートバッグが無造作に置かれていた。持ち手には黒いリボンがついたヘアクリップ。きっと花宮さんだ。
「え…?」
学校でよく見かける、黒色の細いフレームの丸メガネではなく、黒色の太いフレームの丸メガネをかけている。
でも、レンズ越しに伝わる目元の雰囲気は彼女そのものだ。
しかも、胸元まであるつややかなダークブラウンのストレートヘアにはハートの飾りがついた銀色のヘアピンがついている。
そのヘアピンは、花宮さんがいつも着ているベージュのセーターについていたり、彼女の髪を留めていたりする、花宮さんを象徴するアイテムのようなものだ。
3年間、一途に花宮さんに恋し続けている僕が見間違えるわけはない。
「さ…花宮さん?」
僕と彼女の関係では、『桜羽さん』と呼ぶのではなく『花宮さん』と呼んだ方が適切だ。
僕がそうつぶやくと、花宮さんは強くペダルを踏みこんで僕の前から一瞬で離れていってしまった。
雪のついた彼女の茶色い髪からふわりと香った、花のような甘美な香りを僕は一生忘れないだろう。



