僕がカウンターに置いていた『古都琴子~』を開くと、カウンターがぶるっと震えた。
「あ、中学生くんのお母さんからじゃん。早く出なよ」
優香さんから手渡されたスマホを受け取り、緑色の応答ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「もしもし」
スマホをお守りのように握りしめ、そう言うと『今日お父さん早く帰ってくるから、あんたも早く帰ってきなさい』といつもの母親の声が耳に入った。
「わかった。もうちょっとでこのページ終わりそうだから、すぐ帰る」
『このページ終わりそうだから』と言った瞬間、噓をついているという罪悪感と後ろめたさが僕の心をちくりと刺した。
「南陵行くなら、相当な覚悟が必要だからね。家で待ってるから」
ぶつっと一方的に電話を切られた僕は、静かにカウンターにスマホを伏せて置いた。
「あ、帰んなきゃいけない感じ?バイバーイ、中学生くん」
優香さんがカクテルグラスを揺らしながら、大人びた笑みを浮かべた。
「あ、うん。帰ってこいって。じゃあ、バイバイ」
優香さんから背を向けて荷物をまとめなおし、レジに向かう。
モクテルは660円だよな、とポケットの上から500円玉を指でそっとなぞると、「220円です」と浩さんがレジを打ちながらそう言った。
「え?モクテルは660円じゃないんですか?」
そう聞くと、「おじさんからのクリスマスプレゼント。」と浩さんが唇に人差し指を当てて柔らかく微笑んだ。
「受験、応援してるからな」
レジカウンターから手を伸ばして、浩さんが僕の肩を力強く叩く。
「頑張ります!」
手に持っていた500円玉を、小銭を入れるプラスチックのトレイに置いてお釣りを受け取る。
アウターを羽織って黒いトートバッグを手に持った僕は、晴れ晴れとした気持ちで『Cherry』をあとにした。



