「…志望校が南陵ですか。ちょっとチャレンジになるので、同じ公立なら桜ノ代の方が、安全かと思います」
「ですよね…一応、県内私学のすべり止めも受ける予定なんですけど、桜ノ代の方がいいって言っても『南陵を受ける』って、むきになっちゃって…」
担任の初老の男性教師である佐藤と僕の母親が、神妙な表情で話し合っているのをよそに僕の心の奥がすうっと冷えていくのがわかる。
自分でも、南陵を受けるのが無謀なことくらいわかっている。
なら、おとなしく偏差値を下げて桜ノ代を受けろよ、と言われそうだけど、南陵に行きたい一番の理由は『花宮さんが進学するから』だ。
『駅近で、交通のアクセスも良くて制服もかっこいいから』
『偏差値を下げた高校を受験しろ』と言われるたび、親や学校の前ではそんな風に言っているけど、そんなのは建前だ。
でも『好きな人が南陵に進学するから、自分も南陵に進学したい』なんて言ったら『現実を見ろ』とか『そんな浮ついた理由で進学先を決めるな』と、止められるのが目に見える。
「私立では清湖の男子部を受けるつもりで…」
母親が話を進めていくのを、膝の上で絡ませた指先だけを見つめたまま押し黙っていると、花宮さんと小山さんがしていた数日前の会話が脳内にリフレインしてきた。
『桜羽はどこ進学するん?』
『専願で南陵、併願で県内と県外の私学受けるつもり』
『南陵かー。あそこ結構賢いよね』
『まあ制服可愛いし、文化部多いから頑張るわ』
「やっぱり、志望校は変えないですか?」
母親との話を終えた佐藤がこちらに向き直って、威圧的な視線を向けてきた。
「変えません。南陵を受けます」
声が少し震えてしまったけど、僕は佐藤の目を見て毅然と言い放った。
すぐにPCに目を落とした佐藤が「そうですか」と、教室に水を1滴落とすような声量でぽつりとつぶやく。
「次の人が待ってます。さようなら」
時計をちらりと見やった佐藤が話は終わりと言わんばかりの態度で立ち上がった。
「さようなら」
母親がいつもより1オクターブくらい高い、よそ行きの声でそう言って荷物を片付け始める。
僕は椅子に掛けていたアウターを羽織り、カバンの横にかけていたスクールバッグを持って佐藤から背を向けた。



