「関係代名詞嫌い…」
ガシガシと頭をかきながらそうつぶやいて頭をぐるりと左に向けると、そこには真剣な表情で本を選んでいる花宮さんの姿があった。
僕はワークをやっているふりをして花宮さんの一挙手一投足に全神経を集中させている。
しかし英語は僕の苦手分野だ。あきらめてワークを閉じて席から立ち上がると「桜羽先輩」と男子生徒の声が耳朶を打った。
その男子生徒が着ているのは、微妙な色合いのブレザーに緑っぽいチェック柄のスラックスだ。
うちの学校は、僕たちの1つ下の代から制服がブレザーになった。ということはおそらく下級生だ。そして、その男子生徒の話し方から察するに吹奏楽部の後輩だろう。
「なに?」
「久しぶりですね」
「あー、だね」
その男子生徒は花宮さんよりも背が高く、見上げるような形で彼女がさらさらのストレートヘアを揺らしながらふわりと笑う。
その笑みは、僕では到底観測できないものだ。
僕は花宮さんと男子生徒がいる本棚の裏側に回り込み、本を物色しているふりをしながら花宮さんと男子生徒の話を盗み聞く。
あまりいい趣味とは言えないけど、話を聞いておかないとなんだか不安になってしまう。
「オーメンズ・オブ・ラブやるんや。いいなぁ」
「高校でできるんじゃないんですか?」
「さあ?」
花宮さんと男子生徒の話を耳で全力で受信しながら、僕は近くの本棚にあった適当な単行本を手に取った。
タイトルもろくに見ないでページを開く。
図書室の本のあの独特なにおいに顔を埋めるようにして、きれいに印刷された文字列に目を向ける。
しかし視線が上滑りしてろくに読み進められない。聴覚をシャットアウトしたいのに、嫌でも花宮さんと男子生徒の声が耳に入ってきてしまう。
本を本棚に戻し、ため息を落とすと「すみませーん」と女子生徒の声が僕の耳に入った。
「あ、はい!」
右に移動してさりげなく声の主の方に顔を向ける。
そこにいたのは、本を大切そうに胸元に抱えた花宮さんだった。
「ありがとうございます」
花宮さんが少し眉を下げて、他人行儀な笑みを僕にくれた。その笑みに、ちくりと針で胸を刺されるような感覚を感じる。
「凪良ゆうさんゲットー」
花宮さんがそうつぶやくとほぼ同時に、美しい花が咲き誇る白い表紙の本を手に取って僕に背を向ける。
意気揚々と貸出カウンターに向かった花宮さんの後ろ姿をひとしきり眺め、もう一度落ち着いた気持ちで本棚の近くにかがみこむ。
「凪良ゆう…」
僕は花宮さんが去り際につぶやいた『凪良ゆう』の4文字が書かれた、宝石に花が咲いたような、幻想的な雰囲気の紫色の表紙の本を手に取る。
『汝、星のごとく』と金色の箔押しがされているその表紙を見ると、いつかの花宮さんの姿が脳内にリフレインした。
――ビブリオバトルで『本を決められなくて大量に持ってきた』と言っていたあのシーンだ。
幻想的な雰囲気のその表紙から顔を上げると、花宮さんの姿はもうなかった。本を借りて、すぐ帰ってしまったのだろう。
手に取った本を本棚に戻すか一瞬逡巡したが、僕は覚悟を決めて1歩を進めた。
「貸出ですね。自分のクラスと番号と名前を教えてください」
僕は自分のクラスと出席番号と名前をカウンターにいる人に教え、本を借りることができた。
荷物をまとめて図書室を出ると、僕の髪が冬の冷たい風になびいた。
その風は僕の全身を冷やしたけど、手元の『汝、星のごとく』はどこかぬくもりを孕んでいた。



