Cherry Boy


「…というわけで、話しかけれずに今に至っております」

そう締めくくって、ノンアル・カシスオレンジの入ったカクテルグラスを持ち上げると、「うあー、青春だ―、リア充だー」と春上さんが僕の肩をつかんでまたぐらぐらと揺らした。

「俊也、少年が死にかけの猫みたいな顔になってるから離してあげて」

浩さんの一言で、おとなしくなった春上さんだったけど「リア充だー、許せない―」と、口はおとなしくなっていないようだ。

「まだ付き合ってないので、非リアです」

そう諭すと、「実質リア充だ―、青春だー」と恨みたっぷりの返答が返ってきてしまった。

「あーそうだ。がきんちょにちょっと俺の過去話を聞いてもらおうかな」

そっと僕がノンアル・カシスオレンジを口に運ぶと、カクテルグラスに入った青い液体を一気に飲んだ春上さんが真っ赤な顔で語り始めた。

「俺は去年、妻に『料理はおいしいけど家族サービスが足りない』って言われて離婚されたんだよ。親権まで妻に取られて、娘の優香(ゆうか)とは離れ離れになってさぁ、しかも養育費を払わなきゃいけないってさぁ、なんなのー」

そう言ってから、春上さんが「浩、ブルームーンもう一杯!」とやけくそでカクテルのお代わりを注文したが、浩さんは「飲みすぎだから水な」とあっさり受け流してしまった。

「酒の力を借りて話すんだよー」

水の入ったグラス片手に春上さんがぶうぶうと文句を垂れているが、「酒の力を借りすぎだろ」と浩さんが苦笑交じりでまたあっさり受け流してしまった。

「じゃあ、続きな。とりあえず、月1で優香とは面会できるし、手紙ももらえるんだよな。あ、優香って俺の娘のことな。とりあえずそれをモチベに頑張って今に至ってるんだよ」

水を1口飲んだ春上さんは、先ほどの『酔っぱらいおじさん』から『真剣おじさん』に変貌を遂げていた。

「この前本を貸してくれたのも、あれは優香さんのおすすめなんですか?」

少し背伸びしたような気分でノンアル・カシスオレンジを口に運ぶと甘酸っぱい味とほろ苦い味が舌に広がった。

『初恋』の味というのは言いえて妙かもしれない。

「そうそう。ちなみにがきんちょは中3だろ?優香も中3。受験真っただ中だけど、趣味を満喫してるらしい」

大丈夫かね、と眉をハの字に曲げた春上さんは、娘を心配する『心優しい父親』の顔をしていた。

何となく居心地が悪くなった僕は、スクールバッグから『古都琴子は好きに生きるので、悪しからず』を取り出してページをめくりはじめた。