「なかなか色変わんないね」
「わかる。あ、梨香。ちゃんと混ぜてー」
花宮さんがピペットを使って、黄色い塩酸の中に1滴づつ水酸化ナトリウム水溶液を入れる。
ガラス棒を持った小山さんがすかさずビーカーをぐるぐる混ぜるが、確かに花宮さんの言うとおり、なかなか色が変わる気配がない。
一方、僕はビーカーを見るふりをして、ピペットを持つ花宮さんの手元ばかり見ていた。
ぎゅっと花宮さんがピペットを握って離すと、華奢なガラスの中を液体が進んでいく。
また花宮さんがぽとっと塩酸の中に水酸化ナトリウム水溶液を入れて、すかさず小山さんが混ぜたけど、色がなかなか変わらない。
「これ変わんなくない?」
「それな。」
花宮さんの手元を見ているのにも飽きた僕は、隣に座る山倉をちらりと見やった。
普段ハシビロコウのような態度の彼にしては珍しく、身を乗り出してビーカーをのぞいている。
「これ変わるか―?」と山倉がつぶやくと、小山さんが「人生には開き直りが大事」と謎の理論を展開した。
その後ろで、ぽとぽとと花宮さんが水酸化ナトリウム水溶液を落とすと、黄色い塩酸がぶわっと緑に染まった。
「変わった!」
花宮さんがはしゃいだ声を上げる。その声を受信した僕の心が、先ほどのビーカーみたいに淡い桜色に染まっていくのがわかった。
「いぇーい!」
また花宮さんと小山さんが手を叩きあって喜んでいる。
その様子を見ていると、脳内に黄色い塩酸がぶわっと緑に染まった瞬間がリフレインした。



