飄々とした表情の春上さんが「受験生ってなると、親もうるさくなるよなぁ。俺もうるさくなりすぎて前妻に『離婚よ』って言われたし」と言い放った。
微妙な空気になったのを察したのか、「前妻に『料理はおいしいけど、家族サービスが足りない』って言われたこともあったなぁ」とおどけたような調子で春上さんがさらに付け加える。
「初対面の少年にそんなさらっと自分の過去話をするなよ」
食器棚のほこりを払っていた浩さんが苦笑する。
「そうだ。娘からおすすめされた本があるから、がきんちょに貸してやるよ」
いつの間にか本を取り出していた春上さんが、僕に1冊の単行本を差し出した。
「汐見夏衛さんの『古都琴子は好きに生きるので、あしからず』ってやつ。」
汐見夏衛。花宮さんが小山さんと話していた人の名前だ。
「娘さんのおすすめ…えー、悪いですよ」
本を返そうとすると、「いーのいーの。何なら借りパクしちゃって私物化してもいいよ」と鷹揚に笑われた。
「借りパクは倫理的にやばいですよ…」
小さくつぶやき、僕は本を両手でしっかり持って表紙をなめるように見つめた。
長いまつげに彩られた、吊り目気味な瞳と長い黒髪が印象的な制服姿の少女が表紙を大きく飾っている。
花宮さんの横顔がふわっと脳内に浮かぶ。髪の長さや制服は違うけど、纏っている雰囲気に似通ったものを感じる。
「読んでみます」
スクールバッグに入れるのが惜しくて、僕はそのまま本を開いた。
ヒロインである古都琴子の好き勝手すぎる生き様に絶句していると、『Cherry』の扉が開いた。
そっちに視線をやると、そこにいたのは我がクラスの理科の教科担任、井倉だった。



