「えのちゃんー、きたよー。って、あれ?」
『Cherry』にやってきたのは、学校と変わらない、裏起毛のパーカーに身を包んだ井倉だった。
「井倉…先生?」
おそるおそる顔を上げると、「涼くん、こんなとこに来ちゃいけないんじゃないですか?」と井倉が大げさに顔をしかめた。
「いやーあのー、そのー」
突然授業で指名されたときみたいにうろたえていると、「ウィスキー、ロックで一個ちょーだい」と2つ隣の席に腰かけた井倉が堂々と注文する。
「はーい。澪さんは教師生活どうなの?」
「まあ、普通でっす。てかこの子、私の教え子なんでーす」
井倉は、普段の静かな雰囲気とは想像がつかない口調でニコニコしている。
というか井倉の下の名前って『澪』なんだ。
「早く仕事が終わったから、久しぶりに来たんだよ」
学校では見かけない笑顔で話す井倉の前に、丸い氷が浮いたウィスキーが置かれる。
ドラマか小説でしか見たことないな、とそのグラスを見ていると「未成年はダメよ」と井倉がグラスを僕から遠ざける。
「飲みませんよ。」
数口飲んだだけのはずなのに、真っ赤に染まった井倉の頬をこっそり眺める。
見てはいけないものを見てしまったような気まずさで、僕は俯くことが精一杯だった。



