「おはよー」「きょう提出物あったっけ?」「やる気出ねー」

朝学習が始まるまでの数十分間、3年3組はにぎやかな声に満たされている。

その中には、当然花宮さんがいる。

「関西のオカンって、『明日のパン買わないと―』って言ってるよね」

「わかる。桜羽、今日の朝なんやった?」

荷物を下ろして教科書を出しながら、小山さんと花宮さんの話に耳をそばだてる。

「チョコチップ入りのスティックパン。あれおいしいよな」

「それな、私も好き」

花宮さんが(はな)ったスティックパン、という7文字に、僕の胸は否応なく高鳴る。

胸のどきどきをごまかすように僕はPC庫まで移動して、その中から爆速でPCを取って帰り体育の評価シートを立ち上げながら、耳に全神経を集中させる。

「あ、てか今日からビブリオの準備やん。何するか決めた?」

「決められへんくって、大量に持ってきた」

キーボードをたたきながら、花宮さんの動きに注目する。彼女は机の横にかけていた小さな袋から、本を大量に取り出した。

「『アリアドネの声』でしょ、『(なんじ)、星のごとく』でしょ…」

1冊ずつ本の説明をしながら、「この表紙が美しすぎるんだよね…!」と本を持って熱弁している。

僕は本がそんなに好きじゃない。

だから、あんなに大量に本を読めるうえに、ビブリオバトルの本が『候補が多すぎて決められない』というのはぜいたくな悩みであり、尊敬だ。

ずらりと並んだ花宮さんの本たちをこっそり眺めていると、幻想的かつ青春を象徴するような表紙が僕を射抜いた。

カーテンがなびく教室でボブカットの女の子が微笑んでいたり、蛍のような緑髪の女の子がガラケーを持っていたり。

凛とした青みがかった瞳を(たた)えた、蛍のような緑髪の女の子があしらわれたその文庫本には、白い文字で『みんな(ほたる)(ころ)したかった』と物騒なタイトルが書かれていた。

著者名もさりげなく確認したが、僕が知らない人だった。彼女がどういう世界で生きているのか、ますます興味が深くなった。