「おはー。今年もよろしく」「同じクラスでよかったー!」「いよいよ受験生かー。絶望だわ」

3年3組の教室に入ると、春の空気に浮かれた声があちこちから飛び交っていた。

でも、僕の足取りは重かった。

テニス部で仲良くしていたやつとは(ことごと)くクラスが離れ、しかも担任は佐藤。女子生徒を中心に、だいぶ嫌われている初老の男性教師だ。

教室に張り出されていた座席表をちらっと確認し、窓際の一番端の席に腰かける。

孤独をごまかすように、僕はカバンを膝において中身を(あさ)り、荷物を探しているふりをすると、続々と新しいクラスメイト達が教室に入ってきた。

「梨香とクラス一緒なの何年ぶりだ?」

「えー、小3くらいの時やから、6年ぶり…?」

そのよく通る声は、たとえ僕が真っ暗な海の底にいたとしても気づけるだろう。

勢いよく顔を上げるのは不自然なので、5秒ほど遅れてからカバンを膝に置いたまま顔を上げると、そこには予想通り談笑しながら教室に入ってきた花宮さんと小山さんがいた。

憂鬱なグレーに染まっていた心は、彼女の声だけで一瞬で恋そのものの淡い桜色に染め上げられてしまう。

「あ、芽衣亜(めいあ)ちゃんも同じクラスや。おはよー!」

窓側から4列目の後ろから2番目の席に荷物を置いて、花宮さんがぱたぱたと久米(くめ)さんのもとに駆け寄ってきた。

楽しそうに久米さんと小山さんとしゃべっているその様子をじっと見ていると、僕は彼女のきっちりと束ねられたポニーテールの毛束の中に、ひとつぴょこんとはねた細い毛束を見つけた。

その毛束になってみたいなぁ、とバカみたいなことを思いながら僕は机に突っ伏して、春休み中に少し短くカットした髪をちりちりと指先でいじった。