貴方と奏でる夜想曲 貴女に奏でる小夜曲

私は彼のこういうところが好きなのだと思う。

「僕の勝手なお願いみたいであれなんだけど」

「ううん、なんか嬉しいよ。そういうこと、ちゃんと話してくれるの」

「そう?」

「うん。察しろよとか、理解(わか)れよとか、私はそういうのすごくキツイと思うから」

「なるほどね」

彼の穏やかな声と表情は、まるで私を労り慰めるようだった。

「柊も、だからね?」

「うん?」

「私が“さしたるおもてなしもできない”ようなときも、その……」

「大丈夫だよ。拒絶されたと勝手に落ち込んだりしないし。いじけて気を悪くするようなことも絶対ないから」

「うん。ありがと……」

私がぎこちなく微笑むと、彼は穏やかに、だけど毅然とした口調で言った。

「硬い言い方になるけど、瑞樹の体の主権者は瑞樹だけだから。恋人同士だからって、相手の体を好きなようにできる権利なんてないし、いつでも体を差し出さなければならない義務だってないんだよ」

(柊……)

とても彼らしいなと思った。

男らしいとか、女らしいとか、そういう“らしさ”を、おそらく彼は好まないし、求めない。

彼が大切にしたいのはお互いの自分らしさで、彼が好きになってくれたのは、私の私らしさなのだと心から思えた。

「僕は瑞樹だけの僕だし、瑞樹にもずっと僕だけの女性(ひと)であってほしいと願っているのは本当だけど」

「うん」

「けどそれって、お互いを所有するというのとは違うじゃない?」

「そうだね」

私がすりすりとくっつくと、彼はちょっと決まり悪そうに微笑んだ。

「ごめん、なんか理屈っぽいね」

「ううん、ぜんぜん」

「ならよかったけど」

ほっとしたような、はにかんだ笑顔が愛おしくて、ますます好きが積もっていく。

「柊って丁寧に言葉にしてくれるでしょ、一生懸命に」

「そう?」

「うん。そういうの、すごく嬉しいし、私はありがたいなあって思ってるよ」

「瑞樹がそう感じてくれているなら、それこそ僕だって嬉しいし、とってもありがたい」

「うん」

ふたりの“おんなじ”に出会うたびに広がる幸せ。

一緒に嬉しいと、本当に嬉しさは何倍にもなるんだって、実感させられる。

「僕の場合、言葉にしなきゃと思うのは、仕事の影響もあるのかも」

「お仕事の?」

「そう。病状を知るには、症状を見るだけでなく、症状を聞くことも大切なので、医師は患者さんに言語化を求めるわけだよ」

「うん」

「医師は医師で、患者さんにわかりやすいように、診断や治療法を言語化する」

「うん」

「なんていうの、ちゃんと言葉で伝えることの有用性を日々感じているというか」

「なるほどね」

「ごめん、やっぱり理屈っぽいね……」

彼は「まいったなあ」と困ったように笑ったけれど、私はやっぱり嬉しかった。

「ねえ、柊はスイトピーの花言葉って知ってる?」

「えっ、知らないけど……???」

「あのね、いろいろある中で私が気に入っているのはね――」

がばっと半身を起こして、彼の顔をのぞきこむ。

「“門出”と“優しい思い出”だよ」

思いきって、その唇にキスをした。

ふわりと触れるだけの、まるで挨拶がわりのようなキス。

それでもやっぱり気恥ずかしくて、なんだかちょっとくすぐったくて。

けど、それでもなんでも、好きの気持ちがあふれてどうしようもなかったのだもの。

「私、また柊と一緒に“冒険の旅”に行きたい」

「うん。たくさん行こう」

「あと――」

「うん?」

「今夜は……ううん、いつも“優しい思い出”をありがとう」

たぶん気持ちは十分伝わっているとは思うけど、でも……。

彼がそうしてくれるように、ちゃんと言葉にしたいと思ったかから。

「こちらこそ。その“ありがとう”にありがとうだよ。本当、いつも元気をもらって、支えてもらってる」

(ああ、もう、なんて幸せな夜なのかしら)

私は嬉しさと幸せとで胸いっぱいのまま、彼の隣に寄り添った。

「さて、そろそろ寝ようか。瑞樹は真っ暗のほうがいい?それとも?」

「真っ暗がいい。あ、柊は???」

「僕も真っ暗派。まあ、どんなでも眠れるようにすっかり訓練されちゃってるんだけどね」

「うわわ、勤務医の悲哀的な……」

「まさにね」

灯りを消しながら笑う彼の声は、なんだかちょっと楽しそうだった。

「じゃあ、おやすみ。あ、トイレについてきて欲しいときは起こしてくれていいからね」

「ひとりで行けるし!」

「はいはい。そうだ、明日また聞かせてよ、瑞樹の“赤いスイトピー”」

「うん。あ、今度は向こうのピアノで弾きたい」

「それはまた楽しみだ」

「うん。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」

おやすみなさい、優しい夜に――。

明日を一緒に始められる喜びに包まれながら、私は心地よい眠りについた。