◆ 放課後。家庭科室。
調理部の部活中。三角巾にエプロンの空山。
香澄「空山さん。残り。自分の分もらった?」
空山「うん。持ってるよ」
香澄。他のクラスの調理部員。同級生。
空山は、パンケーキを入れた袋を掲げる。
香澄「今回のパンケーキ、結構上手くできたよね!」
空山「そうだね」
香澄「私、これから部活後のクラスの友達と食べる約束したんだ」
空山「いいね」
香澄「うん。みんな楽しみにしてくれてたから、私も楽しみで」
空山(蒼も、部活終わる頃かな)
家庭科室にある時計を見る空山。
空山(……食べるかな。蒼)
空山「……」
空山(甘いもの大丈夫だったはずだけど……)
空山(いや部活とはいえ手作りは……)
思考を逡巡させる空山。
◆部活後。廊下。
空山(ダメ元で、持っていってみようかな)
廊下の角で、俯いて歩いていた男子生徒とぶつかりそうになる。
男子生徒は通学カバンの他に、手提げバッグを持っている。(中には、スケッチブックやファイルが入っている)。
空山「わっ」
その拍子に、男子生徒が抱えていた手提げバッグの中からスケッチブックが滑り落ちてくる。
空山の持っていた袋も手から離れ、男子生徒のそばに落ちる。
男子生徒「っ」
空山「ごめんなさい!」
空山は、慌ててしゃがみ込み、スケッチブックと手提げバッグを拾う。
空山「どうぞ。ぶつかってしまって、ごめんなさ……」
倒れている男子生徒を見て、空山はギョッとする。
空山「あの。大丈夫ですか」
空山(すごい顔色悪い……!)
男子生徒「……ぅ」
男子生徒のお腹から、ぐるぐると音がする。
男子生徒「あ……、いい匂い……」
空山「え」
空山「もしかして、これ?」
男子生徒の目の前に落ちていた、パンケーキの袋を指差す。
空山「今、部活で作ってきたんです」
男子生徒は、げっそりとした顔をしながらも、じっとその袋を見つめる。
空山「食べますか?」
男子生徒「え。……い、いいの?」
空山「あげますよ」
男子生徒「……いいの……、かな」
空山「はい。これでよければ」
男子生徒「…………あ、ありがと」
空山「どうぞ」
空山はパンケーキの入った袋を男子生徒の前へと差し出す。
男子生徒「ありがとう、ございます……」
男子生徒は、小さく会釈しながらそれを受け取る。身体を起こすと、空腹の限界を迎えていることを示すように、大きなお腹の音が廊下に響き渡る。
男子生徒「っ」
男子生徒は、恥ずかしそうに耳を真っ赤にして俯く。
男子生徒「しっ……、失礼、します。さようなら、さようなら……」
空山「あ、はい。さよなら……?」
空山「……」
空山(大丈夫かな)
男子生徒の後ろ姿をジト目で追う空山。男子生徒は、ふらふらした足取りで、早々にどこかへ行ってしまう。
◆すぐ後。昇降口から、出たところで
空山は帰路に向かおうとする、旭日を見つける。
空山「蒼ー」
声をかけられた旭日は、きょろきょろと辺りを見まわし、空山を見つけるとはっとしたような顔になる。
周りの人(部員の仲間)に断ってから、旭日は空山の方へ近づいてくる。
校門から出て、並んで歩く。
旭日「まだ残ってたんだ。あ、部活だっけ?」
空山「うん。今終わったところで。蒼も?」
旭日「ああ、うん」
空山「今日はパンケーキを焼いたんだけど」
旭日「へぇ」
空山「美味しくできたから、あまりを……」
空山(あ。そうだった。渡しちゃったんだった)
旭日「あまりを?」
空山「あまりが、あったはずだったんだけど。さっき全部食べちゃった」
旭日「……」
一気にジト目になり、旭日は空山を睨む。
旭日「本当に食い意地張ってんな、琴子は」
空山「ごめん。それはもう、すごいお腹すいてて」
旭日「なんだそれ」
男子生徒の様子を思い出して、笑って誤魔化す空山。
少し進んで、旭日は周りに人が少なくなっていることを確認すると、そっと空山の指先に触れる。繋ぐというよりも、軽く指だけつまむような感じ。
空山(……!)
驚いて空山が顔を上げるのに合わせて、旭日はごく普通を装って続ける。
旭日「今日の英語。寝てただろ」
空山「えっ。あ、そうだっけ……?」
旭日「すぐ分かったよ。頭、がくがく揺れてるから」
空山「……そんなとこ観察しないでよ。恥ずかしいじゃん」
旭日「琴子にも、そんな羞恥心あったの」
空山「あるよ、普通に。わたしのことなんだと思ってるの」
旭日「……」
旭日は、触れていた空山の指をしっかりと握る。
空山は目を見開く。
空山「なに?」
旭日「……やっぱりないんじゃないかなあ」
空山が気にしていないことを確認して、旭日はさらに強く指を絡める。
旭日「テスト。出るところ説明してたよ」
空山「えっ本当に?どこ?教えて」
旭日「寝て聞いてなかったんだろ。どうしようかな」
空山「お願い。教えてよ」
繋がっている方の腕を軽く引っ張る空山に、旭日は右の口角だけ吊り上げて、フッと笑う。
旭日「この調子じゃあ、次からはヤバそうだな」
空山「なんで?」
旭日「来週から、英語は他クラスと合同になって。成績でクラス分けされるって言われただろ」
空山「げっ!?」
旭日「周りに知り合いゼロもありえるだろ。寝てたらやばいんじゃねえのか」
空山「頑張って……、起きてる」
旭日「まあ……、頑張れ」
少し進んで。
旭日「……」
空山「……なに。そんなにわたし、おかしい?」
旭日「いや。なんか……」
旭日「すごいなって……、思っただけ。すごい、同じ学校通ってる感じがする」
空山「ふうん?確かに、クラスまで同じとか、いつぶりだろうね」
旭日「小3の頃ぶりだよ」
空山(即答……)
驚いて、旭日を見上げる空山。
空山「そっか。そんなになるんだ」
空山(遠くを見るような蒼の眼は、すごく綺麗で)
空山(落ちていく夕陽と滲み出た夜空が、混ざり合ったみたいな色に照らされていた)
空山(わたしは、帰る時間がやってくることを惜しんだ、小さい頃みたいに)
空山(駅まで、もう少しだけ長かったら良いのになって、思った)
旭日の手を、強く握り返す空山。
◆授業中。普段とは違う教室。英語の授業中。
成績順にクラス分けをしている。
空山(当然のように、蒼とは別のクラスだった……)
旭日は1番上のクラス。
空山(歩とも離れちゃったし……、本当に、しっかりしなきゃ)
気合を入れて、姿勢を正す空山。
先生「近くの人とペアで、課題文の発音の確認をしてください。終わったら、プリントに名前を書き合うように」
空山(えっ!?)
周りを見渡す空山。
右を見ても、左を見ても、すでにペアを組んでいる生徒たちの姿が目に入る。
空山(やばい!)
空山(誰か知ってる人いるかな)
空山(まだ組んでいない人は……)
ざわざわとする教室の中、隣の席の、ぼーっとしている男子生徒が目に入る。
空山(ん)
空山(んん……?)
空山の眉がよる。
空山(もしかして、あのときの人……?)
よく見ると、その男子は、以前パンケーキを渡した人物であるとわかる。
空山(……)
空山(……………)
空山(…………………)
空山がじっと見ている間も、男子生徒はぼーっと机の上を眺めるのみで、動く気配がない。
空山(全然動かないんだけど)
空山(どうしよう。他は大体みんな組んで、もう始めてるみたいだし……)
空山(いいや。ダメで元々。怒られたらそのときだ)
机の上に置かれている教科書に、天堂要と書いてある。(教科書を開く気は全くない)
空山(天堂……。テンドウくん、でいいのかな)
空山「ねえ」
天堂「……」
空山「ね、ねえってば」
天堂「……………」
空山「天堂くん」
天堂「!?」
天堂の身体は大きく揺れ、ガタ、と椅子が鳴る。
大きく目を見開き、信じられないものを見るように、隣の席の空山を見る。
猛獣に見つかったときのような、絶望して怯えるような表情で。
空山「読んで確認するの……、一緒にやらない?」
天堂「…………」
天堂は、固まったまま目を見開いている。
天堂「あ……っ」
天堂「は……、はい。そうですね……?」
空山「わたし、今から教科書読むから。終わったら、サインくれる?」
天堂「わっ……、わかり、ました……」
天堂は頷く。
空山は英語の教科書を開く。
空山「終わり」
天堂「はい。お疲れ様でした……」
空山(よし。よかった、なんとかなって)
プリントに書いてもらった天堂の名前を見て、満足そうに頷く空山。
空山「ありがとう」
天堂「い、いえ……」
空山(見たか、蒼。わたし1人でもなんとかなったよ……!)
フフン、と得意げに笑う。
天堂「…………」
訝しげな顔で空山を見る天堂。
辺りを見回して、まだ時間があることを確認した空山は、天堂の方を向く。
空山「ねえ、天堂くん。わたしの勘違いだったら、あれなんだけど」
天堂「……な、なんですか」
空山「この間。わたしが、天堂くんにぶつかったの、覚えてる?」
天堂「え」
空山「パンケーキを渡したんだけど……、あの後、大丈夫だった?」
その話を聞いて、天堂は少し警戒を解く。
天堂「あ……、ああ。あのときの……」
空山「やっぱりそうだった。あってて、よかった」
天堂「いやあの……、なんで、名前」
空山「あ、それはごめん。今見た」
教科書を指さす空山。
天堂「ああ……、そっか」
納得したように、頷く天堂。
天堂「そ、その。そっちは……」
空山「わたし?わたしは空山琴子です」
天堂「空山さん」
空山「うん」
天堂「この間の……、パンケーキ。ありがとうございました」
天堂「その。すごく、美味しかった……」
空山「そっか。よかった」
天堂「すごくお腹……、空いてたから。まさに、天の恵みだった……、というか」
空山「なるほど?」
空山「大丈夫だったならよかったよ。あのときの天堂くん、顔色悪かったから。気になってて」
空山は、淡々と言う。
天堂「あ……。ご、ごめんなさい。心配を……、かけて」
空山「いや、全然。無事で良かったよ」
無表情のまま答える空山。
天堂「……今後は。迷惑をかけないように……、するので。その」
空山「?」
天堂「ごめんなさい……」
空山「え」
空山(どういうこと!?)
空山「な、なんで謝られてるのか、分からない」
天堂「ご、ごめんなさい」
空山「…………」
天堂「ひっ。や、やめてください。謝るので。そんな、怖い顔しないでください……」
空山「わたしは大抵こういう顔だよ」
呆れたように、空山は答える。
空山「天堂くんは何も悪いことしてないよ」
天堂「あ……。う、うん」
空山「謝られる理由、ないよ。謝らなくていいよ」
ジト目のまま、続ける空山。
励ますために言っているのではなく、事実として伝えている感じで。受け取り手によっては、少し冷たく聞こえる。
天堂「うん。ごめんなさい」
空山「……」
空山(わざと!?)
空山(わざとなの!?)
先生「はい。そろそろ皆終わりましたかね?プリントを前に回してください」
空山(はっ!?)
目を見開き、前を向く空山。
天堂は俯き、元通りのひとりで黙り込む姿になる。
後ろからプリントを差し出されて、慌てて空山はそれを受け取る。
空山(天堂くん……か)
空山(不思議な人もいるんだなあ……)
◆昼休み 中庭。人通りの少ないベンチ。
旭日「そういえば。昨日の英語。大丈夫だったの?」
空山「あ。聞いてよ!わたし、ちゃんと自分から話しかけて、課題こなせたんだから。蒼が心配しているようには、ならなかったよ」
旭日「ふーん」
それぞれ弁当を食べながら話す。
旭日「琴子が自分から……、ねえ」
空山「そっちはなんか元気ないね。どうしたの」
旭日「リレー。出ることになった」
空山「へぇ、すごいじゃん」
空山(そういえば、もうすぐ体育祭なんだっけ)
空山は、もぐもぐとおにぎりを頬張る。
空山「この間の授業で、タイム測ってたやつ?」
旭日「そう。それで上位に入った」
空山「あー、そういえばそうだったね。すごい盛り上がってたもん」
黄色い声援を浴びる旭日を思い出し、笑う空山。
空山(男女で授業分かれてるはずなのに、皆そっち見てたよね)
空山(その間に女子の方で走ったわたしとか、誰も見てなかったよ。なんだったんだろう、あれ)
こっちだって一応頑張ってたのに、とジト目になる空山。
旭日「どうしたの」
空山「ううん。頑張って」
空山(正直、知らない世界の話みたいだ)
空山(すごいなぁ、蒼は)
空山「でも、なんで急にその話?」
弁当箱の中のハンバーグを箸でつまむ空山。
旭日「……朝も帰りも、練習が入るって」
空山「へぇ」
旭日「へぇ、じゃない!これは由々しき事態だ!」
空山「?」
旭日「ただでさえ部活があるから会える日は限られてるのに!これじゃあほとんど、会えなくなるじゃないか!」
旭日の大声で、空山が食べようとしていたハンバーグが箸から落ちる。
空山「え、なんで。クラスも一緒だし、こうして一緒にお昼も食べてるのに」
旭日「足りない」
空山「え」
旭日「足りない。全然。まったく。これっぽっちも。足りてない。最近は琴子も忙しそうにしてるから言えてなかったけど。足りてない。これじゃあ、なんのためにここまで来たか分からない。今すぐに状況を改善することを求める」
旭日はあくまでも真剣な顔をして言う。
空山「……お、おう」
困惑する空山。
旭日「俺の気持ちは伝わっていないかな?もう少し、丁寧に説明したほうがいいんだろうか。流石に大雑把すぎたな。やっぱり、簡単に話すだけじゃあ伝わりきらないものってあると思うんだよ。だからこそ。俺は出来るだけ、言葉を尽くしたいと思うんだ。俺の琴子への気持ちは、ほんの二、三言じゃ伝えきれない。つまり、俺は琴子……」
空山「わ、わかった。わかったよ、蒼」
空山(本題に入るまでに、すでに長い!)
旭日「ほら。見てよ。放課後は数週先まで部活かリレーの練習が入ってるんだよ……」
スマホを取り出し、画面を見せる旭日。
そこには、予定がみっちり入った画面が映し出されている。
空山「本当だね。すごく忙しそう」
旭日「でしょ?」
と言って、またぶつぶつとこれがどれだけ大変な事態か説明しようとする旭日。
旭日の手元のスマホを見て、空山は思いつく。
空山「うーん。放課後……。あ、そうだ」
空山「電話は?わたしたち、全然そういうのでは話してなかったじゃん。メッセージでも、宿題の範囲とか、待ち合わせのための連絡くらいで」
いつもの例:
旭日『明日朝一緒に行ける』
空山『蒼の家の前でいい?』
旭日『うん』
空山『漢字のテストの範囲教えて』
旭日『13ページ』
空山『ありがとー』
指を立てて、提案する空山。
旭日「!!」
目を輝かせる旭日。
旭日「うん。うん。それだな。いい考えだと思う」
空山「え。本当?そ、そうかな?」
旭日は、空山の指を立てていた手を握る。旭日に褒められて、空山は嬉しい。にやける。
旭日「それじゃあ。今日帰ったら、琴子に連絡する」
空山「うん、分かった」
旭日は、笑顔を見せる。
◆廊下 移動中
空山は、英語の教科書とペンケースを手に、嬉しいのを隠せない感じで。にやけている。
スキップでもしそうな感じで、ひとり廊下を歩く。
空山(帰ったら、蒼と電話)
空山(こんなこと初めてだから、ちょっとドキドキしちゃうな)
◆教室 英語の授業で使っている教室。
空山(あ、天堂くんだ)
高いテンションのまま、この前と同じ席に着く。(席は、基本移動なし)
空山「よっす」
教科書を机に置きながら。
天堂は、空山の気配に気がついて顔を上げ、普通に話しかけられたことに驚く。
天堂「……どうも」
◆授業中。
空山(電話かぁ〜〜〜!)
少し足を投げ出してぼけーっというか、ぽや〜っとする感じで。何もない空中を見つめながらぽーっとしている空山。
天堂「……」
ひとり自分の世界に入っている空山を、横目で見て気にする天堂。
◆夜。空山の家。
空山の母「琴子。行儀悪いよ」
夕食を食べながら。テーブルに置いたスマホを見下ろして。
母親に注意を受ける。
お風呂に入りながら。スマホを確認して。(防水はしてほしい)
部屋の勉強机について宿題をやっているときにも、チラチラとスマホを気にして。
空山(……来ない)
部屋着の空山が、ベッドに寝転んで。ジト目。
枕の横には、通知の来ていないスマホが置かれている。
空山(……一応、送っておこう)
うつ伏せになり、スマホを操作する。
空山『蒼、なんかあった?大丈夫?』
空山「……」
そのまま寝転がって、空山はいつのまにかウトウトしてしまう。
◆数十分後。空山の部屋。
眠っていた空山は、耳元で鳴る音で身を覚ます。
スマホ[ヴー、ヴー!]
空山「ん……」
寝ぼけた顔でスマホを確認すると、数十件以上の通知が旭日から来ていることに気がつく。
蒼『琴子!』
蒼『琴子、今何してる?』
蒼『ご飯食べた?』
蒼『返事くれてもよくない』
蒼『話したの忘れた?』
蒼『もう寝ちゃった?』
空山「げっ!?」
空山は慌てて起き上がり、スマホを操作する。
空山「もしもし。空山です!」
電話をする。
旭日『……琴子』
空山「ご、ごめんなさい!忘れてたわけじゃないよ!眠くなって」
旭日『寝てたんだ。じゃあ、俺はもうどうでも良くなったってこと?』
空山「そんなわけないよ!連絡くるの、楽しみに待ってたんだから」
旭日『ふうん……、そう。へぇ。楽しみに、待ってたんだ。俺からの、連絡を?』
空山「うん。わたし、こんなことしたことなかったから……」
空山(あ)
旭日のセリフを反芻して、自分の発した言葉に気づいて。
空山「あ、ええと。そういうつもりで言ったんじゃなくて」
顔が赤くなる空山。
旭日『ははは』
空山「うっ……」
空山(からかわれてる!)
旭日『ごめん。分かってる。こっちこそ、遅くなって悪かった。心配して送ってくれたのも、読んだ』
空山「うん」
旭日『今ちょうど、一通り終わったとこ。帰ってきて、飯と、風呂と』
空山「どうだった?練習」
旭日『……想像以上に集まり悪かった。体育祭までまだ先だし、部活優先って考えのやつの方が多いのかな。正直、拍子抜け』
空山「そっか。そういえば、蒼は部活の方いかなくて大丈夫なの?」
旭日『選ばれたからには、やる』
旭日『って考えだったんだけどね』
旭日『体育祭が近くなれば参加者も増える……と、思いたい』
空山「うん。そうだね。たぶん、それぞれ理由もあるんだと思うし」
来なかった人を庇うような空山の言葉に、旭日はむっとする。
旭日『いや……、嘘』
空山「え?」
旭日『今のは違う。全然違う』
旭日『全部ぶっちぎる。そんな適当な考えのやつらは』
空山「う、うん?」
旭日『琴子、絶対見ててよ。体育祭。俺、勉強も部活も家のことも全部やった上で、リレー参加者全部ぶっちぎって、涼しい顔で、走り切るから。そうだ、アンカーに立候補するのもいいな。うん。そうする。アンカーやるよ。皆お祭り気分で誰も真面目にやってないのに、誰も俺なんか見てないのに、皆数日後には忘れることなのに、バカみたいに活躍してやるから』
空山「……」
旭日『……琴子?』
空山「あはは!」
旭日『なんで笑うんだよ!』
空山「ううん。応援してる。ぶっちぎる蒼、見たい」
旭日『ふうん……』
空山「どうしたの?」
旭日『……もっと言って』
空山「はい!?」
旭日『可愛く。言って』
空山「い、いきなり、なに!?」
旭日『言え』
旭日『リピートアフターミー』
旭日『蒼くん、応援してるよ』
空山「あ。蒼くん、応援してるよ……」
旭日『……』
空山「なんか言ってよ!」
旭日『……もう一回言って?』
空山「やだよ!」
空山(と、いうか。蒼的には、誰にも見てないこと想定なんだ……)
空山(リレーで大活躍なんてしたら、ますますファンの子が増えるんじゃないかなぁ……)
張り切る旭日とは裏腹に、苦笑いをする空山。
調理部の部活中。三角巾にエプロンの空山。
香澄「空山さん。残り。自分の分もらった?」
空山「うん。持ってるよ」
香澄。他のクラスの調理部員。同級生。
空山は、パンケーキを入れた袋を掲げる。
香澄「今回のパンケーキ、結構上手くできたよね!」
空山「そうだね」
香澄「私、これから部活後のクラスの友達と食べる約束したんだ」
空山「いいね」
香澄「うん。みんな楽しみにしてくれてたから、私も楽しみで」
空山(蒼も、部活終わる頃かな)
家庭科室にある時計を見る空山。
空山(……食べるかな。蒼)
空山「……」
空山(甘いもの大丈夫だったはずだけど……)
空山(いや部活とはいえ手作りは……)
思考を逡巡させる空山。
◆部活後。廊下。
空山(ダメ元で、持っていってみようかな)
廊下の角で、俯いて歩いていた男子生徒とぶつかりそうになる。
男子生徒は通学カバンの他に、手提げバッグを持っている。(中には、スケッチブックやファイルが入っている)。
空山「わっ」
その拍子に、男子生徒が抱えていた手提げバッグの中からスケッチブックが滑り落ちてくる。
空山の持っていた袋も手から離れ、男子生徒のそばに落ちる。
男子生徒「っ」
空山「ごめんなさい!」
空山は、慌ててしゃがみ込み、スケッチブックと手提げバッグを拾う。
空山「どうぞ。ぶつかってしまって、ごめんなさ……」
倒れている男子生徒を見て、空山はギョッとする。
空山「あの。大丈夫ですか」
空山(すごい顔色悪い……!)
男子生徒「……ぅ」
男子生徒のお腹から、ぐるぐると音がする。
男子生徒「あ……、いい匂い……」
空山「え」
空山「もしかして、これ?」
男子生徒の目の前に落ちていた、パンケーキの袋を指差す。
空山「今、部活で作ってきたんです」
男子生徒は、げっそりとした顔をしながらも、じっとその袋を見つめる。
空山「食べますか?」
男子生徒「え。……い、いいの?」
空山「あげますよ」
男子生徒「……いいの……、かな」
空山「はい。これでよければ」
男子生徒「…………あ、ありがと」
空山「どうぞ」
空山はパンケーキの入った袋を男子生徒の前へと差し出す。
男子生徒「ありがとう、ございます……」
男子生徒は、小さく会釈しながらそれを受け取る。身体を起こすと、空腹の限界を迎えていることを示すように、大きなお腹の音が廊下に響き渡る。
男子生徒「っ」
男子生徒は、恥ずかしそうに耳を真っ赤にして俯く。
男子生徒「しっ……、失礼、します。さようなら、さようなら……」
空山「あ、はい。さよなら……?」
空山「……」
空山(大丈夫かな)
男子生徒の後ろ姿をジト目で追う空山。男子生徒は、ふらふらした足取りで、早々にどこかへ行ってしまう。
◆すぐ後。昇降口から、出たところで
空山は帰路に向かおうとする、旭日を見つける。
空山「蒼ー」
声をかけられた旭日は、きょろきょろと辺りを見まわし、空山を見つけるとはっとしたような顔になる。
周りの人(部員の仲間)に断ってから、旭日は空山の方へ近づいてくる。
校門から出て、並んで歩く。
旭日「まだ残ってたんだ。あ、部活だっけ?」
空山「うん。今終わったところで。蒼も?」
旭日「ああ、うん」
空山「今日はパンケーキを焼いたんだけど」
旭日「へぇ」
空山「美味しくできたから、あまりを……」
空山(あ。そうだった。渡しちゃったんだった)
旭日「あまりを?」
空山「あまりが、あったはずだったんだけど。さっき全部食べちゃった」
旭日「……」
一気にジト目になり、旭日は空山を睨む。
旭日「本当に食い意地張ってんな、琴子は」
空山「ごめん。それはもう、すごいお腹すいてて」
旭日「なんだそれ」
男子生徒の様子を思い出して、笑って誤魔化す空山。
少し進んで、旭日は周りに人が少なくなっていることを確認すると、そっと空山の指先に触れる。繋ぐというよりも、軽く指だけつまむような感じ。
空山(……!)
驚いて空山が顔を上げるのに合わせて、旭日はごく普通を装って続ける。
旭日「今日の英語。寝てただろ」
空山「えっ。あ、そうだっけ……?」
旭日「すぐ分かったよ。頭、がくがく揺れてるから」
空山「……そんなとこ観察しないでよ。恥ずかしいじゃん」
旭日「琴子にも、そんな羞恥心あったの」
空山「あるよ、普通に。わたしのことなんだと思ってるの」
旭日「……」
旭日は、触れていた空山の指をしっかりと握る。
空山は目を見開く。
空山「なに?」
旭日「……やっぱりないんじゃないかなあ」
空山が気にしていないことを確認して、旭日はさらに強く指を絡める。
旭日「テスト。出るところ説明してたよ」
空山「えっ本当に?どこ?教えて」
旭日「寝て聞いてなかったんだろ。どうしようかな」
空山「お願い。教えてよ」
繋がっている方の腕を軽く引っ張る空山に、旭日は右の口角だけ吊り上げて、フッと笑う。
旭日「この調子じゃあ、次からはヤバそうだな」
空山「なんで?」
旭日「来週から、英語は他クラスと合同になって。成績でクラス分けされるって言われただろ」
空山「げっ!?」
旭日「周りに知り合いゼロもありえるだろ。寝てたらやばいんじゃねえのか」
空山「頑張って……、起きてる」
旭日「まあ……、頑張れ」
少し進んで。
旭日「……」
空山「……なに。そんなにわたし、おかしい?」
旭日「いや。なんか……」
旭日「すごいなって……、思っただけ。すごい、同じ学校通ってる感じがする」
空山「ふうん?確かに、クラスまで同じとか、いつぶりだろうね」
旭日「小3の頃ぶりだよ」
空山(即答……)
驚いて、旭日を見上げる空山。
空山「そっか。そんなになるんだ」
空山(遠くを見るような蒼の眼は、すごく綺麗で)
空山(落ちていく夕陽と滲み出た夜空が、混ざり合ったみたいな色に照らされていた)
空山(わたしは、帰る時間がやってくることを惜しんだ、小さい頃みたいに)
空山(駅まで、もう少しだけ長かったら良いのになって、思った)
旭日の手を、強く握り返す空山。
◆授業中。普段とは違う教室。英語の授業中。
成績順にクラス分けをしている。
空山(当然のように、蒼とは別のクラスだった……)
旭日は1番上のクラス。
空山(歩とも離れちゃったし……、本当に、しっかりしなきゃ)
気合を入れて、姿勢を正す空山。
先生「近くの人とペアで、課題文の発音の確認をしてください。終わったら、プリントに名前を書き合うように」
空山(えっ!?)
周りを見渡す空山。
右を見ても、左を見ても、すでにペアを組んでいる生徒たちの姿が目に入る。
空山(やばい!)
空山(誰か知ってる人いるかな)
空山(まだ組んでいない人は……)
ざわざわとする教室の中、隣の席の、ぼーっとしている男子生徒が目に入る。
空山(ん)
空山(んん……?)
空山の眉がよる。
空山(もしかして、あのときの人……?)
よく見ると、その男子は、以前パンケーキを渡した人物であるとわかる。
空山(……)
空山(……………)
空山(…………………)
空山がじっと見ている間も、男子生徒はぼーっと机の上を眺めるのみで、動く気配がない。
空山(全然動かないんだけど)
空山(どうしよう。他は大体みんな組んで、もう始めてるみたいだし……)
空山(いいや。ダメで元々。怒られたらそのときだ)
机の上に置かれている教科書に、天堂要と書いてある。(教科書を開く気は全くない)
空山(天堂……。テンドウくん、でいいのかな)
空山「ねえ」
天堂「……」
空山「ね、ねえってば」
天堂「……………」
空山「天堂くん」
天堂「!?」
天堂の身体は大きく揺れ、ガタ、と椅子が鳴る。
大きく目を見開き、信じられないものを見るように、隣の席の空山を見る。
猛獣に見つかったときのような、絶望して怯えるような表情で。
空山「読んで確認するの……、一緒にやらない?」
天堂「…………」
天堂は、固まったまま目を見開いている。
天堂「あ……っ」
天堂「は……、はい。そうですね……?」
空山「わたし、今から教科書読むから。終わったら、サインくれる?」
天堂「わっ……、わかり、ました……」
天堂は頷く。
空山は英語の教科書を開く。
空山「終わり」
天堂「はい。お疲れ様でした……」
空山(よし。よかった、なんとかなって)
プリントに書いてもらった天堂の名前を見て、満足そうに頷く空山。
空山「ありがとう」
天堂「い、いえ……」
空山(見たか、蒼。わたし1人でもなんとかなったよ……!)
フフン、と得意げに笑う。
天堂「…………」
訝しげな顔で空山を見る天堂。
辺りを見回して、まだ時間があることを確認した空山は、天堂の方を向く。
空山「ねえ、天堂くん。わたしの勘違いだったら、あれなんだけど」
天堂「……な、なんですか」
空山「この間。わたしが、天堂くんにぶつかったの、覚えてる?」
天堂「え」
空山「パンケーキを渡したんだけど……、あの後、大丈夫だった?」
その話を聞いて、天堂は少し警戒を解く。
天堂「あ……、ああ。あのときの……」
空山「やっぱりそうだった。あってて、よかった」
天堂「いやあの……、なんで、名前」
空山「あ、それはごめん。今見た」
教科書を指さす空山。
天堂「ああ……、そっか」
納得したように、頷く天堂。
天堂「そ、その。そっちは……」
空山「わたし?わたしは空山琴子です」
天堂「空山さん」
空山「うん」
天堂「この間の……、パンケーキ。ありがとうございました」
天堂「その。すごく、美味しかった……」
空山「そっか。よかった」
天堂「すごくお腹……、空いてたから。まさに、天の恵みだった……、というか」
空山「なるほど?」
空山「大丈夫だったならよかったよ。あのときの天堂くん、顔色悪かったから。気になってて」
空山は、淡々と言う。
天堂「あ……。ご、ごめんなさい。心配を……、かけて」
空山「いや、全然。無事で良かったよ」
無表情のまま答える空山。
天堂「……今後は。迷惑をかけないように……、するので。その」
空山「?」
天堂「ごめんなさい……」
空山「え」
空山(どういうこと!?)
空山「な、なんで謝られてるのか、分からない」
天堂「ご、ごめんなさい」
空山「…………」
天堂「ひっ。や、やめてください。謝るので。そんな、怖い顔しないでください……」
空山「わたしは大抵こういう顔だよ」
呆れたように、空山は答える。
空山「天堂くんは何も悪いことしてないよ」
天堂「あ……。う、うん」
空山「謝られる理由、ないよ。謝らなくていいよ」
ジト目のまま、続ける空山。
励ますために言っているのではなく、事実として伝えている感じで。受け取り手によっては、少し冷たく聞こえる。
天堂「うん。ごめんなさい」
空山「……」
空山(わざと!?)
空山(わざとなの!?)
先生「はい。そろそろ皆終わりましたかね?プリントを前に回してください」
空山(はっ!?)
目を見開き、前を向く空山。
天堂は俯き、元通りのひとりで黙り込む姿になる。
後ろからプリントを差し出されて、慌てて空山はそれを受け取る。
空山(天堂くん……か)
空山(不思議な人もいるんだなあ……)
◆昼休み 中庭。人通りの少ないベンチ。
旭日「そういえば。昨日の英語。大丈夫だったの?」
空山「あ。聞いてよ!わたし、ちゃんと自分から話しかけて、課題こなせたんだから。蒼が心配しているようには、ならなかったよ」
旭日「ふーん」
それぞれ弁当を食べながら話す。
旭日「琴子が自分から……、ねえ」
空山「そっちはなんか元気ないね。どうしたの」
旭日「リレー。出ることになった」
空山「へぇ、すごいじゃん」
空山(そういえば、もうすぐ体育祭なんだっけ)
空山は、もぐもぐとおにぎりを頬張る。
空山「この間の授業で、タイム測ってたやつ?」
旭日「そう。それで上位に入った」
空山「あー、そういえばそうだったね。すごい盛り上がってたもん」
黄色い声援を浴びる旭日を思い出し、笑う空山。
空山(男女で授業分かれてるはずなのに、皆そっち見てたよね)
空山(その間に女子の方で走ったわたしとか、誰も見てなかったよ。なんだったんだろう、あれ)
こっちだって一応頑張ってたのに、とジト目になる空山。
旭日「どうしたの」
空山「ううん。頑張って」
空山(正直、知らない世界の話みたいだ)
空山(すごいなぁ、蒼は)
空山「でも、なんで急にその話?」
弁当箱の中のハンバーグを箸でつまむ空山。
旭日「……朝も帰りも、練習が入るって」
空山「へぇ」
旭日「へぇ、じゃない!これは由々しき事態だ!」
空山「?」
旭日「ただでさえ部活があるから会える日は限られてるのに!これじゃあほとんど、会えなくなるじゃないか!」
旭日の大声で、空山が食べようとしていたハンバーグが箸から落ちる。
空山「え、なんで。クラスも一緒だし、こうして一緒にお昼も食べてるのに」
旭日「足りない」
空山「え」
旭日「足りない。全然。まったく。これっぽっちも。足りてない。最近は琴子も忙しそうにしてるから言えてなかったけど。足りてない。これじゃあ、なんのためにここまで来たか分からない。今すぐに状況を改善することを求める」
旭日はあくまでも真剣な顔をして言う。
空山「……お、おう」
困惑する空山。
旭日「俺の気持ちは伝わっていないかな?もう少し、丁寧に説明したほうがいいんだろうか。流石に大雑把すぎたな。やっぱり、簡単に話すだけじゃあ伝わりきらないものってあると思うんだよ。だからこそ。俺は出来るだけ、言葉を尽くしたいと思うんだ。俺の琴子への気持ちは、ほんの二、三言じゃ伝えきれない。つまり、俺は琴子……」
空山「わ、わかった。わかったよ、蒼」
空山(本題に入るまでに、すでに長い!)
旭日「ほら。見てよ。放課後は数週先まで部活かリレーの練習が入ってるんだよ……」
スマホを取り出し、画面を見せる旭日。
そこには、予定がみっちり入った画面が映し出されている。
空山「本当だね。すごく忙しそう」
旭日「でしょ?」
と言って、またぶつぶつとこれがどれだけ大変な事態か説明しようとする旭日。
旭日の手元のスマホを見て、空山は思いつく。
空山「うーん。放課後……。あ、そうだ」
空山「電話は?わたしたち、全然そういうのでは話してなかったじゃん。メッセージでも、宿題の範囲とか、待ち合わせのための連絡くらいで」
いつもの例:
旭日『明日朝一緒に行ける』
空山『蒼の家の前でいい?』
旭日『うん』
空山『漢字のテストの範囲教えて』
旭日『13ページ』
空山『ありがとー』
指を立てて、提案する空山。
旭日「!!」
目を輝かせる旭日。
旭日「うん。うん。それだな。いい考えだと思う」
空山「え。本当?そ、そうかな?」
旭日は、空山の指を立てていた手を握る。旭日に褒められて、空山は嬉しい。にやける。
旭日「それじゃあ。今日帰ったら、琴子に連絡する」
空山「うん、分かった」
旭日は、笑顔を見せる。
◆廊下 移動中
空山は、英語の教科書とペンケースを手に、嬉しいのを隠せない感じで。にやけている。
スキップでもしそうな感じで、ひとり廊下を歩く。
空山(帰ったら、蒼と電話)
空山(こんなこと初めてだから、ちょっとドキドキしちゃうな)
◆教室 英語の授業で使っている教室。
空山(あ、天堂くんだ)
高いテンションのまま、この前と同じ席に着く。(席は、基本移動なし)
空山「よっす」
教科書を机に置きながら。
天堂は、空山の気配に気がついて顔を上げ、普通に話しかけられたことに驚く。
天堂「……どうも」
◆授業中。
空山(電話かぁ〜〜〜!)
少し足を投げ出してぼけーっというか、ぽや〜っとする感じで。何もない空中を見つめながらぽーっとしている空山。
天堂「……」
ひとり自分の世界に入っている空山を、横目で見て気にする天堂。
◆夜。空山の家。
空山の母「琴子。行儀悪いよ」
夕食を食べながら。テーブルに置いたスマホを見下ろして。
母親に注意を受ける。
お風呂に入りながら。スマホを確認して。(防水はしてほしい)
部屋の勉強机について宿題をやっているときにも、チラチラとスマホを気にして。
空山(……来ない)
部屋着の空山が、ベッドに寝転んで。ジト目。
枕の横には、通知の来ていないスマホが置かれている。
空山(……一応、送っておこう)
うつ伏せになり、スマホを操作する。
空山『蒼、なんかあった?大丈夫?』
空山「……」
そのまま寝転がって、空山はいつのまにかウトウトしてしまう。
◆数十分後。空山の部屋。
眠っていた空山は、耳元で鳴る音で身を覚ます。
スマホ[ヴー、ヴー!]
空山「ん……」
寝ぼけた顔でスマホを確認すると、数十件以上の通知が旭日から来ていることに気がつく。
蒼『琴子!』
蒼『琴子、今何してる?』
蒼『ご飯食べた?』
蒼『返事くれてもよくない』
蒼『話したの忘れた?』
蒼『もう寝ちゃった?』
空山「げっ!?」
空山は慌てて起き上がり、スマホを操作する。
空山「もしもし。空山です!」
電話をする。
旭日『……琴子』
空山「ご、ごめんなさい!忘れてたわけじゃないよ!眠くなって」
旭日『寝てたんだ。じゃあ、俺はもうどうでも良くなったってこと?』
空山「そんなわけないよ!連絡くるの、楽しみに待ってたんだから」
旭日『ふうん……、そう。へぇ。楽しみに、待ってたんだ。俺からの、連絡を?』
空山「うん。わたし、こんなことしたことなかったから……」
空山(あ)
旭日のセリフを反芻して、自分の発した言葉に気づいて。
空山「あ、ええと。そういうつもりで言ったんじゃなくて」
顔が赤くなる空山。
旭日『ははは』
空山「うっ……」
空山(からかわれてる!)
旭日『ごめん。分かってる。こっちこそ、遅くなって悪かった。心配して送ってくれたのも、読んだ』
空山「うん」
旭日『今ちょうど、一通り終わったとこ。帰ってきて、飯と、風呂と』
空山「どうだった?練習」
旭日『……想像以上に集まり悪かった。体育祭までまだ先だし、部活優先って考えのやつの方が多いのかな。正直、拍子抜け』
空山「そっか。そういえば、蒼は部活の方いかなくて大丈夫なの?」
旭日『選ばれたからには、やる』
旭日『って考えだったんだけどね』
旭日『体育祭が近くなれば参加者も増える……と、思いたい』
空山「うん。そうだね。たぶん、それぞれ理由もあるんだと思うし」
来なかった人を庇うような空山の言葉に、旭日はむっとする。
旭日『いや……、嘘』
空山「え?」
旭日『今のは違う。全然違う』
旭日『全部ぶっちぎる。そんな適当な考えのやつらは』
空山「う、うん?」
旭日『琴子、絶対見ててよ。体育祭。俺、勉強も部活も家のことも全部やった上で、リレー参加者全部ぶっちぎって、涼しい顔で、走り切るから。そうだ、アンカーに立候補するのもいいな。うん。そうする。アンカーやるよ。皆お祭り気分で誰も真面目にやってないのに、誰も俺なんか見てないのに、皆数日後には忘れることなのに、バカみたいに活躍してやるから』
空山「……」
旭日『……琴子?』
空山「あはは!」
旭日『なんで笑うんだよ!』
空山「ううん。応援してる。ぶっちぎる蒼、見たい」
旭日『ふうん……』
空山「どうしたの?」
旭日『……もっと言って』
空山「はい!?」
旭日『可愛く。言って』
空山「い、いきなり、なに!?」
旭日『言え』
旭日『リピートアフターミー』
旭日『蒼くん、応援してるよ』
空山「あ。蒼くん、応援してるよ……」
旭日『……』
空山「なんか言ってよ!」
旭日『……もう一回言って?』
空山「やだよ!」
空山(と、いうか。蒼的には、誰にも見てないこと想定なんだ……)
空山(リレーで大活躍なんてしたら、ますますファンの子が増えるんじゃないかなぁ……)
張り切る旭日とは裏腹に、苦笑いをする空山。
